第33話 でもちょっと見てみたいかも……!
『れべるあっぷ食堂』を再開して一か月。食堂は順調に営業を続けていた。
騎士団のみなさんはもちろんのこと、初日に来てくれた化粧師のミランくんに代書人さん、それに『花の都亭』の皆さんが繰り返し来てくれるようになったのだ。
店は満席とはいかないものの、途切れることなく常にお客さんが入るようになっていた。
その様子を見ながら、ドーラさんがぽつりとつぶやく。
「……これだったら、そろそろウェイトレスを雇ってもいいかもしれないねえ。ララもずっと全部やるのは大変だろう。ほら、その皿も貸してごらんよ」
なんて言いながら、出来上がった料理のお皿を運んでいこうとする。
「あっ大丈夫ですよドーラさん! すぐに私が運びます。ドーラさん、脚が悪いんですから座って――ってあれ……?」
言って、私ははたと気づいた。
料理皿を取ろうとしたドーラさんは、いつもの杖を持っていなかったのだ。
「ほっほっほ。ようやく気付いたのかね?」
私が目を丸くしていると、ドーラさんはいたずらっぽく笑う。
「ドーラさん、杖がなくても平気なんですか……!?」
一か月前、私が来たばかりの頃は、ドーラさんは確かに杖を突いて歩いていた。座るために私が手を貸すこともよくあったし、フィンさんや商人のヤーコプさんの手を借りているところも、確かに見た記憶がある。
なのに。
目の前のドーラさんはひょいと料理皿を取り上げると、スタスタと、しっかりした足取りでお客さんのところに歩いて行ったのだ。
「あ、あれえ……!?」
目を丸くして呆然と見つめる私に、ドーラさんがまたほっほっと笑う。
「調理に忙しすぎて、あたしが何度かこっそり皿を持って行ってるのに気づいていなかっただろう?」
「あっ、そういえば……運んだ記憶のない料理も運ばれています!」
言われて初めて気付く。
忙しすぎて、頭の中はどうやったら一秒でも早く料理を作れるか考えるのでいっぱいになっていたらしい。
「ごめんなさい! 全然気づいていませんでした……」
「いいんだよ。それだけ店が忙しいってことだからね。それに、脚に関してはあたしも不思議なんだよね」
言いながら、ドーラさんが自分の脚をぽんぽんと叩く。
「いつからかはわからないんだけどさ。……いや、ララちゃんが来てからか。色々世話をしてくれるようになって、あれだけ長年しびれがとれなかった脚が、徐々に動くようになってきたんだよ。この間もしやと思って杖を手放してみたら、まさかの杖なしで歩けちまって」
行ってドーラさんはからからと笑った。
「後遺症が治ったのでしょうか。よかったですねドーラさん! おめでとうございます!」
私がお祝いを言うと、ドーラさんがチッチッチッと指を振った。
「しかも、それだけじゃないんだよララちゃん。あんたのことだから気付いていないと思うけど……実は咳もとっくにでなくなっていたのさ」
言われて、またもや私は「あっ」と声を上げた。
「……本当ですね!? 来た頃は、まだ時々発作を起こしていたのに!」
「ほっほっほ。不思議なこともあるもんだねぇ」
嬉しそうに笑うドーラさんに、私はうんうんとうなずいた。
「やっぱり、体を冷やさないようにして、栄養のあるごはんをしっかり食べていたのがよかったのでしょうか。体を作るのは、食事だと言いますもん……ね……」
そこまで言って、うなずいていた私の頭がぴたりと止まる。
……あれ。そういえば、ここに来てからずっと、作ったごはんに『浄化(小)』ってついていたような……。
浄化の効果は、『毒や穢れを取り除く』だったはずだけれど、リディルさんが言っていた。『部屋の汚れも、広義では穢れと同じ』と。
なら、病魔は……?
その定義で言うなら、病魔も《浄化》の対象になったりするのかな……?
「あのう、リディルさん」
お客さんに聞こえないよう厨房の奥に引っ込みながら、私はひそひそと話す。
『何でしょう、ララ。お昼ごはんならわたくし、ホットサンドがいいです』
「あっ、ホットサンドですね! わかりました。……じゃなくて、ちょっと聞きたいんですが、病気って《浄化》で治せたりするんでしょうか?」
『できますよ』
さらっと、微塵もためらうことなくリディルさんが言った。
「や、やっぱりそうなんですね!?」
『はい。もともと病魔は穢れから発生しているもの。すなわち、病魔と穢れは同じものという解釈です』
なるほど……! 確かに汚い場所から病気は広がると聞いたことがあるし、全部『穢れ』というくくりで繋がっていてもおかしくない……気がする。
私が自分を納得させていると、『ちなみに』とリディルさんが続けた。
『《浄化》スキルは直接人に使うこともできますが……』
うん!? 思わぬ新情報にびっくりしてしまったけれど、そういえば確かに《浄化》スキルで掃除をしている時は、直接食堂内に発生させていた。
『ララの場合は、料理を作った方がより効果が強いようです。……恐らくこれも、《はらぺこ》スキルが影響を及ぼしているのでしょうね』
ふむふむ。でも私にとってはそっちの方が嬉しいな。だって火や水の魔法を使うと少し疲れを感じるのだけれど、ごはんを作る分には全然疲れないからだ。
「じゃあやっぱり、ドーラさんの後遺症は……」
『十中八九、ララの《浄化》の効果でしょうね』
や、やっぱり~~~!
私はおずおずとドーラさんの元に戻ると、そぉっと耳打ちした。
「あの……どうやら後遺症が消えたの、《浄化》スキルの効果だったようです……!」
その言葉にドーラさんの目が大きく見開かれる。
「おっ……たまげたねぇ……! ララちゃんのそれ、てっきり掃除用かと思っていたんだが……そんな効果もあるのかい!?」
「私も今初めて知りましたが、あるようです」
途端に、「あっはっは!」と大きな声でドーラさんが笑い出した。
店内のお客さんが驚いてドーラさんを見たが、それも気にしていないようだ。
「あーはっは! いやはや! もうララちゃんの
「私というか、はらぺこというか、リディルさんのおかげというか」
私はごはんを作る以外何もしていないので、あまり実感がない。
ドーラさんがまだ笑い続けていると、聞き慣れた声が聞こえた。
「よう、どうしたんだばあさん。そんなに笑って」
テオさんとフィンさん、それに今日はじゃんけんに勝てたらしいラルスさんが顔をのぞかせる。
……全然関係ないけど、テオさんはフィンさんと一緒に毎日来てるんだよね。テオさんって、本当にじゃんけんは負け知らずなんだな……。
「何でもないよ、こっちの話。それよりお前たち、今日は何を食うんだい?」
「それはもちろんアレよ。俺は『頑固ステーキ』に」
「私は『サラダ巻き』を」
「自分は『ミルクビスケット』っス!」
そこまで言ってから三人……もとい、騎士さんたちは声を揃えていった。
「「「あと『ぷろていんパンケーキ』!」」」
「わかりました! お作りしますね」
私が準備を始める前で、席についたテオさんが早速ラルスさんをいじり始める。
「おいおい~ビスケットにパンケーキにって、赤ちゃんフルコースだなぁ?」
「そういうテオさんも赤ちゃん食であるはずのパンケーキ、食べてるっスよね?」
「おう、もちろんよ! なぜなら……」
ラルスさんの冷ややかなツッコミにも動じず、なぜか立ち上がったテオさんはいそいそと服を脱ぎ始めた。
「おい……テオ!?」
「ちょ、やめてくださいテオさん! ここ食堂っスよ!?」
「おいおいおい、でっかいの! 坊主の言う通りここは食堂だよ! 公開露出ショーなら外でやんな!」
あわてて止めようとする周囲にも構わず、テオさんが勢いよく服を脱ぎ捨てていく。
そして――。
「どうよ、この筋肉!?」
テオさんが両腕をぐっと曲げると同時に現れたのは、パァンッという音が聞こえてきそうなほど張り、猛々しく膨らんだ力こぶだった。その肌は小麦色につやっつやと輝いている。
「なんかあのパンケーキ食べてたら、こんなんなっちまったぜ!」
テオさんが服を脱ぎ始めた当初、怪訝な顔をしていた男性客たちがブッ! と口からごはんを噴き出す。
「すげェな兄ちゃん!? 何だその筋肉!」
「おう。すごいだろう。最近なんか調子がいいと思ったら、すげえことになっていた」
言いながらテオさんが、今度は両手を下ろして腰に当てる。そして、「フンッ!」と胸を張った。
すると、はちきれんばかりに膨らんだ胸がブルンッと揺れて、周囲のお客さんからウォオオオという野太い声が上がる。
「すっげぇ!」
「なんてでかさだ!」
「うちの母ちゃんのよりでっかいぞ!」
な、何が……?
でもなんとなく聞かない方が良い気がして、私はそっと口をつぐんだ。
そして気のせいかな。ムキッ……ムキッ……っていう音が、テオさんの全身から聞こえてくる気がする。
その後も得意顔になったテオさんがポーズを変えるたびに、やんややんやと周囲から歓声が上がる。ラルスさんは完全に呆れた目で見ていて、フィンさんは額を押さえ天を仰いでいた。
「聖騎士団の品位が……」
「そりゃテオさんの筋肉はすごいっスけど、みんな持ち上げすぎっスよ……あとここ食堂」
「おうおうおう!? ノリの悪いこと言ってるのは誰だぁ! そんな奴は……俺が剥いてやる!」
叫ぶなり、目を光らせたテオさんがラルスさんに飛び掛かる。
その姿はまるで、獲物に襲い掛かるグリズリーのようだった。
「うわっ! ちょっ! 何するんスか! や、やめっ――!」
悲鳴を上げるラルスさんの服を、容赦なくテオさんが剥ぎ取っていく。――あ、今ビリビリって音がした……!
やがてみんなが見守る中現れたのは、意外にも小柄な体格からは想像できない、パツッと形よく張った筋肉だった。
ほどよく焼けた肌には若者らしいつややかなハリがあるのに、そこかしこの筋肉がしっかりと膨らんで存在を主張している。
……ラルスさん、思ってたよりずっとすごい……!? ちょっと触ってみたいかも……。
「おっ? こっちの兄ちゃんもいい体してんじゃねえか!」
「その紋章は聖騎士団か? さすが、やるねぇ!」
ひゅーひゅーと飛ばされるヤジに、ラルスさんが乙女のように顔を真っ赤にする。
「じ、自分、そういうのはいいっスから!」
怒ったように言って、急いで服を取り戻すと頭からかぶっている。
「なんだよつまんねーな~。こうなったら、団長さんの出番かぁ……?」
ぎらりと光る、テオさんの目。
ゆっくりと持ち上げられた手は、フィンさんに向けられていた。
「お、おい。やめろ」
フィンさんがぎくりとした顔になる。
……も、もしかして次は、フィンさんがはぎとられちゃうの……!? でもちょっと見てみたいかも……!
「やめろと言われてやめるやつがいますかぁああー!!!」
私がドキドキしながら見ていると、巨体なのに信じられないぐらい素早い動きでテオさんが襲い掛かった。観衆からも「いけぇ!」とか「やれぇ!」とか、声が聞こえる。
でも、そこはさすが騎士団長であるフィンさん。負けていなかった。
「スキル《剣聖》!」
そう叫んでスキルを発動させたかと思うと、フィンさんは目にも止まらぬ速さでシュッとテオさんの魔の手から逃れたのだ。
「あっ、クソッ。おい、スキルはずるいぞ! 捕まえらんないだろーが!」
「そもそも捕まえようとするな……。ララもドーラさんも困っているだろう」
「あたしゃもう諦めたよ。物さえ壊さなきゃ、好きにやりな」
死んだ目で言うのはドーラさんだ。
「おっ! ばあさん話が通じるじゃねーか! 久しぶりに行くかぁ!? 本気の鬼ごっこ!」
「勘弁してくれ……」
「でも、私もちょっと見てみたいかも……」
私が小声でぽそっと呟いた瞬間だった。
「ララ!?」
ぴくっ聞きつけたフィンさんが、驚いた顔でこっちを見たのだ。
「隙ありィ!!! ララ、ナイスサポート!」
「うわっ!?」
一瞬の隙を逃さなかったテオさんが、フィンさんを取り押さえる。
「やめっ……! でもララが見たいと言っていた……!」
フィンさんは一瞬抵抗しかけ、なぜかすぐに大人しくなった。
「よーしっ、うちの団長さんはどんなもんかなあ!?」
バッとテオさんがはぎとった服から現れたのは――。
「おおおっ!!!」
「なんか……すんげー色っぺぇな!?」
主張しすぎず、貧相過ぎず。細身の体についた筋肉は力強く盛り上がり、それでいて品を損なわない完璧なバランスを保っている。全体的に白い体は、まるで名匠の作った彫刻のように美しかった。
「昔から日焼けしない体質だから、恥ずかしいんだ……」
やや顔を赤らめて言ったフィンさんの顔は憂いを帯びて美しく、近くで見ていた男性客がゴクッ……と喉を鳴らした。
「……やばい。俺、新しい扉を開けちゃいそう」
「ちょ、ちょっと水で濡らしてみてもいいか兄ちゃん?」
「なんでだ。ダメに決まっているだろう」
その言葉に、私は思わず水に濡れたフィンさんを想像して――顔を真っ赤にした。
ななななっ! なんで私、上半身裸でずぶ濡れの、髪をかき上げてこちらを見るフィンさんなんか想像しちゃったの!?
あわててパタパタと手で顔を仰いでいると、そこへ盛り上がった謎の空気を吹き飛ばすかのごとく、元気で明るい声が響き渡った。
「やっほ~! パンケーキ食べにきたよ!」
「セシルはぁ、今日はぁお肉が食べたぁ~い」
「……あら、皆様お取込み中ですか?」
それは『花の都亭』の三人だった。
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