第32話 とっても体にいい粉、ですかね……!

「もぉあれ、セシル超怖かったし超迷惑だったよねぇ」

「貴族のご令嬢なのに、とんでもない言葉遣いでしたわねぇ……」


 いわく、セシルさんの魅惑ボディにドはまりした貴族の令息がいたんだけれど、のめり込みすぎてセシルさん以外のすべてをおろそかにしてしまったらしい。

 それは婚約者の男爵令嬢も例外ではなく、怒った彼女が『花の都亭』にやってきてしまったのだとか。


 そして男爵令嬢はなぜか婚約者の令息ではなく、セシルさんや他の娼婦さんたちを周囲の人たちが引いてしまうくらい、これでもかとひどい言葉で罵倒。


 最後には嫌がる婚約者を引き連れて帰って行ったという話を聞いて、私は目を白黒させた。


「世間知らずはこれだからだめなんだよ。あたしたちを責めたって男が戻ってくるわけじゃないのにね」

「むしろぉ~もっとドン引きっていうかぁ~」

「その点賢い奥様方は違いますわよね。娼館で遊ばせるだけ遊ばせておいて、手綱はガッチリという……」


 ……すごい。私が全然知らない世界の話を、私と全然年の変わらない女の子たちが話している。


 村には娼館がなかったし、こんなに洗練された雰囲気の女の子もいなかったから、私はじーっと興味深く彼女たちを見つめていた。


 ……可愛い女の子がいっぱい集まっていると、見ているだけで心が潤うんだね。知らなかったよ……!


「あっ。ごめんね! 話に夢中で注文するのを忘れてた。ねぇララ、このお店のおすすめは何? もちろん甘いやつで!」


 あっ。この話題なら私も得意だ!

 リナさんに聞かれて私はいきいきと答えた。


「バターミルクビスケットもおすすめですが、ちょうど今日登場したばかりの『ぷろていんの蜂蜜パンケーキ』もありますよ!」

「ぷろていんってなぁにぃ? なんか響きがかわいいから、セシルそれにするぅ」

「では私もそれにしようかしら」

「じゃ、あたしもそれー!」

「わかりました! では、みなさんパンケーキですね!」


 私は急いで厨房に戻ると、ふわふわのメレンゲを作るところから始めた。

 その間にセシルさんたちの声が聞こえる。彼女たちの声は高く、よく食堂内に響くのだ。


「みんなぁ~、食事の邪魔しちゃってごめんねぇ?」

「お詫びに、お店に来てくれたらサービスするからさっ」

「私たち『花の都亭』の二階にいるから、よろしくおねがいいたしますわ」


 言って、ペトロネラさんがちゅっとお色気たっぷりの投げキッスを飛ばす。その仕草に、フィンさん以外の男性が「おぉ……」と声をあげた。フィンさんはと言えば、あいかわらずパンケーキを崇めている。


 それにしてもすごいなあ。さすが売れっ子娼婦さんたちだ。

 周囲にも気が遣える上に、ちゃっかり宣伝して、一瞬でこの場にいる男の人たちを虜にしちゃった。


 私には三回くら生まれ変わっても真似できなさそうな技に感心しながら、せっせとパンケーキを焼く。


「――お待たせいたしました!」


 やがて蜂蜜たっぷりのパンケーキをテーブルに運ぶと、キャーと黄色い悲鳴が上がった。かと思うと、リナさんが一枚まるごと、ぱくっとかじりつく。


「う~~~ん! これだよこれ! あたしたちはこういうのを求めていたの!」

「お客様がくれるお菓子もおいしいんですけれどね。落ち着いて食べたいのはやっぱり、こういう懐かしくてほっとする味というのかしら」

「わかるぅ。あと、できたてホカホカがいちばぁん」


 言いながら幸せそうに食べる三人を見て、私は嬉しくなった。


 ふふふ。味が落ちないよう工夫したかいがあったなぁ。


 それからはたと思い出す。


 ……そういえば、フィンさんたち以外にはステータス上昇のことを話していないんだけど、これでいいんだよね?


 本当は最初、パワーアップパンケーキ! っていう名前でメニューに載せようと思っていたんだけれど、ぷろていんのことを説明したらドーラさんに止められたの。


 いわく、


『ララ。確かにパワーアップと書いたら売れ行きはよくなると思うが、今はお前さんの力をむやみに人に言わない方がいい』


 ということだった。

 不思議に思って聞き返したら、ドーラさんは丁寧に説明してくれた。


『先日、お前の《浄化》スキルを見たヤーコプが、お金を払ってでも来てほしいって言っていただろう? ヤーコプみたいにちゃんと扱ってくれる人ならいいんだが、世の中には悪い人間も多い。あたしゃ、ララの力が変な奴に狙われないか心配なんだよ。気にしすぎならいいんだけどねぇ……』


 確かに、ドーラさんの言うことは一理ある。

 ……っていっても変な人間に狙われたらリディルさんが一刀両断しちゃう気がするんだけど、だからって食堂で殺人事件は起こしたくない。


 だから私はドーラさんと相談した結果、ぷろていんの名前だけ使いつつ、ステータス上昇のことは黙っていることにしたのだ。


「あ~ほんとにおいし。でもこれ、何が入ってるの? なんか普通のパンケーキとはちょっとだけ違うよね?」

「えっ、ほんとぉ? セシル、全然気づかなかったぁ」

「リナちゃんって意外とそういうところ敏感ですわよね」


 ひとりだけ気付いたリナさんに、私はプロテインの入っている容器を掲げて見せた。


「実はこれ、小麦粉じゃなくて、名前の由来になっているぷろていんを使っているんです」


 厨房の見えないところには、ヤーコプさんに仕入れてもらったヘシトレストーンも山ほど積んである。


 便利だよね。使う時だけリディルさんを使ってプロテインを生成して、使わない時はヘシトレストーンとしてずーっと家に置いておけるんだもの。食材の痛みを気にしなくていいって、なんて素敵なんだろう!


「結局ぷろていんって、何なの?」


 聞かれて私はうーんと考えた。

 バフ付与やステータス上昇のことは聖騎士団以外の人たちに言わないってドーラさんと約束したから……。


「……とっても体にいい粉、ですかね……!」


 詳細はともかく、大体は合っているはずだ。


 でも私の返答に、リナさんがどっと笑い出した。


「何それ!? ヤバい薬じゃないよね!?」

「ララちゃん……そんな愛らしい外見してあなた……」

「こわぁ~い。人ってみかけによらなぁ~い」

「ちちちち、違うんです!」


 変な誤解をされそうになって、私はあわてて訂正した。


 確かに普通の食べ物とは違うんだけれど、決して危ないお薬とかではないはず!


「……ですよねリディルさん……!?」


 小さな声で囁くと、ちゃんと聞こえていたらしいリディルさんが答える。


『プロテインの正体は未だ不明ですが、わたくしは善なる剣の女神リディル。人の子に害をなすような物質は出さないと約束しましょう。……もちろん、食べ過ぎは別ですが』


 うんうん。どんなにいいものでも食べすぎはよくない。お水だって飲みすぎると毒になるものね!


「本当に大丈夫なんですよ!」


 必死になって弁明する私を見て、リナさんがくすくすと笑う。


「ララって本当におもしろいね。しかも、パンケーキも超おいしいし」

「セシル、もっともっと食べたくなってきちゃったなぁ」

「セシルさん、それはまた今度にしましょう? そろそろ準備の時間ですわ」


 そう言って、ペトロネラさんが食堂内の時計を見る。

 まだおやつの時間なんだけれど、彼女たちはこれからが本番らしい。


「そだね、今日はもう戻ろっか。ありがとララ。あたしたち、また来てもいい?」

「もちろんです。お待ちしてますね!」

「えぇえ~! セシルまだここにいたぁい!」

「駄目ですよセシルさん。今日もまたあの貴族令息様が来るんでしょう?」

「だからヤなんだよぉ。最近思いつめっぷりが激しくてぇ、ちょっと切りたいっていうかぁ」

「はいはい。ならオーナーに頼んで出禁にしちゃおーよ」


 言いながら、リナさんとペトロネラさんが嫌がるセシルさんの背中を押していく。

 私が外まで出て彼女たちを見送ると、急に食堂内が静かになった気がした。


「……すげーなありゃ。嵐みたいっつーかなんつーか」


 大きな体を丸めるようにしてぼそっと言ったのはテオさんだ。それをフィンさんが驚いた目で見ている。


「珍しいな、テオが圧倒されるなんて。いつも圧倒する側なのに」


 確かに、いつものテオさんならとっくに会話に割り込んできていてもおかしくない雰囲気だった。なのに今日は背中をまるめて、ずーっとパンケーキのカスをつついていた気がする。


「さすがの俺もなあ。得手不得手はあるからなあ。ああいうキラッキラした、すぐに折れそうな女子は意外と苦手なのよ。もっとこう、酸いも甘いも嚙み分けた、俺より年上で尻もどっしりした女だったら口説きに行くんだがなぁ」


 意外にもテオさんは年上が好きらしい。

 騎士さんたちのそういう話は初めて聞くから聞き耳を立てていると、テオさんがフィンさんをつついた。


「フィンはどういう子が……って聞こうかと思ったが、やっぱいいや。聞かなくてもわかる」

「どういう意味だ」


 聞き返すフィンさんを無視して、テオさんが私の方を向く。


「それよりお嬢ちゃん! お嬢ちゃんはどんな男が好きなんだ!?」

「へっ?」


 突然話を振られて私はぎょっとした。


 どんな男が好き……?


 その質問に、私は言葉をつまらせる。


 今まで毎日何を食べるかとか、どうやって食べ物を手に入れるかとか、そういうことを考えるのに必死で、好きな人のことなんて考えたこともない。


「えっと……」

「隠さなくていいぞー。お嬢ちゃんがどんな趣味をしてても、俺たちは受け止めるからな!」

「テオ、女性にそういうことを聞くのは失礼ではないか?」

「お? じゃあフィンだけ聞くのやめるか?」


 テオさんがどこか勝ち誇ったような、フッとした笑みをフィンさんに向ける。

 途端、フィンさんがゴホンゴホンと咳払いし始めた。……喉が痛いのだろうか。蜂蜜、もっと足しておけばよかったかな?


「い、いや。……私も聞く」

「だよなあ! そうだと思ったよフィン! お前がおもしろいのは、それで無自覚なところだよなあ!」

「無自覚? 何がだ?」

「いやなんでもねえ! お前は一生変わらずそのままでいてくれよ!」


 がははと笑いながら、テオさんがバンバンとフィンさんの背中を叩いた。


 その間も私は困っていた。

 何かを期待されているようだけど、残念ながら私は何も考えていないのだ。


「ええっと、好きな男性……は……」


 私はううう~~~んと、かつてないほど頭を悩ませた。それからやっとの思いでしぼりだす。


「ごはんを……残さず食べてくれる方……でしょうか!?」

「ぶははっ! そんなんでいいのか!? まあ嬢ちゃんらしいっちゃ嬢ちゃんらしいけどよ!」

「他に思いつかなくて……」


 こういう時、なんて答えるのが普通なんだろう。

 私が困り顔で立っていると、ゴホン、と咳をしたフィンさんが、スッ……と自分の空き皿を押し出す。


「……とてもおいしかった」

「あっ、お口にあったみたいでよかったです! 空き皿は下げちゃいますね!」


 私がニコニコしながら空き皿を持って行くと、なぜかテオさんが「だーっはっはっは!」と笑いながら転げまわっていた。何かがツボに入ったらしい。


「ちくしょう! この場にラルスがいないのが悔しすぎる! このおもしろさを共有したかったのによぉ」


 なんて叫んでいた。

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