第49話 なんでこっちは違うの……?

「キィェエエエ!」

『左から二匹! 右から三匹! 後ろから一匹来ますよ、ララ!』

「はいっ!」


 リディルさんの助けを得ながら、私は左からやってきたマンドラゴラ二匹の頭をすれ違いざまにトントンッと落とした。右三匹は一度体を捻ってかわしてから、まとめて一直線にザンッと頭を吹っ飛ばす。

 最後に飛びかかってきたマンドラゴラはまっすぐ迎えうち、噛みつかれる前にスパッ……と真っ二つにした。


 少し離れたところでは、フィンさんが数十匹にも及ぶ大量のマンドラゴラに囲まれている。

 けれど、フィンさんの態度は落ち着き払っていた。


 マンドラゴラたちが一斉に飛びかかったと思った次の瞬間には、トントントントンッ、と流れるような剣裁きを見せ、眉ひとつ動かさないままドサドサドサッと地面にマンドラゴラたちを積み上げる。


「フィンさん!」

「ララ、この畑は落ち着いたと思う。隣へ助けに行こう」

「はい!」


 それから私たちは、村人たちとともに辺りの畑を駆けずり回った。

 時々マンドラゴラに噛みつかれているのを助けながら、切って切って切りまくり、そうしているうちに、気づけば畑は静かになっていた。


「はぁはぁ……。これでマンドラゴラは全部倒した……のかな?」


 こんなに動いたのは久しぶりだ。

 息を切らせ、額の汗をぬぐいながらあたりを見回すと、村人たちもみな地べたに足を投げ出して座り、ぜぇぜぇと言っている。

 隣でツドミムの騎士たちから報告を受けたフィンさんが、剣を鞘に収めながら言った。


「騎士たちからも報告があったが、恐らく全ての畑からマンドラゴラが倒されたはずだ」


 フィンさんはこの場にいる誰よりもたくさんマンドラゴラを切っていたはずなのに、その表情は涼しく息ひとつ切れていない。


 さすが聖騎士団の団長さん……格が違う!


 私は密かに感心した。

 それから安心したように、私も地面に座り込む。


「はぁあ……よかった……マンドラゴラを全部倒せた……」

「騎士様やお嬢ちゃんたちもありがとうなあ。おかげで被害は最小で済んだよ」


 農家の旦那さんが汗を拭きながら、私やフィンさんに声をかけてくれる。


「少しでもお役に立てたならよかったです! でも……」


 言いながら私はちらりと辺りを見回した。


 私もフィンさんも、それに村の人たちも本当に精一杯頑張ったと思う。

 それでも見るも無残に荒れてしまった畑は多く、損失はかなりのものになるのが一目瞭然だった。


 ついさっきまであんなに綺麗な畑だったのに……。農家のみなさんが丹念込めて育てた野菜だったのに……。


「これは、なかなかひどくやられましたねぇ……」


 私が肩を落としている横で言ったのは、商人のヤーコプさんだ。その顔にも手にも小さな歯形がついており、相当マンドラゴラにかじられたらしい。


 私がしゅんとしていると、農家のおかみさんがバンと私の背中を叩いた。


「なぁに、お嬢ちゃんが落ち込むことはない。よくあることさ。農作ってのは、常に自然との戦いなんだ。今はそれより、目の前に残ったものを大事にしていかなくっちゃね」

「……はい!」


 そうだ。被害に遭った人たちがこんなに前向きなのに、私が落ち込んでいてもどうしようもない。


 それより、他にできることがあるはずだ!


「何か、手伝えることはありますか!? あっ、散らかった野菜、片付けますね!」

「おお、本当かい。助かるよ、ありがとうねぇ」


 そこへ、先に畑の後始末を始めていた村人から声が上がった。


「なんだこりゃあ!?」


 みんなの視線が一斉に声のした方に集まる。私もフィンさんも、叫びをあげた人の方を見た。


「どうしたんだい?」

「いや……今野菜を片付けようと思って集めていたんだけどさ、なんか変なのが混じっているんだよ」


 言って彼が指さしたのは、集められて大量に積まれたニンジンたちの残骸。


 その大半はひどく黒ずみ、張りがなくシワシワになってしまっている。マンドラゴラ病にかかって頭を落とされた後の典型的な症状だ。


 けれどその中に所々、不思議なニンジンが混ざっていた。


 そのニンジンは腐るどころか、むしろ元々のニンジンよりも鮮やかなオレンジをしていたのだ。その上、採れたてのようにみずみずしい張りと艶も保っている。


「んん? なんだいこりゃあ……?」


 言いながら、みんなが不思議そうにニンジンを手に取って見比べている。


「ララ、これもマンドラゴラ病の……?」

「えっと……黒ずんだ方は確かに、マンドラゴラ病にかかった野菜なのですが……」


 フィンさんに言いながら、私も近くに転がっていたニンジンをそれぞれ手に取った。


 じっと観察すると、黒ずんだ方も鮮やかな方も、どちらもマンドラゴラの首の位置でスパッと切られており、これがマンドラゴラ病にかかった野菜だというのは間違いない。


 だと言うのに、こっちの鮮やかなオレンジ色はなんなんだろう?


「なんでこっちは違うの……?」


 周りを見てもみな首をかしげるばかりで、理由がわかる人はいないようだ。

 私が眉をひそめてまじまじと観察していると、リディルさんの声が響いた。


『ララ、こういう時こそ《鑑定》してごらんなさい』


 鑑定!

 そういえばその手があった!


 私は急いで、目の前のふたつのニンジンを鑑定した。


 まずはシワシワになってしまった方を見ると――。


『ツドミム産マンドラゴラ:死亡』


 し、死亡という二文字が重い……!

 見た目は野菜でも、やっぱり魔物化しているから、野菜とは出てくる表示も違うんだなぁ……。


 変なことに感心しながら、今度は鮮やかなオレンジの方を鑑定すると――。


『ツドミム産マンドラゴラ(浄化済):死亡。日持ち残り一週間』


「浄化済み……???」


 私は目を丸くした。


 その上、『日持ち残り一週間』ってどういうこと? こんなの、黒ずんだ方にはなかったよね? 日持ち表記があるってことは、食べる前提なの……?


「ララ? どうしたんだ?」


 私が目をぐるぐるさせていると、気づいたフィンさんが心配そうに声をかけてくる。私は周囲の人に聞かれないよう、こそこそと囁いた。


「あの……フィンさん。こっちのオレンジの方、なぜか浄化済みらしいんです……」

「浄化済み……!?」


 眉間にしわを寄せたフィンさんが、すぐさまニンジンの山を見る。それからハッとした顔で言った。


「あのオレンジのニンジンの数……確かララが切ったマンドラゴラも、あれくらいではなかったか?」

「えっ?」


 言われて私もニンジンの山を見た。

 切っている間は必死で、数を数える余裕もなかったけれど、言われてみれば大体それくらい切った気もする。


「ララは確か、その包丁で触れたものにスキルの効果が出ると言っていたな。ならばその包丁で切られたマンドラゴラが、君の《浄化》スキルで浄化されたという可能性は?」


 その言葉に、私はまじまじとリディルさんを見つめた。


 確かに、フィンさんが言っていることは合理的だし、一理ある。


 じゃあ、まさか本当に……?


 私はごくりと唾を飲んだ。

 それから意を決したように、持っていた黒ずんだニンジンにかぶりつく。


「お嬢ちゃん何やってるんだい! マンドラゴラ病にかかった野菜なんてやめときな! 腹をこわすよ!」


 あわてるおかみさんの横で、私は思いっきり顔をしかめた。


 ううっ! やっぱりとてつもなく苦いっ……!!!


 今すぐ吐き出したい気持ちをぐっとこらえ、私はなんとか咀嚼して飲み込む。

 毒があるわけじゃないから、一度口に入れたものを吐き出すのは私の信念が許さなかった。だってもったいないもの。


 とはいえ、ダメ元で食べてみたけれど、やっぱりマンドラゴラ病にかかった野菜は食べられた味ではない。

 一部の激にが愛好家や、怪しい薬を作る人には需要があるみたいだけれど、普通の人は求めていないだろうな……。


 そんなことを思いながら、今度は鮮やかなオレンジの方にかじりついて――私は目を見開いた。


「なにこれ……おいしい!!!」

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