第56話 ……あれ? うちのお客さんたちって……
「バーニャカウダはマンドラゴラ野菜をもっとおいしくする方法です」
言いながら、私は野菜を並べたお皿をコトリと出した。
その上には茹でたじゃがいもとブロッコリー、それから棒状に細長く切ったニンジン、かぶ、キャベツが彩りよく並んでいる。
「野菜をそのまま食べてもよし、ソースにつけて食べてもよしです!」
にっこり微笑みながら言うと、男性のお客さんは「ふぅん」と呟いた。
「このソースをつければいいんだな? どれどれ……」
それからニンジンを直接手でつまみ、たっぷりのソースをつけたかと思うと、ぱくりとかぶりつく。
「ん。これは……」
ぼりっぼりっという音をさせながら、男性の眉間にどんどんしわが寄っていく。
……あ、あれ。もしかして、お気に召さなかった……!?
私がちょっと不安になって見つめていると、やがてごくんと飲み込んだ男性が、ダン! と机を叩いた。
「ひゃあっ!」
その音に私はビクッと身をすくませる。
な、何か、怒らせてしまった!?
「ごめんなさ――」
私が反射的に謝ろうとしたその時だった。
「こりゃうめえな、ララちゃん!」
「……え?」
見れば男性は、とても怒ったような顔をしながら――間違いなく私のことを褒めていた。
「このソースは一体なんだ!? 料理に詳しくない俺にはさっぱりわからんが、ちょうどいいしょっぱさに、食べる手がとまらん! ニンニクの風味もいいな!」
言いながら、男性はパリパリキャベツにも手を伸ばした。
とろりとしたソースをたっぷり、すくうようにつけたかと思うと、すぐさま大きく開かれた口に運ばれる。
「んっ! うまっ! パリパリキャベツに濃厚コクうまソースが絡んで……こりゃ酒が欲しくなってくるな~! れべるあっぷ食堂でも酒が飲めたらなぁ!」
しきりに褒めながら、男性がどんどん野菜に手を伸ばしていく。
みるみるうちに減っていく野菜を見た眼鏡のミランさんがごくりと喉を鳴らし、少しどもりながら言った。
「……あの、ぼ、僕も同じものを」
「はい!」
ミランさんにも同じものを用意すると、彼はまっさきにじゃがいもにフォークを伸ばした。
ぶすりと刺さったごろごろじゃがいもに、ミランさんがたっぷりゆっくり、ソースをからめていく。そして、ヒュッと一口で吸い込んでしまう。
そのまま頬を膨らませてもぐもぐしたかと思うと、彼はごくんと飲み込んだ。
「すごくうまい……です」
ぽつりとそれだけ言うと、あとは早かった。
ひゅんっ、ぼりぼり。ひゅんっ、ばりばり、ひゅんっ、もぐもぐ。
言葉よりもよっぽど雄弁な音を立てながら食べる彼を見て、食欲を刺激されたお客さんは多かったらしい。
「……俺も注文しようかな」
「あっ俺も俺も~」
次々と入る注文に、私はくすくすと笑った。
この様子だと、さっき作った分はすぐ無くなりそうだ。バーニャカウダソースは冷めてもおいしいから、いつ注文が入ってもいいように下準備だけ済ませておこうかな。
そんな算段を立てていた私は、顔を上げてふとあることに気付いた。
……あれ? うちのお客さんたち、みんなこんな体格よかったっけ……?
私はパシパシと目をしばたかせた。
昨日ツドミムにいた人たちも普段から農作をしているだけあって、みんな日に焼けた肌にがっしりした体格をしていた気がする。けれど……れべるあっぷ食堂にいるお客さんはその比じゃない。
鍛冶屋の職人さんは服がはちきれそうなほど胸がムチィッ! としているし、配達屋をやっているお兄さんも、二の腕がパァンッ! と張っている。
肉体労働とは縁のない代書人さんだって何やら体が全体的に引き締まっているし、あのひょろひょろしていた眼鏡のミランさんも、気付けば腕に立派な筋肉が盛り上がっている。
見慣れた『れべるあっぷ食堂』から離れ、ツドミムに行っていたのはたった一日。なのに、そのたった一日の間にどうやら感覚が変わったらしい。
ちらりとれべるあっぷ食堂のみんなを見ると、セシルさんはパッと見た時にはわかりにくいものの、リナさんはさらに肌艶を増して健康美を輝かせていた。
ドーラさんはシャキシャキと働いているけれど、パンケーキをほとんど食べないせいか、みんなのような筋肉は見当たらない。
そうだよね、ぷろていんパンケーキで、みんな力が上がっているはずだもんね……!? セシルさんもあんな可愛い見た目をして「力:66」だったけれど、今ってもしかして、もっと上がっているのかな……?
私はごくりと唾を呑んだ。
「よう! 看板を見たぜ。マンドラゴラパーティーってなんだ!?」
そこへ、テオさんの威勢のいい声がして、聖騎士団の人たちがやってくる。
最近はじゃんけん制ではなく、時間をずらせばだれでも来てもいいようになったらしく、入り口に並んでいるのはフィンさん、テオさん、ラルスさんのいつもの三人組だ。
……でもその三人もやっぱり、前よりさらにムキムキしている。
もともと目立つ方ではあったんだけれど、今は並んで入り口に立っているだけでオーラというか、謎の圧迫感を感じるくらいだ。
れべるあっぷ食堂のみんなは慣れているけれど、突然この三人が並んでやってきたら、初めての人はちょっとびっくりするかもしれない……。
密かにそんなことを考えていると、フィンさんがにこにこと嬉しそうに微笑みながら言った。
「昨日、ララとツドミム村に行ってね。そこで浄化してもらったマンドラゴラをわけてもらったんだ」
「フィン……。今お前無意識だろうが、デートした自分は知ってますよ自慢しているぞ」
「すげぇドヤ顔でしたね」
ふたりの指摘に、フィンさんが驚いたように目を見開く。
「そ、そうなのか? 自慢したつもりはなかったのだが……」
言いながら恥ずかしそうに額をかいている。
私は笑いながら言った。
「マンドラゴラのバーニャカウダ、とってもおいしいですよ! みなさんも食べますか?」
「ばーにゃかうだ? よくわからんが、お嬢ちゃんがそう言うならもらおうか」
「はい!」
私は早速、席に座る三人の分を用意し始めた。
――その時だった。
今までポケットの中で大人しくしていたキャロちゃんが、じっとしていることに飽きたのか、もぞもぞと動き始めたのだ。
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