第51話 大丈夫だよね……?
空に、ぽっかりと丸い満月が輝く深夜。
私たちを乗せた荷馬車は、無事『れべるあっぷ食堂』の前に着いていた。
積み荷の中から私の荷物を降ろしながら、ヤーコプさんが言う。
「いやあ、遅くなっちゃってすみません、ララさん」
「不測の事態でしたから、気にしないでください。それよりヤーコプさんも、今日は遅くまでありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね!」
言いながらマンドラゴラニンジンがどっさり入った籠を受け取っていると、れべるあっぷ食堂にぱっと明かりが灯った。
そしてドーラさんやリナさん、セシルさんたちが食堂の中から出てくる。
「おかえり、ララ!」
「遅かったねぇ」
どうやらみんな、寝ずに待っていてくれたらしい。
「遅くなっちゃってごめんなさい、ただいま戻りました!」
「皆で何かあったんじゃないかって、心配してたところだよ」
「実はツドミムで、マンドラゴラ病が……」
その言葉に、ドーラさんが「ああ」とうなずく。反対にリナさんとセシルさんは、「マンドラゴラ病?」と首をかしげている。
やっぱり農家や普段から野菜に関わる人たちでないと、『マンドラゴラ病』はあまり知られていないのかもしれない。
「まあ、夜ももう遅いからね。話すなら中でにしよう」
「はい! ……あ」
私は一度カゴを置くと、そばで見守っていたフィンさんのところに駆け寄った。
「フィンさん、今日は本当にありがとうございました! フィンさんがいなかったらきっと被害ももっと広がっていたし、私の浄化のことも、皆さんにバレちゃっていたと思います」
もしあそこでフィンさんに止められていなかったら、きっと色々露呈して、大変なことになっていたと思うの。
「フィンさんが一緒にいてくれて、本当に助かりました!」
私がにこりと笑ってお礼を言うと、フィンさんは一瞬固まっていた。暗くてその表情はよく見えなかったものの、すぐに優しく微笑み返してくれたようだった。
「……役に立てたようで、嬉しいよ。私も今日は色々なことを勉強できて――……それから、ララと一緒に過ごせて、楽しかった」
「はい! 私も……楽しかったです!」
荷馬車に乗っている間、私たちはいろんなことを話した。
私のこと、フィンさんのこと、食堂のこと、料理のこと、スキルのこと、リディルさんのこと。
フィンさんには何も隠す必要がないし、リディルさんのことを話すと打てば響くような答えが帰ってくるから、どれだけ話しても話題は尽きないの。
話していて、こんなに楽しい男の人は初めてだった。
……そもそも男の人とこんなに話したことはないのだけれど……。
「また今度の休みにでも、遊びに行こう」
「はい!」
ヤーコプさんとフィンさんを見送ってから振り向くと、なぜかリナさんとセシルさんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「どうかしましたか?」
「ううん! なんでもなあ~い!」
「楽しそうでいいなって思っただけぇ」
そんなことを言いながら、二人が協力して籠をもち、きゃーきゃー笑いながられべるあっぷ食堂の中に入っていく。
「まったく。深夜だっていうのに騒がしい子たちだねえ。……まあもともと夜行性か」
「あっ、カゴ、ありがとうございます! 大丈夫ですか重くないですか!」
そんなふたりやドーラさんの後を追って、私も食堂の中へ入った。
ひと足先に中へ入っていたリナさんとセシルさんが、どさりとニンジンのカゴを下ろす。
「ララ、このニンジンの山、ここに置いておくよ?」
そこは食堂の野菜置き場で、周りには明日使う予定の野菜が積まれている。私は持ってきたマンドラゴラニンジンを見て、一瞬ためらった。
……マンドラゴラ病にかかった野菜とは言え、浄化済みだから大丈夫だよね……?
マンドラゴラ病は、かかると瞬く間に感染を広げて辺りの畑をダメにする。けれど逆に、一度かかるとその畑はしばらく安泰でもあった。
少なくとも処理された野菜から感染が再度広がったという話は聞いたことがない。
そこまで考えて、私はためらいを振り切るようにうなずいた。
「はい! ありがとうございます!」
「それでさ、『まんどらごら病』って何なの?」
「セシルもその話聞きたぁい」
すぐさま席についたリナさんとセシルさんが、トントンと椅子を叩いて私に座るよう促している。
「あんたたち、夜も遅いんだからほどほどにしなね。……ま、あたしもマンドラゴラ病の話は聞きたいんだけど」
といいながらドーラさんもちゃっかり席についている。
私はくすっと笑って、みんなの方に向かおうとした――その時だった。
一瞬、今日持って帰って来たニンジンの山から、何かがサッと厨房の方に飛び出して行った気がしたのだ。
……まさか、マンドラゴラの生き残り!?
私はあわてて厨房に走った。
「どうしたの? ララ」
「ちょっと待ってください! 今何かいたような……!」
「ええ? ねずみぃ? やだあ! セシルねずみきらぁい」
きょろきょろと厨房を見回してみても、厨房はシンとしており、それっぽい気配はない。念のため四つん這いになって、視線を低くして探してみる。
でも、しばらく探してみてもやっぱりそれらしき姿は見つからなかった。
厨房は静まり返っており、生き物の気配はしない。
……気のせいだったのかな?
私は立ち上がると、パンパンとスカートをはたいた。
お昼のマンドラゴラ騒動で、神経が少し過敏になっているのかもしれない。
それに、息をひそめて隠れるマンドラゴラなんて、聞いたことがない。
マンドラゴラはじっとしていられない性分で、奇声を上げながら辺りをぴょんぴょん跳ねまわるし、人間がいたら避けるどころか噛みついてくるのは有名だ。
「すみません、見間違えだったみたいです。今行きますね!」
私はドーラさんたちのところに戻ると、ツドミムで起きたマンドラゴラ病の事件のことを話した。
みんな興味津々で、リナさんたちは「やば!」とか「こわぁ~い!」とか弾むような反応を返してくれる。
私たちはたっぷり話し込んだ後、眠い目をこすってそれぞれの寝室に戻った。
――その晩、私は不思議な夢を見た。
夢の中では元ニンジンだったマンドラゴラが暴れまわり、れべるあっぷ食堂の野菜を次々とダメにしていく。
夢の中なのにどすんばたん、という音やキィエエエエというマンドラゴラの叫びがやけに生々しくて、ついでに振動もあるものだから、夢と現実の区別がつかないぐらい。
私、ツドミム村のマンドラゴラ病事件がよっぽど印象に残っていたのかな。夢の中でもまだマンドラゴラが出てくるなんて……――と思いながら、薄目を開ける。
そしてハッと気づく。
……あれ、夢から覚めたのに、まだ音がする……?
どすんばたん、という音は食堂のある一階からだろうか? それにキィエェエエというあの甲高い声……まさか!!!
私はガバッと起き上がると、パジャマのまま血相を変えて廊下に飛び出す。
廊下に出ると、ちょうどリナさんとセシルさんもパジャマ姿のまま、自分たちの部屋から顔を覗かせているところだった。
「ねえララ、あれ何の音?」
「セシルねむぅい……でもうるさぁい……」
そこに、ドーラさんも部屋から出てくる。
「なんだいなんだい、何の騒ぎだい!?」
「わかりませんが、すぐ見に行きます!」
青ざめながら私はダッと駆け出した。後ろからリナさんたちも付いてくる気配がする。
みんなの部屋がある二階から、だだだだっと階段を下りて、れべるあっぷ食堂のメインとなる一階へと駆け下りていく。
そして降りた先で見た光景に、私は叫びをあげた。
「きゃああ!!!」
――そこには、ニンジンや玉ねぎ、ナス、キャベツなど、様々な姿をしたマンドラゴラが辺り一面で跳ねまわっていたのだった。
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