第41話 そんな物騒な感じなんですか!?

「ほらぁ。あざ、すごいでしょ? 朝、鏡で見た時、自分で引いちゃったくらいなのぉ」


 言いながら、困った顔のセシルさんがスカーフの前だけをサッと開いてみせる。

 けれど――。


「あれ? セシルさん、あざなんてどこにもないよ?」


 リナさんの言葉通り、現れたセシルさんの細い首にはあざどころか、シミひとつなかった。


「えっ?」


 驚くセシルさんを見ながら、私はにっこりと微笑む。――うん、予想通り!


 それからきょとんとしているセシルさんに、密かに用意していた手鏡を渡す。受け取ったセシルさんは、鏡に映った首を見て驚きの声を上げた。


「本当だ! なんで!? 朝見た時は、確かにあったのに!」


 言いながらぺたぺたと触っているけれど、やっぱり首は白くなめらかで、健康そのもの。数日前に首を絞められたなんて、誰に言っても信じてもらえないだろう。


 それを見ていたドーラさんが、ハッとしたように私の方を向く。さすがドーラさん、もう気付いたみたいだ。


「ララ、もしかして」

「はい。実は、《治癒》というスキルを覚えたんです!」

「治癒……!?」

「なんだって!?」


 そこへガタタッと身を乗り出してきたのはドーラさん――ではなく、まだ食堂にいたフィンさんだった。

 私だけじゃなく、女性陣全員がびっくりした顔で見ると、フィンさんが気まずそうに咳払いする。


「す、すまない。思わぬ単語が聞こえてきて……」


 フィンさんの後ろでは、またもやテオさんとラルスさんがこそこそと話していた。といってもやっぱり声が大きいから、丸聞こえなんだけど……。


「おいおいおい。嬢ちゃん、やばいのまで出てきちゃってるじゃねーか」

「今聞こえたのってアレっスよね? 発現した人はもれなく大神殿に連れて行かれる奴っスよね?」


 え……? 大神殿……?


 さすがの私でも、大神殿の名は聞いたことがある。私のスキルを見てくれたのは教会だけれど、それをとりまとめている、いわば教会のトップが大神殿だったはず。


 目の前ではフィンさんが腕を組み、いつになく難しい顔で考えている。それから真剣な顔で私に聞いた。


「ララ……君は知らないかもしれないが、それはとても希少なスキルだ。もし大神殿にそのスキルを持っていることを知られた場合、君はここにいられなくなるかもしれない」

「えっ!? どうしてですか!?」


 食堂に、いられない?

 珍しいと言われたことよりも、私はそっちの言葉にあわてた。フィンさんが声のトーンを落とし、ひそひそと囁く。


「大神殿は《治癒》スキル持ちを決して放っておいたりはしない。恐らくどんな方法を使ってでも、君を連れて行こうとするはずだ」

「えええ!?」


 大神殿って、そんな物騒な感じなんですか!?

 聖職者なんだしもっとこう、聖なる感じというか、清らかというか、人の嫌がることはしないかと思っていたのに……。


「もちろん、彼らは君を丁重に扱うだろう。それこそ、『聖女』として大事にしてくれるはずだ。お金に関しても、一生遊んで暮らせるだけの分を、生きている限り受け取れる」

「セイジョ……?」

「えっ!? 一生遊んで暮らせるお金!?」

「すごぉい!」


 『一生遊んで暮らせるだけのお金』という単語に、リナさんとセシルさんが声を上げる。反対に、フィンさんの顔は暗い。


「その代わり、君は一生『聖女』として生きることになり、『聖女』以外のことはできなくなる。食堂で働くこともきっと許されない」

「えっ……」


 私は動揺した。


 お金は確かに魅力的だ。借金が全部返済できて、その上私や家族の生活が一生困らないのなら、今すぐにでも飛びつきたいぐらい。


 でも……。


「ララは……大神殿に行きたいか?」


 言って、フィンさんは真剣な顔で私を見つめた。

 真面目な空気を感じ取ったリナさんたちも、じっと私の様子をうかがっている。


 私……私は……。


 私はリディルさんをぎゅっと握って、まっすぐフィンさんを見た。


 きっと、私がこの食堂にたどり着く前、それこそボート侯爵家を追い出されて森を歩いていた頃だったら、喜んでその話に飛びついていたと思う。


 でも、『れべるあっぷ食堂』はようやくできた私の居場所だ。


 優しく導いてくれるドーラさんに、頼もしい騎士団の人たち、最近できた楽しい仲間たち。

 食堂はようやく軌道に乗って来たところだし、「おいしい」と言いながらくり返し来てくれるお客さんだってできたのだ。


 きっと、神殿に行ってもらえるお金と比べたら、ここでもらえるお金はそう多くはない。


 それでも私にとっては、今の毎日が楽しくて、幸せで。


 お金には代えられない大事なものが、『れべるあっぷ食堂』にはあった。


「私は……ずっとこの食堂で、働いていたいです」


 私が答えると、フィンさんはにこりと微笑んだ。


「ララならそう言うと思っていた。大丈夫、君がそう望むなら、君が『れべるあっぷ食堂』に残れるよう、協力しよう。そしてララも――今だいぶ騒いでしまったが――今後は外で治癒のことは話さないようにしてほしい」

「は、はいっ!」

「それからリナ嬢にセシル嬢、君たちもこのことは秘密にしておけるだろうか?」


 フィンさんが視線を向けると、リナさんとセシルさんも力強くうなずいた。


「わかった! これから絶対言わない!」

「セシル、何にも聞かなかったことにするねぇ。だってララちゃんがいなくなっちゃうの、やだもん」


 言いながらぎゅっと抱き付いてきたふたりに、私は微笑んだ。


「ふたりとも、ありがとうございます……!」

「さて……まだテオたちが食べている途中だが、私はひと足先に帰らせてもらうよ。少し、確認したいことがあるから」

「わかりました! フィンさん、今日は色々とありがとうございます」

「いいんだ。君が神殿に行くことになったら――正直私も困るからね」

「え? それはどういう……」


 けれどそれには答えず、フィンさんはにこりと微笑んだだけだった。

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