第47話 『王都の食糧庫ツドミム』
ガタゴトと揺れていた荷馬車がゆっくりと速度を落とし、馬が足踏みする音が聞こえたかと思うと、乗っていた荷馬車がごとんと停止した。
「お二人とも、ツドミム村に着きましたよ」
そんなヤーコプさんの声に、私は荷台から顔を覗かせる。
「わぁっ……!」
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの畑、畑、畑だ。
建物がぎゅうぎゅうに詰め込まれた王都ヘシトレとは違い、ところどころ農家と思われる家や倉庫などがぽつぽつと散在している。
「なんだか懐かしい光景です。実家を思い出します!」
私の実家があるコーレイン領も、ここほど規模は大きくないものの農村だった。畑をもっと小さく少なくして、代わりに家をもっと増やせば、コーレイン領の出来上がりだ。
荷馬車から降りながら、フィンさんが言う。
「ララもすっかり、ヘシトレの住人として板についてきたからな」
「私が王都で頑張れているのも、皆さんのおかげですよ」
言いながら私はフィンさんとにこにこと微笑み合った。
ひとり森の中をさ迷い歩ていたところから無事王都につけたのも、職につけたのも、すべてフィンさんや聖騎士団が導いてくれたおかげ。
本当にフィンさんたちには、どれだけ感謝してもしきれないくらいだ。
私にできることはおいしいごはんを作ることだけだから、それを精一杯がんばろう! と改めて心に誓う。
「やあ、いらっしゃい。ヤーコプさん。それからお客さん方」
音を聞きつけたのだろう。馬車を留めた家の中から、一組の夫婦が出てくる。
二人とも六十代くらいかな? 長年畑で働いてきたことがわかる日によく焼けた肌に、しわしわの手。それぞれ日よけの帽子を持っている。
帽子を取ったヤーコプさんは、順番に二人と握手を交わした。
「ララさん、フィン様、紹介しますよ。彼らはここら一帯をまとめるご夫婦です。ツドミムのことが知りたかったら、なんでも聞いてください」
「ララローズと申します! 今日はよろしくお願いいたします」
「ヘシトレ聖騎士団のフィンセントです」
私たちが挨拶すると、二人はほがらかに笑った。
「ようこそツドミムへ」
「見ての通り畑しかないんですが、その代わり畑だけは腐るほどありますからね、ゆっくりしていってください」
「はい! あと、いつもおいしいお野菜をありがとうございます。よかったらこれ、皆さんで使ってください」
言いながら、私は持ってきた胡椒の包みを渡した。途端に、夫婦が目を輝かせる。
「おぉ、胡椒か。これはいくらあっても困らないから、とても助かるねぇ」
「お嬢ちゃんは、畑の見学と土が欲しいんだっけ?」
「はい! 少し土をわけていただけると助かります」
「なら早速、案内しようかねぇ」
そう言って、夫婦は歩き出した。ヤーコプさんは商談のための約束があるようで、私とフィンさんがその後ろをついていく。
歩きながら、旦那さんが私たちに説明した。
「ツドミムの土地は、ボート侯爵領ほどではないですが加護を受けていましてねぇ」
「加護……ですか?」
加護ってなんだっけ? どこかで聞いたことがあるような……。
隣ではフィンさんも興味深そうに耳を傾けている。
「ここは気候が温暖かつ穏やか。それに何よりすごいのが、どんな時期にどんな作物を撒いても、大体育つんですよ」
「もしかして豊穣の女神、デーメテールの加護ですか?」
フィンさんの言葉に、旦那さんがうなずく。
あっ。そういえばデーメテールの名前は私も聞いたことがある!
私が実家にいた頃、仲良くしてくれた農家のおばさんが何度も『コーレイン領にもデーメテールの加護があればねぇ』と言っていたのを思い出したのだ。
野菜がいっぱい実る神々の加護だと聞いて、私もそういうスキルを授かれるよう、必死にお願いしていた時期もあったなあ。
「ララ、ボート侯爵領では、やたらキノコや山菜などが生えていただろう? あれも全部、デーメテールの加護によるものだ」
「ああ、だから……!」
確かにボート侯爵領の森では、季節関係なくキノコも薬草も驚くくらい咲き乱れていた。
あれはボート侯爵領が加護を受けているからだったのか……! 加護って、すごい。
私が加護に感動していると、今度はおかみさんが言った。
「その代わり、野獣や魔物からもよく狙われていたんだけどねぇ。フィンセント様が聖騎士団の団長に就いて村の警護を増やしてくださったおかげで、ここ最近は本当に平和ですよ。ありがたやありがたや」
言って、おかみさんがフィンさんに向かって祈りを捧げ始める。
へぇえ……! さすがフィンさん、こんなところでも貢献していたなんて!
一方穏やかに微笑んだフィンさんは、ゆっくりと首を振っていた。
「私は騎士団として当然のことをしたまでのこと。お礼を言うならここに常在している騎士たちに。それに神官たちも、頑張って結界を張ってくれましたから」
どうやら、ツドミム村には騎士団が常在するだけではなく、定期的に神官たちがやってきて結界を張ってくれるらしい。
そうだよね。こんなにたくさんおいしいものがあったら、魔物だって狙いに来るもんね。
そう考えるとコーレイン領は、それほど実り豊かではない代わりに、比較的平和だったんだなあ。森に出るのも、せいぜいキラーラビットぐらいだったもの。
「さ、お嬢さん。この中から好きなだけ土を持って行って大丈夫ですよ」
旦那さんに指し示された先には、見るからに栄養たっぷりな、ふかふかな土が鎮座していた。
私はしゃがむと、ためらわずに両手で土をすくいあげる。
「さすがツドミムの土! 空気もお水も、たっぷり吸い込みそうですね! ……すみませんが、コップを持参してきましたので、お水を少し頂いてもいいですか!?」
「ああ、構わないですけど……何に使うのかね?」
「ちょ、ちょっと土を切り刻んでみたくって……!」
さすがに、《胡椒生成》に使います! とは言えなかった。
リディルさんやスキルのことは人に話してはいけないよと、ドーラさんに釘をさされているのだ。
「この土をじっくり観察したいので、裏の作業台を借りてもいいですか!?」
言って私はフィンさんにその場を任せ、こそこそと家の裏に引っ込む。
裏には切り株でできた簡易作業台があったため、そこに持参してきたまな板を載せる。それから誰も見ていないのを確認してから、私はツドミムの土をサクサクと《胡椒生成》し始めた。
ぽろぽろとこぼれてくる胡椒の粒は、『れべるあっぷ食堂』の裏庭産よりもやや赤みを帯びていて、ツドミムの土の色をそのまま引き継いでいる。
くん、と鼻で嗅いでみると、裏庭産よりもさらに強い香りが鼻を満たした。
「うわぁっ……これもすっごくおいしそうな匂い! 今度の目玉焼きパンは、この胡椒を使ってみようかな!?」
どんな料理に使うか考えているだけで、わくわくする! いい胡椒なんだもの。良さを最大限引き出さなくっちゃ!
私があれこれ考えながらなおも胡椒を生成していると、そこへフィンさんの驚いた声が響いた。
「何をしているのかと思ったら、まさかそうやって胡椒を作っていたのか!?」
「あっ、フィンさん。……あれ、フィンさんには言っていませんでしたっけ……?」
「それは聞いていないよ、ララ……」
言いながらフィンさんが、ガクーッと脱力したように額を押さえている。
「す、すみません! 完全に話したつもりになっていました……」
「いや、いいんだ……。それにしても、本当にすごいな。包丁で切るだけでそんなことができるなんて」
言いながらフィンさんは胡椒の粒を取り上げ、土と交互に見比べている。
「……正直これを売るだけで、すごい儲けが出るのではないか?」
「……あっ」
料理に使うことしか考えていなかったけれど、《胡椒生成》のスキルがあれば、胡椒商人として一生食べていける気がする。ううん、それだけじゃない。《塩生成》やまだ覚えていない《砂糖生成》を使えば、あっという間に調味料屋の完成では……!?
「ドーラさんに一度聞いてみてもいいかもしれないね。収入のあては多い方が何かと助かるだろう」
「確かにそうですね、ありがとうございます!」
――と、私がお礼を言っているその時だった。
「きゃー!!!」
「大変だ!!!」
という複数の叫び声が聞こえてきたのだ。
「!?」
声に私が驚いていると、バッとすごい速さでフィンさんが駆けていく。私はあわてて後を追った。
「どうした! 魔物か!?」
目の前ではフィンさんが、先ほどのご夫婦を捕まえていた。
彼らも焦った顔で、目の前の畑を指さしている。顔を真っ青にしながら、おかみさんが言った。
「大変だよ! お隣の畑でアレが――マンドラゴラ病が発生したんだ!」
『マンドラゴラ病』
その言葉に私たちは固まった。
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