第38話 一晩で広まった噂って
「お待たせいたしました! れべるあっぷ食堂の開店です!」
扉を開けると、食堂の前に並んでいた人たちが一斉に中へと流れ込んでいく。仕事前の若い男性に、いつも来てくれる働き盛りの男性。それから頭にバンダナを巻いたどこかの職人っぽい男性に加えて、女性の姿もちらほら。
すぐさまカーテンで仕切られた食堂内は満席になり、私は申し訳なく思いながらもまだ並んでいるお客さんたちに謝った。
「席が空き次第、すぐご案内させていただきますので!」
急いで中に引き返して注文を取ると、お客さんは皆、揃えたかのようにあるものを注文した。
「ぷろていんパンケーキをひとつ」
「ぷろていんパンケーキ? ていうのを頼む」
「ぷろていんパンケーキで!」
「はい!」
馴染みのお客さんも、初めて来るお客さんも、皆の口から出るのはパンケーキばかり。
その後もパンケーキの注文は止まらず、私とドーラさんは手分けして片っ端からパンケーキを焼いては配り、焼いては配った。
「うお!? なんだこりゃ! 急に大盛況だな!」
そんなテオさんの声が入り口から聞こえてきたけれど、目が回る忙しさに騎士さんたちを出迎えることもできない。私は大きな声で叫んだ。
「皆さんごめんなさい! 今日は何やらお客さんがいっぱいで……! すごくお待たせしてしまうかもしれません!」
「私たちは大丈夫だが、それにしてもすごいな。一体何があったんだ?」
フィンさんが首をかしげていると、店の外にいた女の子たちがきゃいきゃいと話しかけてきた。食堂の壁に隠されていて姿は全部見えないが、喋り方や着ている服からして、どうやらリナさんたちと同業っぽい……?
「お兄さん、知らないんですかぁ? 『花の都亭』のセシルさんって人がここのパンケーキを食べたら超強くなって、自分のこと殺そうとしてきた人を返り討ちにしちゃったんですよ!」
「そうそう! それがあたしたちの間だけじゃなくって、お客さんの間でも話題になって!」
漏れ聞こえてくる会話によれば、昨夜セシルさんが「ぷろていんパンケーキのおかげで命が助かったのぉ」と吹聴したおかげで、一晩で噂が風のように広まってしまったらしい。
それは娼婦さんの間のみならず、来ていた男性のお客さん、その友達、さらに友達の家族と、芋づる式に広まっていったのだとか。
「主人から聞いた時はそんなまさか……って思ったんですが、うちの子昔から体が弱くって。少しでも効果があればいいなと思って、連れて来たんです。パンケーキなら、この子も食べられそうですし」
なんて言いながら、少年を連れてやってきたお母さんまでいた。
「リッ、リディルさん……! 子どもにぷろていんって、食べさせても大丈夫なのですか!?」
厨房の隅にしゃがんで、私はこそこそとリディルさんに聞いた。
『もちろんですよララ。
「はいっ! ありがとうございます!」
どんなにいいものでも、食べ過ぎはよくない。
その鉄則だけ守れば大丈夫だと聞いて、私はほっとした。
「さすがリディルさん……頼りになります!」
『ふふっ。そうでしょうそうでしょう。それなら今日のお昼はステーキとパンケーキのふたつでお願いしますよ』
「ふたつ!? そ、そんな時間あるかなあ……。がんばりますね!」
私が気合を入れていると、息をふぅふぅと切らしながらドーラさんが言った。
「まったく……ここは食堂なんだか、パンケーキ屋なんだかわからない忙しさだね!?」
口調は乱暴だが、その顔は笑っていてどこか面白がっているように見える。
「本当ですね……! あっドーラさん大変です! パンケーキを作るのにかかせない、あの材料が!」
言って私は、床に積み上げられているヘシトレストーンを指さした。
ぷろていんはこのヘシトレストーンから生成するため、厨房に常備しているのだけれど、思わぬ大盛況ぶりに急に在庫が尽きようとしていたのだ。
「おやまあ、困ったね。これは急いでヤーコプに運んできてもらわないと……あたしが行ってきてもいいが、そうするとララちゃんひとりでここを回せるかい?」
言われて、私は食堂内と外に並ぶお客さんの列を見た。
食堂内にはまだぎっしりとお客さんが座り、外に並ぶ列もまだまだ長い。
「……さすがにこれをひとりでさばくのは厳しいかもしれません……!」
「ならしょうがないね。お客さんには申し訳ないが、今日のパンケーキは売り切れってことで――」
ドーラさんがそう言いかけた時だった。
「はいはいはぁ~い!」
「あたしたちがいるじゃん!」
「ここは私たちにお任せくださいませ」
明るい声が聞こえた食堂の入り口を見ると、リナさんにペトロネラさん、それに首に大きなスカーフを巻いたセシルさんが立っていた。
「何々? 人手が足りないのなら、あたしたちが手伝うよ!」
「これをお客さんにお出しすればいいのぉ? セシル、そういうの得意だよぉ」
なんて言いながら、ひょいと出来上がった料理を持って行く。私はあわてた。
「い、いえ! みなさんはお客さんなんですから、手伝ってもらうわけには!」
「まぁまぁララさん。これも昨日のホットミルクのお礼ということにしましょう」
私がなおもためらっていると、この事態をさっさと受け入れたらしいドーラさんがでかける準備をしながら言う。
「じゃあお言葉に甘えて、頼んだよお嬢ちゃんたち! あたしはヤーコプのところまで、ひとっぱしりしてくるからね!」
「はぁ~い」
「任せて!」
「えええ!? ドーラさん!?」
「さぁ、ララさんはお料理に集中して。配膳は私たちにお任せくださいませ。簡単な調理ならお手伝いもできますわ」
「エプロンってこれ? 勝手に借りるね!」
なんて言いながら、リナさんたちがてきぱきと手際よくウェイトレスに変身する。それから滑るようになめらかな動きで、店内のお客さんを回し始めた。
――数時間後。
なんとかお客さんをさばききり、営業を終えた食堂内では、私とドーラさん、それからリナさん、セシルさん、ペトロネラさんが、ぐったりと椅子にもたれかかっていた。
「みなさん……今日は本当にありがとうございました!」
私は疲れた体を立たせると、リナさんたちに向かってぺこりと頭を下げた。
「お嬢ちゃんたちありがとねぇ。おかげでなんとか今日を乗り切れたよ」
無事ヘシトレストーンを仕入れられたドーラさんも、帰ってきてからは一緒に厨房仕事をしていたため、さすがに疲れているようだ。
「もちろん、今日の手伝い賃は出すからね。ちょっと待ってておくれ」
そう言ってのろのろとした動作でお金を取りに行こうとしたドーラさんを、セシルさんが止める。
「ドーラさぁん。セシルたち、お金はいらないのぉ。その代わり、お願いがあるんだけど聞いてくれなぁい?」
「お願い? ……なんだね?」
椅子に座り直したドーラさんに向かって、リナさんとセシルさんが声を揃えて、にぱっと笑った。
「「あたしたちを『れべるあっぷ食堂』で雇ってくださぁい!」」
「ええ!?」
私とドーラさんは叫んだ。
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