第42話 ならば、私にできるのは(フィンセント視点)
「して、急にどうしたんだ。勇者に関する重大な報告とは」
王宮にある一室で、私は父である国王陛下と、兄である王太子殿下と顔を突き合わせていた。事の内容が機密にまつわるため、今日は謁見の間ではなく、ごくごく内密な話ができる部屋を用意してもらったのだ。
「前にお話していた“勇者”のことなのですが――」
「例の、初めての女性勇者か」
「はい」
以前ララが持っている包丁が聖剣だと判明してすぐ、私は今と同じように父と兄を呼び出していた。
ララの持つ聖剣が包丁で、かつ女性であるという前代未聞の事態を三人で話し合った末に、いったんは「とりあえず様子を見よう」という結論が出ていたのだが……。
「実は彼女が……ララローズ・コーレイン嬢が、《治癒》のスキルも持っていることが判明しました」
「なに……!?」
「おっと。それは穏やかな話じゃないね?」
治癒と言う単語に父の顔は険しくなり、兄もおどけた口調で話しているものの、その瞳は笑っていない。
「じゃあ彼女、勇者だけじゃなくて聖女でもあるってことか」
「だとすれば、神殿が出てくるな」
確かめるように聞くふたりに、私はうなずく。
《治癒》スキル自体は珍しいものの、数年に一度見つかることもあり、勇者ほど大ごとになるわけではない。
ただし《治癒》スキル持ちの者は全員、大神殿に引き取られ、神殿の要となる『治癒院』で働くことになるのだが――。
「今の大神官と言うと、あれか、あのとんでもないごうつくばり――いや、辣腕と噂の」
「ええ。最年少にして大神官の地位につけたドケチ――いえ、やり手の彼ですね」
言って、ふたりが黙る。
恐らく……いや確実に、私たちはとある一人の青年のことを考えていた。
その青年は神官とは思えぬほど欲深く、そしてやり手だった。
史上最年少でありながら瞬く間に大神官に就任したかと思うと、実は見逃しも多かった各地の《治癒》スキル持ちをどうやってか次々と見出し、あの手この手で『治癒院』に連行。
さらに今まで慈善事業同然だった『治癒院』を、膨大な黒字を量産する施設へと成長させたのだ。
ただしそのやり口には反発や反対派も多く、また連れて行かれた《治癒》スキル持ちは多額のお金をもらう代わりに、大神官の絶対的支配下に置かれているとも聞く。
そこまで思い出してから、私は言った。
「もしララが彼に連れて行かれた場合、《治癒》だけではなく、勇者の力、いや、彼女のありとあらゆるスキルを利用される気がします」
「僕もその意見には同意だね……あの彼ならやりかねない」
「それに……」と兄は続ける。
「近年の平和で勇者を擁護する王家は出番をなくし、反対に治癒院を持つ神殿は支持を集めている。もしここで勇者と聖女、両方の力を持つ人物が大神殿の支配下に置かれたら――下手すると、王家が傾くね」
その言葉に、国王はうぅむとうなった。
「仕方ない……しばらくは様子見を続けるつもりだったが、こうなったら神殿に取り込まれる前に、王宮で囲い込むしかない」
ララを、王宮に。
その言葉に、私は急いで声を上げた。
「待ってください、それは……!」
確かに王宮に囲い込んだ方が圧倒的に安全で効率的だ。
けれど――それだと彼女が『れべるあっぷ食堂』にいられなくなってしまう。
「フィンよ、何か問題でもあるのか? これ以上ない案だと思うが」
国王に聞かれて、私は一瞬ためらった。
……だが、ここはララのために言わなければ。
「彼女は――ララは、食堂に残ることを強く希望しているんです」
ララは自分が勇者だということを理解していないが、膨大なお金がもらえるという聖女の話をした時も、決して食堂から離れようとはしなかった。
例え王宮で料理人の席を用意したとしても、ララは喜ばないだろう。それくらい、『れべるあっぷ食堂』そのものが、ララにとって特別なものになっていることを私は感じていた。
「彼女は聖剣の使い手でである勇者と同時に、治癒スキル持ちの聖女でもあるのかもしれません。けれどその前に、彼女はララローズという名の、ひとりの人間なのです」
私は父と兄に訴えかけるように、言葉に力を込めて言った。
「我々の都合だけで都合よく扱っていいわけではありません。私は彼女の友人として、彼女の意思を尊重したいのです」
「友人、ねぇ……」
ぽそりと兄が呟く。それに対して私が何かを言う前に、国王がまたうなる。
「我々も本人の意思は尊重したいが……問題は神殿側だ。その上今の大神官はあの豪腕。生ぬるいことをしているうちに、勇者――いや、聖女か? どのみち、例の人物をかっさらわれてしまうのではないか」
「彼は何やら特別なスキルを使うと聞くしね。はたして
聞かれて私はゆっくりと首を振った。
「見つかるのは、時間の問題だと思います」
ララは食堂にいる時、確かに『治癒』という言葉を口にしていた。聞こえたのはきっと私だけでないだろう。今からどんなに秘密にしたとしても、人の口に戸は立てられない。
それに例の大神官は行動派であると聞いている。辺境の村の貴族籍でない人たちのところにまで出向き、才能ある人を自ら見つけていったと。
ただでさえ、ララの料理にはバフ付与やステータス上昇が入っているのだ。そこに治癒も加わるとなると、何も知らない人でも気づくだろう。『れべるあっぷ食堂の料理を食べると、調子がよくなる』と。
そんな噂を、あの大神官が聞き逃すはずがない。
ならば、私にできるのは――。
私はゆっくりと顔を上げた。それから父をまっすぐ見据える。
「私が、彼女を守ります。大神官の手から、そして彼女を狙うすべての人たちから。それが王都を守る、騎士としての私の務めです」
「騎士としての務め、ねぇ……」
また兄がぼそりと言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます