第40話 ジンジャーとミントのぽかぽか茶
「ララ。新しいカーテンの位置はこれくらいでいーい?」
「はい! ばっちりだと思います!」
開店前の『れべるあっぷ食堂』で、私は新たな仲間、リナさんとセシルさんとともに食堂内の配置を変えていた。
ふたりが加わったことで、『少し店内を広げても大丈夫なんじゃないかい?』とドーラさんが言ってくれたのだ。
『れべるあっぷ食堂』の店は、本当に広い。さすがに一階を全開放、とまではいかなかったけれど、今回の拡張で半分くらいはお客さんが座れるようになったと思う。
私が新しく出した机を《浄化》スキルで掃除していると、リナさんとセシルさんが目を丸くした。
「ララそれ何!? 超便利じゃん!」
「すごぉい。それ、スキルって言うんでしょ? セシルも色々見てきたけど、そんなのは初めて見たぁ」
「はい! 実は私のスキル、すごく便利で……」
って。リナさんとセシルさんには、《はらぺこ》のこととかリディルさんのこととか話してもいいよね……?
念のためちらりとドーラさんを見ると、ドーラさんもうなずいている。安心した私は、食堂の準備をしながらリディルさんのことをかいつまんで話した。
「《はらぺこ》? なんかかわいいかもぉ。いいなぁ、セシルもそういうの欲しい」
「他にどんなスキルが使えるの? っていうかあたしそんなに詳しくないんだけど、スキルってそんなにいっぱいあるのが普通なの?」
もっと詳しく話を聞こうと身を乗り出すふたりに、ドーラさんがぱんぱんと手をはたく。
「はいはい。おしゃべりは仕事が終わってからにしな。今日もお客さんがいっぱい待っているからね!」
「「はぁい」」
ドーラさんの言葉通り、今日も『れべるあっぷ食堂』の前には行列ができている。
店を開けてすぐに舞い込んでくるのは、やっぱりパンケーキの注文だ。ただし、昨日にはなかった朝ごはんの注文も、ちらほらと入るようになっていた。
「お待たせいたしましたぁ~! 『きのこたっぷりオムレツ』と『定番ハム&エッグ』でぇす」
「こちらぷろていんパンケーキになりまーす!」
私がトントントンと包丁を振るう前で、リナさんとセシルさんがちゃっちゃかと注文を取ったり、配膳をしたりしてくれる。
リナさんはいずれ厨房に入る予定だけれど、最初のうちだけウェイトレスとして動いてもらうことになっていたの。
「よぉ! 今日も来たぞ……っておわ!?」
「今日もあいかわらずの人気だな。おや、彼女たちは?」
そこへ、フィンさんたち騎士団の面々が顔をのぞかせた。
いつも通り真っ先に声を上げたテオさんだけれど、今日はリナさんたちを見て、ぎょっとした顔で言葉を飲み込んでいる。
「あっ、皆さんいらっしゃいませ! 実は今日から、リナさんとセシルさんが『れべるあっぷ食堂』で働いてくれることになったんですよ」
「よかったじゃないか、これでララの負担が減るな」
と言いながら微笑んだのはフィンさんだ。
対してテオさんとラルスさんは、何やらこそこそと話し合っている。
「あの人たち、娼婦の人たちっスよね? なんでここに?」
「さあ……。掛け持ちで働くことにしたんじゃねぇのか?」
……でも声が大きいから、丸聞こえだ。
そこへセシルさんが、トンッと机にメニュー表を立てて、テオさんに向かって言った。
「娼婦のお仕事はぁ、綺麗さっぱりやめました! 今日からずっと『れべるあっぷ食堂』だけのセシルでぇす」
「お、おう……」
にこっと大輪の花が咲いたような笑みを浮かべるセシルさんに、テオさんがたじろぐ。
そんなふたりの姿を、ラルスさんが何事かと交互に見ている。
「あれ? セシルさん、なんかテオさんだけ見てないっスか……?」
と呟きながら。
ふふっ。セシルさん、この間テオさんの上半身裸を見た時は絶句していたみたいだけれど、テオさんが嫌いになったわけじゃないみたいでよかった。
なんて思いながら包丁を動かしていると、不意にいつものリディルさんの声が聞こえた。
『ぱぱぱぱーん。おめでとうございます。レベルアップしましたよ』
待ち望んでいた声に、私はサッと食堂内の様子を確認した。
うん、今なら一瞬手を止めても大丈夫そう!
それから急いで厨房の奥に引っ込むと、目をつぶる。
すぐに表れるのはスキルツリーと、麗しいリディルさんの姿だ。
『ララが欲しいのはこれでしょう? ――《治癒・小》』
ここ数日ずっと治癒治癒と連呼していたから、リディルさんも一緒になって数えてくれていたの。私が声をかける前からもう、リディルさんの白い指が《治癒・小》の銀貨に触れていた。
「はいっ! それでお願いします!」
ぱぁぁっと光る銀貨を見ながら、リディルさんが微笑む。
『さぁ、これでララは《治癒・小》を覚えましたよ。何を作りますか? ――と言っても全部の料理に適用されるので、何を作ってもいいのですが』
「治癒を覚えたら、ずっと作りたいと思っていたものがあるんです!」
言いながら私は、厨房の棚からせっせといくつかの材料を取り出した。
レモンに
私はまずリディルさんを使ってレモンの皮を薄く、幅広くそぎ取った。それから生姜を四枚にスライスし、包丁の面を使ってぎゅっぎゅと押しつぶす。こうすることで、生姜の味が染み出しやすくなるのだ。
それをレモンの皮と一緒にゴブレットに入れると、上から熱湯をとぽとぽと注いだ。そのまましばらく寝かせ、湯がちょうどよいあったかさになる頃には、レモンとジンジャーのいい香りが厨房に広がっていた。
えっと……セシルさんは確か甘いのが好きだったから、蜂蜜は多めに入れて、と……。
匙にたっぷりとすくいあげた蜂蜜をゴブレットに加え、最後に茎付きのミントを入れる。
「よしっ……できた! 名付けて、『ジンジャーとミントのぽかぽか茶』です!」
ほんのりと黄色く色づいた人数分のお茶を作ると、私は念のため鑑定した。
『ジンジャーとミントのぽかぽか茶:クリティカル+15%、運+15%、スペルスピード+15%、《浄化・中》、《治癒・小》』
うん、しっかりと《治癒・小》がついている!
それに
……といっても、実際に私がその効果を体験したわけではないんだけれど……。
そう思いつつ、私はみんなに声をかけた。
ちょうど注文も一瞬落ち着いているみたいでいい頃合いだ。
「リナさん、セシルさん、ドーラさん! お茶が入りましたよ。少し休憩しませんか?」
その言葉に、みんなが続々と集まってくる。
「なんかいい匂いがする!」
くんくんと鼻を動かすリナさんに、私は説明した。
「生姜とミントのお茶です。蜂蜜も入っているので、きっと飲みやすいですよ」
食べ物に治癒をつけてもいいんだけれど、やっぱり食べるのには時間がかかる。だから今回は、サッと飲めるドリンクとして出すことにしたの。
やってきたセシルさんがゴブレットを持ち上げ、ゆっくりとひとくち飲む。
「……んんっおいしーい! なんか、疲れた体に染み込んでいく感じぃ」
「体に良さそうな味がする! 気のせいかな、もう体がぽかぽかしてきた」
「これも爽やかな飲み口でおいしいねぇ。ララ、これも店に出したらどうだい?」
皆の感想を聞きながら、私はうなずいた。
「確かに、これならすぐにメニューとして出せるかもしれません。……あ、セシルさん。首の痕は、どうですか? その……少し見せてもらえませんか?」
私が聞くと、あいかわらず首にスカーフを巻いたままのセシルさんが、ちょっと困った顔をした。
「今ぁ? あざ、青と黄色でちょっとすごいことになってるから、見たらきっとびっくりするよぉ?」
「大丈夫です! 一瞬でいいので!」
「しょうがないなぁ……。ちょっとだけだからね?」
言いながら、セシルさんはしゅるしゅるとスカーフをほどいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます