第36話 『花の都亭』で一体何が……!?

※昨日まちがえて34話公開しないで先に35話を公開しちゃったので、34話まだの人はぜひそこから読んでいただけると……!

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 その日の夜。私が食堂の片づけを終えて明日の準備をしていると、不意に人の話し声や、ガチャガチャという鎧の音で外が騒がしくなった。


 ……何だろう?


 この辺りは『花の都亭』があるから夜もにぎやかだけれど、それとは違う喧騒に、私はそぉっとドアを開けてみた。


 隙間から覗き見えたのは――フィンさんとテオさん、それに騎士団のみなさん?


 聖騎士団の人たちは最近軽装で来ることも多く、ちゃんとした鎧を着ているのを見るのは久しぶり。けれど、あの目立つ後ろ姿は間違いない。

 私はドーラさんにひと声かけると、騎士さんたちの後を追った。


 追いついた先では、リナさんやセシルさん、ペトロネラさんたちが在籍する『花の都亭』に人だかりができていた。通行人は皆おのおのにランタンを持ちながら、ガヤガヤと『花の都亭』を指さして何か話している。


「あの、『花の都亭』で何かあったんですか?」


 人ごみをくぐりぬけてフィンさんの近くまで行くと、私に気付いたフィンさんがそっと手で私を制した。


「ララ、気を付けて。この辺りはガラスが散乱している」


 見れば確かに、地面にはガラスの破片がそこかしこに飛び散っていた。見上げると、『花の都亭』にある二階の一室の窓が、何かを打ち付けたかのように壊れている。ガラスはここにはまっていたものらしい。


 そしてガラスが飛び散る先では、テオさんが貴族服を着た若い血まみれの男性の手に縄をくくり、連れて行くところだった。


「『花の都亭』から通報があった。ちょうど私たちが在籍していたから警吏の代わりにやってきたんだが、ラルスが詳細を確認しているところで……」


 そこへラルスさんの声が響く。


「団長~! ガイシャの証言が取れたっスよ!」


 そう叫んだラルスさんの後ろには、心配そうな顔をして付き添うリナさんとペトロネラさん、そして肩に上着をかけられたドレス姿のセシルさんが立っていたんだけれど――。


「セシルさん、どうしたんですかそれ!!!」


 セシルさんを見て、私はぎょっとした。


 折れそうなほど細い首には、ふんわりあま~い雰囲気が漂うセシルさんには到底似つかわしくない、真っ赤な絞め痕が残っていたのだ。


「セシルねぇ、さっきあの人に殺されそうになっちゃってぇ」

「えええ!?」


 頬に人差し指をあてたセシルさんは、先ほど殺されそうになったばかりとは思えないほど、輝く笑みを浮かべている。


「でもぉ、セシルはパンケーキ食べてたから筋肉ムキムキでぇ、あいつを殴ったら飛んじゃったの。うふ」


 パンケーキ!? 殴ったら飛んじゃった!?


 全然釣り合いがとれていないふたつの単語に驚いていると、隣でラルスさんもフィンさんに報告し始めた。


「どうやら殴り飛ばした勢いで、セシルさんを襲った男が窓枠を突き破って、二階から落っこちたらしいっスね」


 窓枠を突き破る!? 二階から!?


「窓から男が吹っ飛んでくるのを見たって通行人も複数いたので、間違いないっス」

「わかった、報告お疲れ様」


 淡々と報告するラルスさんとその報告を聞くフィンさんを見ながら、私は目を白黒させていた。


 えっと……つまり……? セシルさんはさっき血まみれになっていた男の人に首を絞められて、逃げるために殴ったら、男の人が窓から吹っ飛んだっていうこと……?


 確かに話の筋は通っている。


 通っているんだけど……。


「セシルさん……すごい……!」


 あんなかよわそうな見た目をしているのに、どこにそんな力が!?

 はっ!? まさかパンケーキを食べたせいで!? まさかそんな、いくらなんでもそこまで強くは……。


 そう考えてから、私はおそるおそるセシルさんに話しかけた。


「あの……セシルさん。ちょっと《鑑定》させてもらってもいいですか?」

「鑑定ってなあにぃ?」

「セシルさんの状態とか情報とか、色々調べることができるんですけど……」

「えー何それ超便利じゃん。ララちゃんならいいよぉ」

「ありがとうございます! では失礼して……」


 そういえば、自分以外の人に《鑑定》を使うのって初めてだな。なんとなくそういうのは勝手に見ちゃいけないと思ってたし、フィンさんたちを鑑定する機会も逃していたんだけれど……。


 考えながら、私はセシルさんを見つめて『鑑定』と心の中でつぶやいた。


 すると――。


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<セシル>

性別:女 年齢:35歳

レベル1:1/7

状態:負傷(首) 職業:売れっ子娼婦

体力:550 精神力:1300

力:66 防御:1 素早さ:1

器用:1 魔力:1 運:0

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 ……。


 35歳!?


 真っ先に飛び込んできた情報に声をあげそうになって、私はとっさに手で口を押えた。


「どうしたのぉ? 何か見ちゃいけないものでもあったぁ? うふふ」

「い、いえっ……! 何でも、ないです……!!!」


 ニコッ……と微笑んだセシルさんに見られ、私はあわててブンブンと首を振った。


 ふわふわの金髪に、垂れ目の青い瞳。お人形さんのような端整な見た目に甘い雰囲気をしたセシルさんは、三人の中で誰よりも幼く見えた。外見年齢だけで言うなら、多分十五歳ぐらいだと思う。


 なのに、まさか一番年上だったなんて……! しかも倍どころじゃなかった……!


 も、もしかして見ちゃいけないものってこれ……!?


 この秘密は一生お墓まで持って行かなければ、と私はゴクンと生唾を呑んだ。


 それに……年齢に驚きすぎてついそっちに目が行ってしまったけれど、他のステータスが軒並み一ケタの中、燦然さんぜんと輝く「力:66」もすごい!


 ぷろていんの効果は《ステータス:力+2、上限1日1回まで》だったから、セシルさんがほぼ毎日食べに来ているうちにこんなことになってしまったらしい。


 表面上はあまり変化のわからない愛らしい見た目で、まさかの筋肉ムキムキ……。でも、それが結果的にセシルさんの命を救ったのなら、きっといいこと……なんだよね? 多分……。


 考えて、私はまたハッとした。


 そうだ、こんなことをしている場合じゃない!


「セシルさん、ちょっと待っててくださいね!」


 言うと、私はあわてて『れべるあっぷ食堂』に引き返した。


 急いで自分用の大きなマグカップを取り出し、鍋に火をかけて牛乳を温める。それからはちみつと、今日はもう食べていたから本当は効果ないんだけれど、気休めとしてプロテインもたっぷり入れてかき混ぜると、私はそれを持って外に飛び出した。


「セシルさ~ん! これ、飲んでください!」


 私はこぼさないように気を付けながら運んできたホットミルクを、ずいっとセシルさんに差し出した。


「ホットミルクゥ?」

「はい! あの……ホットミルクは興奮した気持ちを静めてくれるので……!」


 あと、ケガにも効果があるのかはわからないけれど、もしかしたら《浄化》がセシルさんの首の痕を消してくれるかもしれないって思ったの。


「やったぁ、ララちゃんありがとぉ」

「ケガにも効果があるといいんですけれど……」


 私がぽつりとつぶやいた時だった。


『ララ、《浄化》はケガには効果はありませんよ。ケガをなおしたければ、《浄化》の先にある《治癒》を取るといいでしょう』


 そう言ったリディルさんの声が聞こえたのだった。

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