第53話 キャロちゃん

 マンドラゴラの思わぬ可愛さに動揺していると、リナさんとセシルさんがやってくる。


「ララ、マンドラゴラは全部やっつけたっぽいけど――ってなにこれめっちゃ可愛い!!!」

「なぁにぃこれぇ。超かわいいんですけどぉ」

「やっぱり可愛いですよね!?」


 二人の言葉に、私はクワッと目を剥いた。


 よかった! 私の感覚が変なわけじゃなかった!


 ホッとしつつまたマンドラゴラを見る。


 これ……他のとだいぶ違うけど、多分マンドラゴラだよね……?


 おそるおそる手を伸ばしてみると、気づいたマンドラゴラがビクッと身をすくませる。


「ぴきゅ……!? ぴきゅう……!!!」


 その上さらにガタガタと震え始めるものだから、なんだか私がこの子をいじめている気分になってきた。


「だっ、大丈夫だよ……怖いことはしないよ……多分……」


 言いながら、私はまた頭を抱えた。


 どうしよう、これ!?

 きっとこの子から感染が広がったんだろうし、ここは頭を落とした方がいいんだよね……!?


 でも……でも、こんな可愛くて怯えている子の頭を……切るの!?


 私がぐるぐる悩んでいると、様子がおかしいことに気付いたドーラさんもやってくる。


「どうしたんだいララ。最後の一匹なんだろう? 早く倒しちまいなよ」

「でっ、でもドーラさん、この子……!」


 私が言いながら震えるマンドラゴラを指さすと、ドーラさんも目を丸くした。


「おやまぁ……! ずいぶん可愛い顔のマンドラゴラもいたもんだねぇ。でもその子、放っておいたら危ないんだろう?」

「で、ですよね……」


 ……そう、マンドラゴラは危ないのだ。

 いくら私が浄化できるとはいえ、王都にマンドラゴラ病を広げるわけにはいかない。ここは心をオーガにして……。


 私は歯を食いしばり、ぎゅっと包丁を握った。


 そして、マンドラゴラと見つめ合う。


「ぴきゅう……」


 縮こまって震えるマンドラゴラの潤んだ瞳から、またぼろりと大きな涙の粒がこぼれた。


 〜〜〜っ!!!


「あああっできない! できませんんん!!!」


 私はリディルさんを握ったまま、ガクッとその場に崩れ落ちた。


「あ、あんないたいけな子を切るなんて……ドーラさん、私にはできないです……!」

「そうだよドーラママ、あの子泣いちゃって超かわいそうじゃん」

「なんか害はなさそうじゃなぁい?」


 同じくマンドラゴラの可愛さにやられたリナさんとセシルさんが加勢してくれる。それを腰に手を当てたドーラさんが、呆れた顔で言った。


「あんたたちねぇ……かわいい魔物が一番危なかったりするんだよ。こっちの油断を誘っておいて、後ろからぶすり! みたいなのはよく聞く話だろう?」

「うぅっ……確かに……」

「そんなに可愛いんなら、指を差し出してご覧よ。あたしの予想だと、がぶっと噛むか、逃げるかだと思うけどねぇ。そしたら頭を落としな」


 ドーラさんの言葉に、私はこくりとうなずいた。


 そうだよ……マンドラゴラを放っておくのは危ない。それに今は可愛い姿だけれど、本当はやっぱり凶暴なマンドラゴラかもしれない。


 だから私の指をがぶっとやったり、逃げるそぶりを見せたら、その時は潔く切るんだ!

 これは決していじめているわけじゃない。王都の食の安全を守るためなんだ……!


 色々言い訳しながら、私はそっと左手の指を差し出した。


 さぁ、噛んで……!

 お願い……早く……早く噛んで! じゃないと切れないよぉ!!!


 そんな私の願いが聞こえたのか聞こえなかったのか、怯えるマンドラゴラは近づいてきた私の指を見ると――。


 ぎゅっと、ちいちゃなおててで、私の指を抱きしめたのだった


「ああああ無理ですぅ!!! 私には切れません!!!」


 私は泣きながらまたその場に崩れ落ちた。

 後ろからキャアアアッ! とリナさんとセシルさんの悲鳴が上がる。


「なにあれ!? ララの指を抱っこしてるの!? 超カワイイんですけどっ!?」

「ねぇ見てぇ! 顔、すりすりしてるぅ!」


 二人の言う通り、マンドラゴラは私の指をぎゅっと抱きしめたまま、まるで頬ずりするように泣きながら頬をこすりつけていたのだ。


 その姿は弱々しくいたいけで、頭を落とすどころか、私が守ってあげなくちゃ! という気持ちにさせられる。


 さらに右手も伸ばすと、差し出された手のひらに、マンドラゴラはぴょんと飛び乗ってきた。もちろん、左手の人差し指を大事そうに抱えたまま。


「おやまぁ……。擬態もここまで来ると、本物みたいだねぇ……」

「ママ! こんなの擬態じゃないよ! だって本気で震えているよ!」

「そうだよぉ、警戒しすぎだよぉ」


 気づけばリナさんとセシルさんまでもが、泣きながら言っている。完全にマンドラゴラに感情移入していた。


「あんたたちねぇ……。でも、確かに擬態にしては完成度が高すぎるし、逃げないあたり変だねぇ……。もしかしてこの子だけ、こういう変異種なのかい?」


 言いながら、ドーラさんも困ったように首を捻る。

 私は目に涙をため、必死になって頼み込んだ。


「ドーラさん……この子、ひとまず様子を見ちゃダメですか……!? 私、この子が感染を広げないようしっかり見張るので! 万が一感染させたら、全部浄化しますから!」


 考えが甘いと言われてもいい。それでも、手の中で震えるこのいたいけな生き物を切るのは、私にはできなかった。


「お願いママ! あたしからも頼むよ!」

「ママおねがぁい! こんな可愛い子、いじめないでぇ!」


 みんなに懇願されて、ドーラさんは大きくため息をついた。


「まったく、しょうがないねぇ……。ただし、何かまずいことが起きたら、すぐに頭を落とすんだよ! 他人様にご迷惑おかけしないよう、そこだけ徹底しな!」

「はいっ!」

「やったぁ!」

「ありがとママ!」


 私たちは抱き合って喜んだ。

 手の中でマンドラゴラは相変わらず震えているし泣いているけれど、ひとまず命は助かったらしい。


「ねぇララ、この子に名前つけてあげようよ!」

「マンドラゴラってぇ、呼びにくいもんねぇ」


 確かにそれもそうだ。

 私は首をひねらせた。


「そうですね……うーん。どんな名前がいいんだろう……」

「マンドラゴラだからマンちゃん? ゴラちゃん?」

「なんかそれかわいくなぁい。ニンジンだし、キャロちゃんはどぉ?」

「キャロちゃん! かわいいですね! 短くて呼びやすいし!」

「オッケ! んじゃこの子はキャロちゃんってことで!」

「よろしくねぇ、キャロちゃん」


 私は手の上で震えるマンドラゴラに向かって、そっと呼びかける。


「今日からあなたのこと、キャロちゃんって呼びますね……!」


 震えていたマンドラゴラが、ゆっくりとこっちを見る。それからおそるおそるといった様子で小さく鳴いた。


「ぴきゅ……?」


 こうしてれべるあっぷ食堂にまたひとり、新たな仲間(?)が増えたのだった――。




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おかげさまで、恋愛ラブロマンス部門の月間1位いただけました~!

みなさま本当にありがとうございます……!感謝感謝です!

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