第50話 浄化済みマンドラゴラのお味
『浄化済』のニンジンは硬すぎず柔らかすぎず、コリッとしたちょうどいい歯ごたえをしていた。さらにみずみずしく口に広がる甘みはかつてないほど濃厚で、まるで果物を食べているよう。
それは今まで食べたどんなニンジンよりも、おいしかった。
「おいしい……おいしいですこれ!」
皆が見ているのに、おいしすぎてニンジンを食べる手が止まらない。
ツドミムに来る途中、リディルさんとチーズフォンデュやパーニャカウダの話をしていたけれど、このニンジンで作ったら、それはもうとんでもないおいしさになるんじゃ……!?
私がなおもボリボリ食べ続けていると、様子を見ていた村人たちがごくりと唾を呑む。
それから近くに立っていた男の人が、意を決したようにボリッとニンジンをかじった。
「……本当だ、うめぇ!」
言って、彼もそのままぼりぼりとニンジンをむさぼり食べ始める。
「そんなにか……!?」
釣られるようにひとり、またひとりと、オレンジのニンジンにかぶりつく。かと思うと皆が目を丸くし、口々に言った。
「なんだこりゃ……。なんでこんなにうまいんだ!?」
「硬さ、水分量、甘み、どれをとっても完璧じゃないか!」
「くそっ。俺の畑からとれるニンジンよりうまいなんて悔しい……! でもうまい!」
なんて、悔し泣きしながら食べている人までいる。
確かに農家の人からしてみれば、丹精込めて育てたニンジンより魔物化した方がおいしいなんて、複雑な気持ちだよね……。
それにしても、これは《浄化》の効果なのかな。マンドラゴラ病にかかった野菜がおいしいなんて初めて聞いたもの。
私がなおもボリボリ食べていると、隣で黒ずんだニンジンを見つめていたフィンさんが囁いてくる。
「ララ、少し確かめたいことがある。一緒に来てくれないか?」
「? はい」
私たちは皆に気付かれないようこそこそとその場から離れた。
近くの農家の裏に引っ込み、誰にも見られていないのを確認してからフィンさんが黒ずんだニンジンを差し出す。
「私たちの仮説が正しいなら……この黒ずんだニンジンも、もしかしたら君が浄化できるかもしれない」
フィンさんの表情を見ながら、私はこくりとうなずいた。
『リディルさんの刃に触れたマンドラゴラ病の野菜は浄化される』
それが、私とフィンさんが出した仮説だ。
仮説を確かめるように、私はそっと黒ずんだニンジンの端っこを、リディルさんを使って切った。
すると――。
ニンジンがパァァッっと光ったかと思うと、刃が触れた部分からまるで絵の具で染めたように、黒ずんだニンジンがみるみるうちに色鮮やかなオレンジへと変化していったのだ。
「フィンさん!」
「やはり……!」
念のため《鑑定》すると、そこには『浄化済』の文字が追加されていた。
フィンさんが急いで浄化済みとなったニンジンを手に取り、ガリッとかじる。
「……うん、味もおいしくなっている。間違いない。ララがその包丁で切ると、マンドラゴラ病は浄化されるんだ!」
その言葉に、私は顔を輝かせた。
元の野菜には戻せなくても、浄化すれば味だけは戻るなんて! ……いや、むしろおいしくなるのだ。出荷できるかどうかは別にしても、少なくともこのままごみとして捨てずにすむ!
「他のも全部浄化すれば、廃棄は防げますね! 私、すぐに皆さんにお知らせして――」
「いや、待つんだ」
村人たちに知らせに行こうとしていた私の腕を、真剣な顔のフィンさんがガシッと掴む。
「この情報が外に漏れると、ララの身が危ない。少なくとも浄化は君ではなく、神官が行ったことにしないと。騎士たちにマンドラゴラ病の野菜を持ってこさせるから、ララは私と一緒にツドミムの駐屯所に来てくれ」
「あっ、そうでしたね……!」
浄化の力は怖い神官に狙われるから、内緒にしておかなければいけないんだった。
私は大人しくフィンさんについていくと、ツドミムの駐屯所に引きこもった。
そして予備として置いてあった衣をかぶって神官のふりをしながら、運ばれてきた野菜を片っ端から浄化していく。
やがてすべてのマンドラゴラ病の野菜を浄化し終えた私は、フィンさんと何食わぬ顔で村人たちの所にもどっていった。
「おお、すごい……! 捨てるしかないと思っていた野菜たちが、生き返ったぞ!」
「出荷はできなさそうだが、食べられるだけありがたいねぇ」
浄化された野菜たちを村人に返すと、みんなは目を輝かせながら喜んだ。
「ララちゃんもお手伝いありがとうね。これ、ララちゃんもよかったらもっていっておくれよ」
そう言いながらおかみさんから渡されたのは、頭を落とされ浄化されたマンドラゴラがごっそり入った籠。
――ちなみに浄化したのはマンドラゴラの体だけで、落とされた頭は浄化していない。一度変化した顔は元には戻らないから、オレンジに輝くニンジンの山の向こうでは、つり上がった目をしたマンドラゴラの頭の山が、恨めしそうにこちらを見ている。
さすがに顔のついた方は、浄化しても食べる気にはなれないらしい。
私は全然、平気なんだけどな……。
「さぁさぁ、すっかり遅くなってしまいましたね」
そこへ、帰り支度をしたヤーコプさんが急いで荷馬車を引っ張ってくる。
マンドラゴラの討伐に、浄化にとやっているうちに、辺りはすっかり暗くなっていた。本当は日が暮れ始める前には出発する予定だったから、大幅な遅刻だ。
「予定よりだいぶ遅くなってしまいましたが、ララさんを『れべるあっぷ食堂』にお返しするため、急いで馬車を走らせますよ!」
「安心してくれ。もし魔物が出ても、私が皆を守ると誓おう」
にこりと微笑んだフィンさんに、私は頭を下げた。
「はい! ありがとうございます!」
夜の道は魔物の出現率が上がるから、本来は避けた方がいい。
けれど『れべるあっぷ食堂』は明日も営業するし、フィンさんやリディルさんがいるなら夜道でも安心だと思ったの。
もらった野菜や土を荷車に載せ、私たちも急いで荷馬車に乗るとツドミムの人たちにお別れをつげた。
「皆さん、今日はありがとうございました!」
「こっちこそありがとうねぇ! また来ておくれよ!」
手を振る村人たちに見送られながら、荷馬車が速度を上げてツドミム村を離れていく。
――けれどその時、私たちは気づいていなかった。
もらった浄化済みマンドラゴラの山に紛れて、何かがもぞりと動いたのを。
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