第48話 マンドラゴラ病

 次の瞬間、私は叫んだ。


「大変! 今すぐ首を落としに行かないと! 手伝います!」

「本当かい、助かるよ! あたしたちもすぐ包丁を取ってくるから先に行ってておくれ!」

「はい!」


 すぐさま私は、ワーキャーと複数の叫び声が聞こえる畑へと走り出す。その横を、困惑顔のフィンさんも急いでついてくる。


「ララ! マンドラゴラ病とは一体!?」


 どうやらフィンさんはマンドラゴラ病を知らないらしい。


 でも、立ち止まって説明している時間はない! マンドラゴラ病が発生した時は、一分一秒を争うんだもの!


 私は走りながらフィンさんに説明した。


「マンドラゴラ病は、野菜に起きる病気のひとつなんです! 症状は口で言うより、実物を見た方が早いです!」


 言いながら、私は辿り着いた畑に向かって、バッと手を差し示す。


「これは……!?」


 その光景を見たフィンさんが目を丸くした。


 騒ぎの起きた畑では、焦った顔の村人たちと一緒に、辺りを縦横無尽に駆け回るマンドラゴラ――動く野菜たちがいた。


 元はニンジンだったと思われるマンドラゴラには、オレンジの体から手と足がにょっきりと生え、その少し上には吊り上がった目と裂けた口がある。

 口からは「キィェエエエエ!」という甲高い叫びが絶えず発せられていた。


「野菜が魔物化……しているのか!?」

「はい!」


 『マンドラゴラ病』は、ある日突然、野菜が何の予兆もなくマンドラゴラと呼ばれる魔物に変化する病気だ。


 原因は不明で、マンドラゴラ自体は弱いものの、一度マンドラゴラになってしまった野菜は苦すぎてとても食べられたものではない。おまけに何より怖いのが、その驚異的な感染力だ。


 マンドラゴラ病が起きた場合、たった一晩で近隣一帯の畑が全滅、なんて話は珍しくない。農家の天敵とも言える病気だった。


 以前コーレイン領の村でも、マンドラゴラ病に遭遇したことがあるのよね……! その時に駆除を手伝ったことがあるから、私でも力になれるはず!


「キィヤアアア!!!」


 そこへ、口をぱっくりと開けたマンドラゴラが飛びかかってくる。

 私は身構えた。


「リディルさん!」

『おまかせください、ララ!』


 私は瞬時にリディルさんを呼び出すと、マンドラゴラとすれ違いざまに、流れるような動きでタンッ――と包丁を振るう。


 次の瞬間、ぼとりという音と共に、横に真っ二つになったマンドラゴラが地に落ちていた。


 次のマンドラゴラに視線を移しながら、私はフィンさんに向かって叫ぶ。


「マンドラゴラはどこを切っても再生しますが、首を的確に切って頭を落とすことで息絶えます! これ以上感染が広がる前に、一匹でも早く倒さないと!」

「頭を落とす……!? それっぽいところを切ればいいのか!?」

「そうです! 大体口と手の間が頭です!」


 野菜の体にそのまま手足が生えたマンドラゴラは、人間のようにわかりやすい首はしていない。

 おまけに野菜によって首の位置が違うため、慣れない人だとなかなか見分けがつかないが、的確に頭さえ落とせば倒すこと自体は難しくはなかった。


 ザンッ! と包丁でもう一匹頭を落としながら、私は叫んだ。


「毒はありませんが噛まれると結構痛いので、それだけ気をつけてください!」


 私がそう叫ぶ近くで、まさに複数のマンドラゴラにたかられ、かじられている男の人がいた。


「いてええええ!!!」

「大丈夫ですか!? 今助けますね!」


 言いながら私は、ザンッ、ザンッ、ザンッ、とマンドラゴラだけをまっぷたつにしていく。


 ボトボト落ちていくマンドラゴラを振り払いながら、男の人は驚いた目で私を見た。


「あ、ありがとうよ。それにしてもあんた、すごい剣捌きだなぁ…‥!」

包丁リディルさんは友達ですから!」


 それに相手は魔物化しているとは言え元は野菜。

 つまり食材だ。


 食材なら、何も怖くない!


 ――ちなみにこの時の私は、まだ気づいていなかった。

 キラーラビットのように、一度『食材』だと思い込んだものはすべて、怖いよりも食欲が勝ると言う事実に。


「どんどん頭を落とせばいいんだな?」


 言いながらフィンさんが、腰に下げた剣をすらりと抜く。


「なら魔物を倒す時と要領は同じだ。――《剣聖》!」


 フィンさんがスキルを発動させた瞬間、彼の姿が視界から消えた。

 時々現れる残像からして、目にも留まらぬ速さでマンドラゴラたちを斬っているようだ。


 ボトリ、ボトリと、私やフィンさん、それに村の人たちに頭を落とされたマンドラゴラの体が増えていく。


 そこへ、さらなる叫び声が聞こえた。


「大変だ! 隣の隣の畑にも移った!」


 声がした方を見れば、隣の隣の畑ではタマネギがぴょんぴょん跳ね回っていた。遠目からだとはっきり見えないが、やっぱり手足が生えている。


「くっ……! さすがマンドラゴラ病! 感染が早い……!」


 私は唇を噛んだ。

 マンドラゴラ病の一番の恐ろしさは何を隠そうその感染スピードだ。


 被害を少しでも抑えるためには、一匹でも多くのマンドラゴラを早く倒さないと!


 私はまたリディルさんを構えた。


「全力で行きますよ、リディルさん!」

『はい! ララ! 今こそわたくしにお任せください!』

「やぁぁあっ!」


 叫んで、私とリディルさんは跳ね回るマンドラゴラの群れへと突っ込んだ。





==========

※マンドラゴラのイメージイラストを近況ノートにあげています。

怖くはないですがイメージを壊す可能性もあり、一応閲覧注意です。

https://kakuyomu.jp/users/miyako_/news/16817330653254044293

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