第37話 待っててねセシルさん。私、がんばるから!
「治癒……!?」
リディルさんの言葉を、私が詳しく聞こうとした時だった。
「っくちゅん!」
肩に上着をかけたセシルさんが、くしゃみをしたのだ。
時期は夏とは言え、夜はそれなりに冷える。心配したリナさんとペトロネラさんが、あわててセシルさんの顔を覗き込んだ。
「セシルさん、大丈夫? もう夜も寒いもんね。中に戻ろっか」
「ララさん、ミルクありがとうございますわ。あとは私たちに任せて、あなたも気を付けてお帰りくださいませね」
「あっ……はい! みなさんもお気をつけて!」
セシルさんの首の痕、治せなかったな……。
私がトボトボ帰ろうとしていると、すぐさまフィンさんが駆け寄ってきてくれる。
「夜も遅いし、こんな事件があったばかりだ。家まで送ろう」
「フィンさん……ありがとうございます」
『花の都亭』は『れべるあっぷ食堂』のすぐ近くだから、本当はひとりでも全然大丈夫なのだけれど、私はお言葉に甘えることにした。
だって万が一何か起こって、リディルさんにまっぷたつにされる暴漢の姿を見たくないもの……! 切るのは食材だけで十分です!
「さっき捕まっていた男の人……やっぱり前にセシルさんたちが話していたお客さんですか?」
以前彼女たちが食堂に来た時、セシルさんにのめり込みすぎて危ないお客さんがいると話していた。リナさんが『出禁』という言葉を使っていたから、記憶に残っていたの。
「ああ、その男みたいだ。セシル嬢は穏便に話し合いをしようとしたらしいのだが、相手の男が逆上して彼女を殺そうとした」
「そっか……。男女のもつれは難しいって聞きますもんね……」
なんてしんみりした顔をしているけれど、私は噂に聞いたことがあるだけで、自分でそういう色っぽいものは一度も経験したことがない。だからセシルさんを手にかけようとした男の人の気持ちも、全然わからなかった。
好きな人が自分から離れていこうとしたらそりゃ悲しいとは思うけれど……だからって殺そうとするなんて、どれだけ自分勝手なんだ……!
私がうーんと顔をしかめていると、フィンさんが軽く咳ばらいをした。
「その……ララも、気を付けた方がいい。もし変な客にまとわりつかれたら、すぐ私に言うように」
「私ですか? 大丈夫ですよ! お客さんはみんな優しい人ばかりですし」
確かに以前、ボート侯爵が私のことを愛人にしようとしてきたことはあるけれど、あれはボート侯爵が悪い男の人だっただけ。『れべるあっぷ食堂』に来てくれるお客さんはいい人たちばかりだ。
けれどフィンさんにとってはそうではないらしい。
「それは……ララが気づいていないだけだ。中には君目当てで来ている奴も間違いなくいたぞ。私が睨んだら逃げて行ったが」
えっ? そんなことが!?
でもそんな人、いたかな……? フィンさんの思い違いじゃなくて?
なんてやりとりをしているうちに、気付けば『れべるあっぷ食堂』の目の前だった。
「っと、もうついてしまったな。ララもくれぐれも気を付けて。特に夜間は、誰が尋ねてきても絶対に中に入れないように」
「はい! わかりました」
フィンさん優しいなあ。さすが都の治安を守る聖騎士団の団長さんだ。
私はフィンさんと別れると、ドーラさんに事情を説明してから厨房に戻った。そして目をつぶる。
さっき聞けなかった、《治癒》スキルのことを知りたかったのだ。
「リディルさん……治癒ってこれですか?」
言いながら私が見ているのは、暗闇に浮かび上がったスキルツリーの、《浄化》と書かれた銀貨の先にある《治癒・小》というスキル。
今までその隣にある《毒無効》と《毒変化》の方に目が引き寄せられて見落としていたけれど、治癒でケガをなおせるならすごいことだよね! 《治癒・小》の奥には《治癒・中》と《治癒・大》があり、さらにその奥は――。
……あれ? なんだろう。ここだけ、なぜか銀貨だけで文字が書いてないなあ?
私が考えていると、ふわん、と軽やかな身のこなしで、暗闇から全身真っ白なリディルさんが現れた。
『はい。この《治癒・小》を選択することで、軽度の怪我なら治せるようになります。これも《浄化》と同じく、ララの場合は直接使うより料理を作った方が、効果が発揮されるでしょう』
すごい……!
最近、《バフ付与・中》を取ったばかりだったから必要なスキルポイント6には足りていないけれど、今のペースならすぐに《治癒・小》がとれるはず!
待っててねセシルさん。私、がんばるから!
◆
翌日、『花の都亭』での事件から一夜明けて。
私はいつものように食堂の営業を始めようと、何気なく店のカーテンを開けた時だった。
「……!? ドーラさん、大変です!」
「どうしたんだい? ララ」
「お客さんが、たくさん並んでいます!」
カーテンを押さえた私が見たのは、開店前から『れべるあっぷ食堂』に並ぶ、たっくさんの人々の姿だった。
エプロンをつけた職人ぽい中年の男性から、子どもを連れた若い女性まで、老若男女問わず並んでいる。その列は長く、道にまで伸びていた。
「おやまあ! これは一体どうしたことかね!?」
「さあ……!?」
私とドーラさんは首を捻った。急にこんなに人が来るなんて、ちっとも思い当ることがない。
「とりあえず、開店してお客さんを入れてしまおうか。今日はあたしも手伝うからね!」
とすっかり調子のよくなったドーラさんが、腕まくりをしながらいう。
「はい!」
私はうなずくと、急いで『れべるあっぷ食堂』の扉を開けた。
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