第43話 ――あれしかない

「ララ! 下準備ができたよ!」

「ララちゃぁん、パンケーキふたつとぽかぽか茶ふたつぅ」

「頑固ステーキも追加で頼むよ!」

「はぁい!」


 れべるあっぷ食堂が最もにぎわう昼どき。

 食堂内には昼休憩に入った職人さんからお役人さん、親子連れまでぎっしりとお客さんで埋まり、リナさんやセシルさん、ドーラさんが忙しく動きまわっていた。

 外には長い行列ができており、忙しさはまだまだ終わりそうにない。


 ――私が《治癒・小》を覚えてからはや一週間。

 あれから『れべるあっぷ食堂』のみんなが内緒にしてくれているおかげか、特段変わったことはなかった。

 食堂の人気も、ぷろていんパンケーキの人気もそのまま……ううんむしろ以前以上で、毎日目の回る忙しさが続いている。


「はぁ~疲れたっ!」

「もう足がぱんぱぁん」

「皆さん、ぽかぽか茶をどうぞ!」


 皆の疲れがたまってきた頃に、私はここぞとばかりにジンジャーとミントのぽかぽか茶を出した。

 同時に自分でもひと口飲むと、生姜とミントのさわやかな風味が、疲れた胃と体全体にすぅっと染み渡ってあっためてくれる。


「くぅうっ……! ほんっっっと生き返るね、これ!」


 目の前ではリナさんが、プハーッと息を吐きながらお茶を豪快に飲み干している。


「セシル、もともと生姜ってあんまり得意じゃなかったんだけどぉ……これはなんか癖になっちゃう」

「まあ実際体がみるみるうちに元気になってるからねぇ。恐ろしい品物だよこりゃ。どんなに疲れていても、これを飲めばすっかり元通りになるんだから」

「本当、この力ってすごいですよね……!」


 そういう私も、ぽかぽか茶を飲んでからすっかり元気になっていた。朝からの疲労なんて、まるで最初からなかったみたいだ。


「これ飲んでたら一生働けそぉ。こういうのって、えーきゅーきかんっていうんだっけぇ? 聖女の人たちってぇ、もしかして自分で自分を癒しながらずぅっと働いているの?」


 セシルさんの言葉に、私とリナさんが顔をしかめる。


「それはそれでちょっとやだな……」

「私も……」


 いくら疲れがとれるからって永遠に働かなきゃいけないってなったら、だいぶ嫌だ。

 どんなにおいしいものでも食べ過ぎはよくないのと同じで、どんなに便利なスキルがあったとしても、働きすぎはよくない、と思う。


「そういや前、ヤーコプから治癒院の噂を聞いたことがあるねぇ。なんでも聖女たちは不眠不休で働いているとか……」

「「「えええ!?」」」


 不眠不休!?

 恐ろしい言葉に、私はぞっとした。


 や、やっぱりこの間神殿に行かないって言って本当によかったかも……!


「まぁこれは噂だけどね。ただ、働きづめになるのは間違いないみたいだねぇ」

「セシル、そんなとこぜったいやだぁ。お休みはほしい」

「あたしも~」


 そんな会話をしながら、私たちは今日も無事に『れべるあっぷ食堂』の営業を終えた。


 どんっと机に載せられた硬貨は山盛りで、私だけではなくリナさんやセシルさんも、十分な賃金をもらえている。


 それぞれのお賃金を配りながら、ドーラさんが言った。


「あんたたちのおかげで、『れべるあっぷ食堂』の営業は順調すぎるくらい順調だ。今朝の治癒院の話じゃないけど、あんたたちも休みはしっかりとりなね。休みたい日の希望があれば、いつでもあたしに言っておくれ」


 『れべるあっぷ食堂』は今、週に一度水星日が定休日になっている。休みの時はリナさんたちと遊びに言ったり、フィンさんと街を見て回ったり、充実した休日を送らせてもらっていた。


 だから今のところ追加で休みが欲しいということはないのだけれど、それよりも食堂のことでひとつ気になることがあった。


「休みは大丈夫なのですが、ひとつ気になっていることがあって……」

「うん? なんだい?」

「最近、食堂にはいれていないお客さんがちらほらいるんです」

「ああ~。毎日めちゃくちゃ並んでるもんね」


 リナさんの言葉に、私はうなずいた。


 基本的に『れべるあっぷ食堂』は、根気強く並んでもらえれば、時間はかかっても全員案内するようにしている。けれど途中で待ちきれなくなって、あるいは最初からあきらめてしまう人は少なくないのだ。


「まぁそれが人気店のさだめだからねぇ」

「ありがたい反面、やっぱりせっかく来てくれたのに申し訳なくて……」


 私がうつむくと、そこにほわわんとしたセシルさんの声が響いた。


「なら、お持ち帰り用のごはんを売ればいいんじゃない?」

「お持ち帰り……?」


 その単語に、私は目を丸くした。


「うん。『花の都亭』でもよくやってたよぉ。大体クッキーとか、軽食なんだけど」

「そっか……その手がありましたね! なんでその存在を忘れていたんだろう!」


 私は目を輝かせた。

 お持ち帰り用の軽食を用意すれば、サッと食べたい人が長時間待つ必要もなくなるんだ!


「ドーラさん、うちでもお持ち帰り用のごはん、出してもいいですか!?」

「いいけど、普通の営業でも忙しいのに、そんなものを用意している時間があるのかい? まあクッキーなら前日に作ればいいのかもしれないが……」


 その言葉に、私は首を振った。


「いいえ、クッキーは出しません。『れべるあっぷ食堂』は食堂なので、やっぱり皆さんにしょっぱいものをお出ししたいと思っているんです。それに、時間もかけません。サッと作れて、サッとお出しできるものをやろうと思います!」

「へぇ。その口ぶりからして、どうやらもう案がありそうだね?」

「はい!」


 私は満面の笑みでうなずいた。


 サッと作れて、サッとお出しできるもの。


 それでいて満足感があるものと言えば――あれしかない!


 私は早速立ち上がると、明日に向けての準備を始めた。

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