第52話 これ、マンドラゴラ……?
野菜たちに共通しているのは、釣り上がった目に、避けた口、生えた手足。
……間違いない、マンドラゴラ病だ!
やっぱり帰ってきた時に、何かが紛れ込んでいたんだ……!
私は見逃した自分の不甲斐なさにギュッと唇を噛み、それから意を決したように駆け出した。手にはもちろん、リディルさんを携えて。
落ち込んでいる時間はない! 早く全部浄化しないと!
万が一にもこの食堂から逃がして、王都ヘシトレに感染を広げるわけにはいかない……!
「わあ!? 何これ! 変なのいるじゃん!」
「これは……!?」
「もしかしてぇ、これってマンドラゴラ病?」
遅れてやってきたリナさんたちも声を上げる。私は一番近くにいたマンドラゴラの頭をスパッと落としつつ、大きな声で叫んだ。
「皆さん! あとで説明します! 今はマンドラゴラが外に逃げないよう、見張っていてもらえませんか!」
私の言葉に、みんなの目がきらりと光る。すぐやるべきことを理解したリナさんたちが、それぞれの持ち場にサッと走った。
「外に逃げないようにすればいいんだね? オッケー、あたしはドアの前に立ってる!」
「セシルはぁ、窓の方を守ってるね!」
「二階に入ってこないよう、あたしは階段の前で見張っているよ!」
みんな、話の理解が早くて頼もしい!
「ありがとうございます! 皆さん噛まれないよう、椅子で体を守ってくださいね!」
みんながガッチリと出入り口を封鎖してくれている中、私はリディルさんとともに辺りを走った。
「えいっ!」
スパスパスパッと、かなり下の方を切られたタマネギがどさどさと落ちる。
次はくるくる回りながら噛みついてこようとするキャベツをひらりと避け、ズバッと一刀両断すると、あたりにキャベツの葉が飛び散った。
そこへセシルさんの声が響く。
「やぁん! いたぁい!」
「!? セシルさん、大丈夫ですか――」
叫びの内容からして、セシルさんが噛まれたようだ。
慌てて振り向いた私の前を、ビュンッとすさまじい勢いで風を切るマンドラゴラが吹っ飛んでいった。
――次の瞬間、ドゴォン! という音と共に、ニンジンのマンドラゴラがれべるあっぷ食堂の壁にめり込む。舞い上がる土埃を見て、ドーラさんがカッと怒鳴った。
「セシル! 食堂を破壊する気かい! 力加減には気をつけな!」
「てへへ。ごめんなさぁい、噛まれてつい」
なんて言いながらペロっと舌を出したセシルさんは、右手でグーを突き出していた。……どうやら拳で、マンドラゴラを殴って吹き飛ばしたらしい。
私はぼとっと床に落ちたニンジンマンドラゴラの頭を落としながら、凹んでパラパラと塵を落としている壁を見つめた。
……さ、さすが「力66」のセシルさん……!
前に黒壇の机をバキバキに割ったって言っていたし、なんならマンドラゴラも素手で粉砕できそうだね……!?
私が恐れおののいていると、セシルさんの明るい声が響く。
「ララちゃあん、マンドラゴラ退治、セシルも手伝おうかぁ?」
「だだっ、大丈夫です! お気持ちだけありがとうございます!」
私は慌てて言った。
いくらマンドラゴラとは言え、全身粉砕されるマンドラゴラを想像したら少しかわいそうになってしまったのだ。それに粉砕されたら、多分浄化も大変になる……!
「はぁい。じゃあセシルはぁ、マンドラゴラが逃げないように見張ってまぁす」
「お願いします!」
私は守りを任せると、また野菜の戦場へと戻った。
といっても、ツドミムの畑と比べれば全然量は少ない。手早くぱぱっと片付けると、私はふぅ、と息をついて辺りを見回した。
「これで全部……かな!? 見落としがないようにしないと……」
「ララ! 厨房に一匹走って行ったよ!」
リナさんの声に、私は急いで厨房を見た。厨房の影からちらりと見えたのは、オレンジ色の後ろ姿。
もしかして、あれが見逃したマンドラゴラ!? 今度こそ仕留めなくちゃ!
私はダッと駆け出した。
すぐさま目的のマンドラゴラを、厨房の奥で追い詰める。
「今度こそ逃さない! あなたもここでおいしい浄化済みマンドラゴラになって――って、あれ……?」
包丁を握って怖い顔で言った私は、飛び込んできたマンドラゴラの姿に目を丸くした。
そこにいたマンドラゴラは、確かにマンドラゴラなのだけれど、他のマンドラゴラとは大きく様子が違っていたのだ。
釣り上がった目――ではなく、涙でうるうると潤んだ大きな瞳。
裂けて鋭い牙が覗く口――ではなく、両端を大きく下げ、怯えたような口。
何より、人を見れば飛びかかってくるはずのマンドラゴラが、私を見て両手で自分の顔を庇っていたのだ。
その体は小さく縮こまり、怖がっているようにぷるぷると震えている。
「えっ……? これ、マンドラゴラ……だよね……?」
予想外すぎる姿に困惑していると、怯えた様子のマンドラゴラから小さな声が漏れた。
「ぴきゅい……!」
その声は高く細く、そして……なんか可愛かった。
「えっ……!?」
私はたじろいだ。
そのまま小さくぷるぷると震えるマンドラゴラが、ボロボロと涙をこぼし始める。
「ぴきゅ……ぴきゅぅぅ……」
その姿はまるで怯える子犬か子猫のようで――私はバッと手で口を押さえた。
なななっ、何これ……!
すっごく可愛い……!!!
どうしよう、こんなの……可愛すぎて切れないよ!
私は頭を抱えた。
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またマンドラゴラのイラストを近況ノートにアップしましたので、心の準備ができた方はこちらから!
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