第45話 テオさん、それ、本当なんです……!

 目玉焼きパンは、日を重ねるごとに飛ぶような売れ行きを見せた。


 今はほとんどの作業をリナさんに任せ、私は最初のパンを切る工程だけ担当している。


 というのも色々検証してみたのだけれど、どうやら私のスキルを発動させ、食べ物にバフやステータス上昇などをつけるためには、リディルさんが食べ物に触れる必要があるみたいなの。

 それは《武器変化》で変化したおたまや泡立て器で触れてもカウントされるため、工程のどこかを私が担当すれば、残りは他の人が作っても大丈夫のようだった。


「やれやれ。今度はパンケーキ屋じゃなくて、目玉焼きパン屋になりそうな勢いだね」


 また呆れたような、面白がるような口調でドーラさんが言う。そこへ、お皿を用意しようとしていたリナさんが声を上げた。


「ドーラさん! そろそろ目玉焼きパン用のお皿が在庫を尽きそうだよ!」


 お持ち帰りの目玉焼きパンは、お客さんに出す時にはお皿ごと渡している。

 後日使い終わったお客さんが返しにくることで、もう一度来店が見込めるというアイディアでもあるのだけれど、想定以上の売れ行きに、仕入れたお皿の在庫が尽きようとしていた。


「もうかい? この間ヤーコプに追加してもらったばっかりなんだが、また頼まないといけないようだねえ。……おや、噂をすれば」


 時間は閉店を控えた夕方前。『れべるあっぷ食堂』のピーク時は過ぎて、少し話をする余裕も出てきた頃だ。


 開け放たれた食堂のドアから入って来たのは、ひげがふさふさした商人のヤーコプさん。


「やぁやぁ、みなさんお揃いで。今日もここはいい匂いに満ちていますね。私もひとつ、噂の目玉焼きパンとやらを注文してもいいですかな?」

「もちろんです! 目玉焼きパンですね!」


 すぐさま私とリナさんが準備を始める。その横では、ドーラさんがお皿の追加発注の話をヤーコプさんとしていた。


「どうぞ、お待たせいたしました!」


 リナさんがことりと、完成した目玉焼きパンを差し出す。

 お持ち帰りと違って食堂内で食べる人用に、目玉焼きパンの横には緑のレタスと紫キャベツ、それから真っ赤なチェリートマトが並んでいる。


「おぉ、色合いも華やかでいいですねぇ。野菜のおかげで、黄身の色がますます引き立つようですよ」


 ヤーコプさんは嬉しそうにパンにかじりつき、とろりとした黄身をあふれさせながら言った。


「うん、おいしいですねぇ! 人気になる理由もわかりますよ。シンプルだけど、何回食べても飽きない味だ」


 それからハッとしたようにナプキンで口をぬぐう。


「失礼、食べるのに夢中で肝心の本題を忘れていましたが、ララさん。以前言っていた農村、ようやく出かける用事ができたのですが、同行しますか?」

「えっ!? 本当ですか!?」


 ヤーコプさんの言葉に、私はバッと身を乗り出した。


 実は、《胡椒生成》を覚えてから、ずっと畑に使われている栄養たっぷりの土がどんな胡椒になるのか、気になっていたの。純粋に「畑の土をください!」と言ってもよかったのだけれど、どうせなら農村でいろいろな土で試したくって……。

 だからヤーコプさんに、もし仕入れ先の農村に行く機会があったら、私も連れていってくださいとお願いしていたの。


「確か『れべるあっぷ食堂』の定休日は、水星日ですよね? その日に日帰りで、お世話になっている農村に行きましょうか」

「ドーラさん、行ってきてもいいですか!?」


 急いで聞くと、ドーラさんはひらひらと手を振りながら言った。


「はいよ。気を付けていっといで」

「ありがとうございます! それじゃヤーコプさん、次の水星日にぜひお願いいたします!」

「すまない、私も同行してもいいだろうか?」


 そこへ、フィンさんの声が響く。

 騎士団のみなさんは最近、『れべるあっぷ食堂』の忙しさに考慮して、ピーク時から少しずらした時間帯に来てくれるようになったのだ。

 突如声をかけてきたフィンさんに、ヤーコプさんが少しだけ驚いた顔をするが、すぐに気を取り直したようだった。


「フィン様もご一緒しますか? 私は構いませんよ」

「もしかしてフィンさんも、農村の土に興味がおありですか!?」


 私が鼻息荒く聞くと、フィンさんはゆるく首を振った。


「いや、そういうわけではないのだが……周囲の農村には、ずいぶん長い間視察に行っていないことを思い出して」

「ああ、なるほど!」


 視察! さすが聖騎士団の団長さんだ。こんな時でも視察のことを忘れないなんて。


 私が感心していると、それを見ていたテオさんとラルスさんがこそこそと言った。……もちろんその声は丸聞こえなんだけど。


「面白いよなぁあいつら。アレでどっちもただの『お友達』らしいぜ」


 ……? お友達……って、なにかダメなのかな……?


 私もフィンさんもきょとんとしていると、ラルスさんがパンケーキをつっつきながらめんどくさそうに言った。


「まぁ人それぞれっスからね。いいんじゃないんスか。本人たちが楽しいならそれで」


 うんうん、と私がうなずきかけたところで、テオさんとラルスさんのところにひょいと顔を覗かせた人たちがいた。リナさんとセシルさんだ。


「そういうお兄さんたちはどうなの? 聖騎士団なんだから、モテモテなんでしょ?」

「セシルも気になるぅ。テオ様ってぇ、どんなタイプがお好きなんですかぁ?」


 甘い声を出しながら、セシルさんがまっすぐテオさんだけを見て言った。


「俺!?」


 名指しされたテオさんは動揺している。

 一方サラッとセシルさんから無視されたラルスさんは、怪訝な顔で呟いた。


「え。やっぱセシルさん、この間からテオさんのことしか見てなくないっスか?」


 その問いに、セシルさんがぽっと頬をそめて、もじもじする。


「だってセシル……テオ様のこと好きだもぉん」

「「「えええ!?」」」


 私とリナさん、それにラルスさんが一斉に叫んだ。


 対してテオさんはというと――突然「だっはっは!」と笑い出したのだ。


「おいおい、お嬢ちゃんも変わったやつだなぁ。俺にそんな冗談言ってどうするんだ。そういうのはラルスに言え、ラルスに」


 その言葉に、ラルスさんが「なんで自分なんスか」と唇を尖らせている。

 一方困った顔をしているのはセシルさんだ。


「えぇ? 冗談じゃないんだけどなぁ」

「えっ。もしかしてセシルさん、マジのマジなの……?」


 言って、リナさんが魔物を見るような目でセシルさんを見る。

 そんなセシルさんの頭を、テオさんの大きな手がばんばんと叩いた。それは下手するとセシルさんが床にのめり込みそうな勢いだったんだけれど、ぷろていんパンケーキで「力:66」になっていたセシルさんは体幹がしっかりしているのか、ビクともしない。


「それに、俺の好みは俺より年上だからな! あと、尻もでっかくないと!」

「そうなのぉ? テオ様っていくつぅ?」

「俺は今年二十九だぞ! こう見えてもう三十路手前だ!」


 だっはっは、と笑うテオさんの前で、セシルさんの瞳がきらりと光った。


「ならセシル、両方当てはまってるよぉ?」


 言って、セシルさんがドンッとお尻を机に載せる。


「おぉ……!」


 服の上からでもぷるんっと揺れる桃尻はビッグかつ形よく、セシルさんは胸もすごいけど、お尻もとてもすごいということを私は思い知った。


「こらセシル! 机に座るんじゃないよ!」

「ごめんなさぁい」


 ドーラさんの怒声が飛んできて、セシルさんがぺろっと舌を出しながら机から降りる。それを見ながらテオさんが、またがっはっはと笑った。


「確かにいい尻をしているが、年齢だけは増やしたくて増やせるもんじゃないからなぁ。悪いが諦めてくれ、お嬢ちゃん。お前さんはどう見ても十代だろう」

「セシルの言ってること、本当なんだけどなぁ」


 ぷくーと頬を膨らませるセシルさんを見ながら、私は内心ドキドキしていた。


 だって以前セシルさんを《鑑定》した時……私は確かに見たのだ。


『年齢:35歳』


 という文字を……。


 《鑑定》スキルが嘘をつくとは思えない。でも、私が知った情報を、ここで勝手に言っちゃいけない気もする……!


 テオさん……! その方は、本当に年上なんですよ……!


 内心こっそりテオさんに念を送りながらダラダラ汗を流していると、目玉焼きパンを食べ終わったヤーコプさんが言った。


「気づけばここも、ずいぶんと賑やかになりましたねぇ。話は戻りますが、次の水星日には、ララさんとフィン様のお二人で、一緒に農村に同行するということでよろしいですかな?」

「はい! よろしくお願いいたします!」

「ありがとう。当日はよろしく頼む」


 私とフィンさんは、ヤーコプさんにお礼を言った。

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