第34話 も、もしかしてあの筋肉……ぷろていんのせいだったりしますか……!?

「リナさん、セシルさん、ペトロネラさん、いらっしゃいませ!」


 いけないいけない、美しい筋肉に見惚れている場合じゃなかった。ここは食堂。お客さんにおいしいごはんをお出ししないと!


 私が戒めのため、ぺちんと頬を叩く横で、上半身裸のテオさんたちに気付いたリナさんが叫んだ。


「お兄さんたち、筋肉すっごいね!?」


 隣では、セシルさんが口に手をあて、無言でしかめっ面をしている。……もしかしてこういうのは嫌いだったのかな。


「ほらテオ! ここは食堂だ。悪ふざけはそれぐらいにして服を着ろ。これは団長命令だ」


 言いながら、フィンさんも頬を赤らめたまま、いそいそと服を着ている。


「はいはい、わかりましたよーだ」


 さすがのテオさんも、女性陣が来たからには悪ふざけはおしまいにするらしい。お客さんに惜しまれつつも、ちゃんと服を着直している。


 それを面白がるように見ながら、席についたリナさんが言った。


「ねえララ、今日は何か催しとかだったりするの? あっ、あたしぷろていんパンケーキで!」

「セシルもぷろていん食べるぅ」

「私も同じものでお願いしますわ」

「そういうわけではないのですが……。あ、今日はラズベリーを仕入れてきたので、パンケーキはラスベリーソースがけにもできますがどうしますか?」


 私が聞くと、三人はパァッと顔を輝かせた。


「「「じゃあそれで!」」」


 彼女たちは時々注文を変えたりしつつも、なんだかんだあのパンケーキを気に入ってくれたらしい。

 私が嬉しく思いながらせっせとメレンゲを泡立てていると、リナさんがテオさんに話しかけているのが見えた。あいかわらず抜群のなつっこさで、人見知りとは無縁のようだった。


「ねぇねぇ、お兄さん、さっき筋肉すごかったね? ここでよく会うけど、騎士団の人たち?」

「おう。聖騎士団だぞ」

「やっぱり! 筋肉、超ヤバかったよ!」

「ええ、すごかったですわ。さすが殿方って感じで」

「わかるぅ~超かっこいいぃ~」

「そ、そうか……?」


 リナさんたちに褒められて、テオさんはたじたじになっていた。


 ふふっ、こんな押されっぱなしのテオさん、初めて見るなあ。


 微笑ましく思いながら生地を混ぜていると、また弾んだリナさんの声が聞こえる。


「っていうかさぁ、なんかいい鍛え方あったら教えてよ! 実はあたしも、最近なーんか無性に筋肉ついちゃって。面白がって鍛えてたらこの通りだよ、ほら」


 どうやら、リナさんがテオさんたちに力こぶを披露しているらしい。


「お嬢ちゃんが? またまたぁ……って、結構立派なモン持ってるじゃねえか!」

「女性の二の腕とは思えないっスね!?」


 え?


 その言葉にボウルから目を離して顔を上げれば、リナさんの細い二の腕には、なにやら立派な力こぶが盛り上がっていた。


 えっ! 何あれ、思ったよりぜんっぜんすごい!

 というかよく見たら……リナさん、なんだか全身つやつやしている!?


 もともとリナさんはスラリとした体形をしていたけれど、今は全身どこもかしこもキュッと音が聞こえてきそうなほど引き締まり、以前より肌艶が一段階も二段階もアップしている。


「ちょーっと腕立てとかしてみただけなのに、気付いたらこんなのになっていたんだよね。しかもお客さんからやたらモテるようになっちゃってさぁ。最近、指名がグングン増えてウハウハなんだよね~」


 言って、リナさんはニカッと輝くような笑みを浮かべた。


 ……。

 …………。

 ……それって、まさか……。


 だらだらと汗を垂らしながら私がゆっくり顔を向けると、ドーラさんにフィンさん、それにテオさんやラルスさんたちの、プロテインの効果を知っている人たちが、私をじっと見つめていた。


 も、もしかしてあの筋肉……ぷろていんの効果だったりしますか……!?


 へらっ……と笑うと、みんなも何かを察したのか、にこっ……と笑い返してくれる。


 ――そう。リナさんたちはこの一か月、ほぼ毎日のようにやってきては、ぷろていんパンケーキを食べていたのだ。


 私はサァーッと青ざめた。


 あああ、もしかしなくてもそうだよね!?

 力って、純粋に力が強くなるのかと思っていたけど、力が上がるってことはつまり、体にも相応の変化が起こるってことだもんね……!?


「みっ、みなさんごめんなさい! それ、パンケーキのせいかもしれません!」


 私はすっ飛んで行ってぺこぺこと謝った。


 商売柄、リナさんたちは体型の維持がとても大事なはず。なのに勝手に変えるようなことをしてしまったら……!


 でも平謝りする私を見て、リナさんはきょとんとした顔になった。


「え? 何で謝るの? あたしこの体、めっちゃ気に入っているけど? さっきも言ったけど、このおかげでモテるようになったし」

「セシルもだよぉ~。なんかセシルってぇ、馬鹿にされやすいんだけどぉ、最近力こぶ見せるとぉ、みんな逃げていくの。うふ」


 そう言ったセシルさんの瞳が、一瞬キラッと鋭く光った。


 それは普段、ふんわりとろとろ、あま~い雰囲気のセシルさんには似つかわしくない光で、一瞬見間違えかと思って私は目をごしごしとこする。

 でももう一度見た頃には、セシルさんはいつものとろぉんとした表情に戻っていた。


 そこへ、ペトロネラさんもニコニコしながら続ける。


「きっとそれが、“ぷろていん”の効果なんでしょうね。確かに筋肉はつきましたけれど、体型が崩れるほどではありませんから大丈夫ですわ。むしろ肌艶がよくなって、若返ったねって言われるようになりましたし」

「そーいうこと! だからララが謝る必要、なーんもなしっ」


 その言葉に、私は心からホッとした。


 よ、よかった……!


「むしろぉ、メニューに書いちゃえばぁ? 食べると筋肉ムキムキになりまぁ~すって」


 語尾にハートをつけながら言うセシルさんの案に、少し離れたところで聞いていたドーラさんもうなずく。


「そうだねえ……。あんまり出したくなかったが、ここまで体型が変わるってなると、ひとこと注意書きを入れておいた方がいいかもしれないね」

「わかりました。じゃあ明日から、メニューにはそのことを書き加えますね」


 言いながら、私は文章を考えた。


『ぷろていんの蜂蜜パンケーキ ※ただし食べるとムキムキになる可能性があります』


 ……うん、これでいこう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る