第54話 れべるあっぷ食堂のマンドラゴラデイ
チチチチ、という小鳥のさえずりに、私は目をこすった。
ううん……あれ、もう朝……?
いつも寝起きはいい方なんだけれど、昨日は色々なことが一度に起こった上にすごく夜更かししてしまったから、まだ眠い。
あともうちょっと……もうちょっとだけ寝てもいいかな……。
私は、もふんと枕に顔をうずめ、もう一度うとうととまどろみかけた。
――そこに、「ぴきゅぅ」というかすかな鳴き声が響く。
……はっ!!!
そういえば昨日、マンドラゴラのキャロちゃんを連れて帰ってきちゃったんだ!
私はガバッと飛び起きた。
あの後、キャロちゃんをどうしようかって話になったんだけれど、目を離すと危ないし、キャロちゃんは私の指にしがみついて離れなかったから、とりあえず私が面倒を見るってことになったの。
小物を入れる小さな籠に、ハンカチやら布地やらを敷き詰めて簡易ベッドを作り、そこにキャロちゃんを寝かせていたんだけど……。
思い出しながら、私は枕元にあるキャロちゃんの簡易ベッドを覗き込んだ。
「……って、いない!?」
簡易ベッドの中は空っぽで、オレンジの姿はどこにもない。私は青ざめた。
まさか、逃げちゃった!?
念のため窓もドアもしっかり閉めておいたんだけど、万が一外に出ていたら大変!
私はあわてて毛布をまくって、立ち上がろうとした。
けれど。
「ぴきゅぅ……」
毛布をめくった瞬間、可愛らしい鳴き声が目の前から聞こえてきたのだ。
見ると、キャロちゃんは私のスカートの上、太ももの間に挟まってスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
どうやらいつの間にか、自分のベッドから私のベッドにもぐりこんできていたらしい。
「逃げていなくてよかったぁ……」
私はホッと胸をなでおろしてから、キャロちゃんをじっと見つめた。
小さな手で私のスカートをぎゅっと握ったキャロちゃんは幸せそうな顔をしていて、その口からはたらりとよだれも出ている。
……マンドラゴラって、よだれ垂らすんだ……。
思った以上に人間っぽい仕草に、私はくすりと笑った。
それから簡易ベッドに敷いてあるハンカチを取り出して、そっとキャロちゃんの体を包む。
本当は心行くまで寝かせてあげたいんだけれど、食堂の朝は早い。私はそろそろ下ごしらえを始めないといけないし、かといってキャロちゃんをひとりここに残すわけにはいかないんだもの。
私は洋服掛けの中からエプロンを取り出して身に着けると、ハンカチに包んだキャロちゃんを起こさないよう、そーっとそーっと持ち上げた。それからエプロンポケットの中に、なるべく横たえるように入れる。
ポケットからはキャロちゃんのふさふさした緑の葉っぱと頭がちらりと見えていたけれど、顔まで見えているわけじゃない。
はためからはニンジンを入れているだけのように見えるはずだ! ……ニンジンを持ち歩いている人がいるかどうかは、わからないけれど。
キャロちゃんを起こさないよう、なるべく静かに動きながら、私はれべるあっぷ食堂の開店準備に向かった。
「おはよ~ララ。キャロちゃんは?」
同じく準備のために降りてきたリナさんたちに、私はシーと人差し指を立て見せる。それからジェスチャーで、ポケットを指さす。
気づいたふたりも、ひそひそ声で話した。
「えっそんなところで寝てるの? かわい~!」
「なんかほんと、子犬か子猫みたいだね、その子」
少し離れたところでは、ドーラさんがやれやれと首を振っている。
ドーラさんはまだ、キャロちゃんへの疑いが晴れていないのだ。
私たちは声をひそめたまま、まずは食堂内を綺麗に片付けた。
といっても《浄化》スキルを使えばぱぱっと終わるんだけれど、終わった後はみんなで手分けしてスープや付け合わせの野菜などの下処理にかかる。
そうしているうちに、ポケットのあたりがもぞもぞと動き始めた。
やがて緑のはっぱが揺れて、キャロちゃんがぴょこっとポケットから顔を出す。
「あ、キャロちゃん起きた? おはよう」
「ぴきゅう……?」
キャロちゃんがちいちゃなおててで、ごしごしと目をこすっている。本当に人間みたいな仕草に、またくすりと笑う。
私はポケットからキャロちゃんを取り出すと、机の上に降ろした。キャロちゃんは不安そうに、辺りをきょろきょろと見回している。
「おはよ~。寝ぼけ眼になってるのもカワイ~!」
「ねぇ、この子何食べるのかなぁ? 朝ごはん食べないとだよねぇ?」
「ニンジンだから……土とか水とかあった方がいいんでしょうか」
私たちはうーんと首をかしげた。
そこへ、水がたっぷり入ったコップを、ドーラさんがドンと差し出す。
「植木鉢が必要なら裏口にあるけど、マンドラゴラなんて誰も飼ったことがないからなぁ。とりあえず水を用意したけど、どうだい」
「ぴきゅ……!」
ムンッと見下ろすドーラさんに、キャロちゃんは怯えているようだった。身をすくめ、カタカタと震えながら目を潤ませている。
「あっ、ドーラママ、顔が怖いよ!」
「キャロちゃんが怯えてるぅ。もっと笑って笑ってぇ」
「おっ……と。すまないね、これでいいかい?」
赤ちゃんに接するように、ドーラさんがにこぉっと笑って見せると、ようやくキャロちゃんの震えが止まった。
それからキャロちゃんは、水の入ったコップに向かっておそるおそる近づいていったかと思うと、ふちに手をかけた。
「ぴきゅ~~ぴきゅ~~」
そのまま一生懸命を足を持ち上げているんだけれど……足が短くて届いていない。
私は両手でキャロちゃんをすくいあげると、コップの中にすべらせた。
ちゃぷん……と水が跳ねる音がして、キャロちゃんがコップの中に入る。
すると――。
「ぷきゅぅぅ……」
という空気が抜けるような音を発しながら、水につかったキャロちゃんがポッと頬を染めた。コップのふちに両手をかけてふぅっと息を吐く顔は幸せそうで、まるで湯舟に入っているみたいだ。
ふふふっ。可愛い!
そのほのぼのとした姿に、私だけではなくリナさんやセシルさんたちも笑い始めた。
「あははっ。お風呂入ってるみたいじゃん!」
「超リラックスしてるぅ」
「なんとなくこれで大丈夫そうですね」
私たちが騒ぎながら見ていると、ドーラさんが昨夜、マンドラゴラに変わってしまった野菜たちを持ってくる。
「ほれ。そっちのマンドラゴラもいいけど、まずはこっちをどうするか相談しないと。ララの言う通りなら、浄化済みのマンドラゴラならうまいんだよな?」
「はい! ツドミムから持ってきたニンジンもそうですが、浄化されているマンドラゴラはむしろ普通のお野菜よりおいしいです。なのでお客さんに出しても大丈夫なはずです」
それを聞いたドーラさんがふぅむとうなる。
「……なら、今日は出てくる野菜が全部、『れべるあっぷ食堂のマンドラゴラデイ』ってことにしようかね。まぁ多少売り上げは落ちるかもしれないが、ぷろていんパンケーキを好むうちの客なら、案外食べてくれるかもしれないしね」
「あっ、あたし看板書くの手伝うよ!」
そう言ってリナさんが挙手した時だった。
ガランゴロンと鈴が鳴る音と同時に、商人のヤーコプさんが入って来たのだ。
「みなさんおはようございます。ララさん、頼まれていたものを持ってきましたよ」
ヤーコプさんの声に、私はパッと顔を輝かせた。
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