第31話 これはお義母様の教えです
背丈も髪の色も違う三人の女性は、それぞれがとても人目を惹きつける姿顔立ちをしていた。
「セシル、すっごく楽しみぃ。甘いものって久々じゃなぁい?」
ふわっふわの金髪に、甘~い喋り方ととろんとした垂れ目。三人の中で一番背の低い少女は、同時に一番幼く見えた。でもドレスの胸元でゆれる胸は誰よりもでっかくて、女の私ですら思わず目が釘付けになるくらいだ。
「そうですわねぇ……『花の都亭』は男性向けのお料理ばかりですものね」
三人の中で一番年上に見えるのは、品のあるおっとりとした女性。二十歳を少しこえたぐらいだろうか?
流れるような長い黒髪はツヤッツヤで、つい触ってみたくなるほど。そして悩ましい谷間もさることながら、深いスリットが入った紫のドレスから覗くおみ足も美しくて、私は思わずほぅ……とため息をもらした。
「あ~楽しみ! 早く食べたい! みんな座ろーよっ!」
三人の中で一番背が高くて、肩の上で切りそろえた短い赤髪と浅黒い肌を持つのは先頭を歩く少女だ。歳は私と同じくらいかな? すらっと伸びた長い手足は惜しげもなく露出され、健康美の中にも色気がある。胸元から覗く胸も、結構大きい。
……って私、さっきから胸ばっかり見ているわけじゃないんだよ!?
この人たち、みんなすごく露出が高い服を着ているからつい目が行ってしまっただけで……!
必死に言い訳をしていると、隣で座っていたドーラさんが彼女たちに声をかけた。
「ほい、よく来たねお嬢ちゃんたち。好きな席に座んな」
私はそっと顔を寄せて聞く。
「ドーラさんのお知り合いですか?」
「いやしらん。……ありゃ多分、『花の都亭』んとこに来た売れっ子娼婦だね」
売れっ子娼婦!
その言葉に私はぽんっと手を打った。
だからみんな、綺麗な上にすんっごいグラマーなのか!
見惚れていたのは私だけではないようで、食堂の中に座っていたお客さんたち――みんな男性――も、気付けばざわざわと色めき立っている。
それは騎士さんたちも例外ではなく、珍しくテオさんも小声でひそひそと耳打ちしていた。
「すんげえなありゃ。どこの店のお姉さんたちだ?」
「さあ」
一方、返事をするフィンさんはクールだ。
あまり興味がないようで、それより目の前のパンケーキを掲げて「おお、これがステータス上昇……!」なんて言いながら食べている。
そこへ、赤毛の少女から声がかかる。
「あのー注文いいですかぁ?」
「あっ、はーい!」
いけないいけない、お客さんと一緒になって見惚れている場合じゃなかった。
私が走って行くと、差し出されたメニューを見ながら赤毛の少女がきゃいきゃいと話しかけてきた。
「あたしたち~『花の都亭』で娼婦やってるんですけど、ミランくんにここが超おいしいって聞いて」
「ミランくん……?」
「あ、ミランくん知りません? さてはあの子、根暗だからまた自分から名乗ってないな!? 眼鏡をかけた、ひょろひょろした黒髪の男の子で!」
言いながら、赤毛の少女は両手で丸を作って目にかける。その動作を見て、私はひとりの人物を思い出していた。
初日から毎日来てくれている、あの青年のことかな?
「もしかして、すごい量を食べる人ですか?」
「そうそう。ってここでもやっぱいっぱい食べてるんだ。超ウケる」
う、うけ……?
もしかして王都では最先端の言葉なのだろうか。村の人とも貴族のご令嬢たちとも違う言葉遣いに、私は目をぱちぱちさせた。
聞けば、ミランと呼ばれた彼は凄腕の化粧師で、娼館のお姉さんたちから引っ張りだこらしい。そんな彼から『れべるあっぷ食堂』の話を聞いて、仕事前にやってきてくれたのが彼女たちというわけだった。
「嬉しい。みなさん来てくださってありがとうございます! 頑張っておいしいものを作りますね!」
お礼を言うと、赤毛の少女が驚いたように私を見る。
「えっ? お姉さんが作ってるんですか?」
「はい!」
「セシル、てっきりお姉さんはウェイトレスかと思ってたぁ。歳もリナちゃんと同じくらいじゃなぁい?」
私が今年十六になったと言うと、ふわふわの金髪をしたセシルさんは「やっぱりリナちゃんと同い年だぁ~」と言って手を叩いて喜んだ。
……ということは十六歳で売れっ子娼婦!?
その事実にびっくりしていると、今度は黒髪のお姉さんが言う。
「へぇ、珍しいですわね。その若さで料理人をやらせてもらえるなんて。しかもこの食堂……他に料理人はいなさそうだけれど……」
「あんた、もしかしてこの食堂の子か何かなの?」
「いえ、私はただの雇われです。実家は男爵家なんですけれど――」
『男爵家』
その単語を出した瞬間、場がシンッ……と静かになった。
三人が急に黙ってしまったのだ。
それはまるで食堂内に北風が吹いてきたようで、続けて「家が貧乏で……」と言おうとしていた私は、ヒュッと息を呑んだ。
あ、あれ。私、もしかして言ってはいけないことを言ってしまった……!?
「……ふぅぅうん」
「あらぁ、あなた、貴族のご令嬢だったのね……」
「貴族令嬢、ねぇ……」
さっきまでの親し気な雰囲気はどこへやら。
私を見る三人の目には、冷たい光が浮かんでいる。どうやら、貴族令嬢が好きではないらしい。
――それなのに、なぜか私は懐かしくなっていた。
この手のひらをくるっと返される感じ、久しぶりだなあ。
というのもまだ実家で奉公先を探していた頃、よくこういう風に態度を急に変えられることが多かったの。
『使用人募集。貴族や信頼のおける家柄なら誰でも可』
という話を聞いて、なけなしのお金を握りしめて面接に行ったはいいものの、コーレイン男爵家の名を出した瞬間、あるいは《はらぺこ》のスキル名を告げた瞬間、まるで魔物でも見るかのような目で見られてきたのだ。
思い出して私はしみじみした。
懐かしいなあ……。当時は恥ずかしいし悲しいし、何より移動費を捻出してくれたお義母様に申し訳なくて、節約のために歩いて帰ったりしていたんだよね……。
それに比べて、今はなんて幸せなんだろう。
私は後ろに座っている人たちのことを考えた。
仕送りで実家も生活できるようになるはずだし、雇い主であるドーラさんはあったかくて優しいし、騎士団のみんなも強くてかっこよくて優しい。
住ませてもらっている食堂は綺麗だし、ふかふかのお布団だし、何より念願の料理人をやらせてもらっているんだもの!
私は彼女たちに向かって、ニコッと微笑んだ。
「こちらがメニューになります。決まりましたら、お声がけください!」
――今までの経験で、私はひとつ学んだことがある。
世の中、万人に好かれる必要はないのだ。
生きていれば、偏見の目で見てくる人はいる。きっと私の事を嫌いな人もいるだろう。でも、それを気にする必要はない。
大事なのは、私は私を好いてくれて、優しくしてくれる人たちを大切にすることなのだから。
『あなたを嫌う人のことなんて忘れちゃいなさい。時間を割くだけもったいないわ』
これは落ち込んでいた私に、お義母様がくれた言葉。
それ以来、この言葉を意識して生きるようにしたら、少し楽になったの。
……お義母様たち、元気にしているかなあ。おいしいもの、作ってあげたいなあ。
実家を思い出しながら、私が彼女たちに背中を向けたその時だった。
「……でもさぁ、貴族のご令嬢なのにここで働いてるのはなんでなの?」
振り向くと、赤毛の少女が頬杖を突きながら私のことをじっと見つめていた。
まさかもう一度話しかけられるとは思っていなかったからびっくりしたけれど、私は照れながら答える。
「家が貧乏だったので、仕送りするために王都までやってきたんです」
「へぇ、貧乏なんだ。……どれくらい?」
聞かれて私は考えた。
どれくらい話したらいいんだろう? 正直に、ありのまま言って大丈夫かな……?
「えっと……食べ物を買うお金がないこともよくあって……そういう時は余った食材を譲ってもらったり、山菜を探しに行ったり、森で罠を使ってキラーラビットを捕まえて食べたり――」
「キラーラビット!?」
赤毛の少女がガバッと体を起こした。金髪のセシルさんも、きゃらきゃらと笑い出す。
「わぁ~、セシルが思ってたより、三倍ぐらい斜め上の答えがでてきたぁ~!」
「キラーラビットって、あれ女の子が捕まえられるものなんですの……? 以前お客様に見せていただいたことがあるけれど、歯がノコギリみたいになっていましたわよね?」
「そもそもキラーラビットってどう捕まえるワケ!?」
「セシルも聞きたぁ~い!」
身を乗り出してきた彼女たちに、私は説明した。
「えっと……観察していてわかったんですが、キラーラビットは人間を見つけると、必ずまっすぐジャンプして襲い掛かってくるんです。なのでこちらに飛び掛かってきたラビットの口めがけて、ブスッ! と長槍を突き出せば、割と簡単に捕まえられますよ」
言いながら、私は槍を斜め上に突き出す動作をする。
途端に女の子たちだけじゃなくて、なぜか後ろにいた他のお客さんや騎士たちまでブーッと吹き出した。
「思ってたよりめちゃくちゃ直接的な方法なんですけど!?」
「待って。罠って道具じゃなくて、もしかしてあなた自身が罠ってことなの……?」
「すごぉい! 飛び掛かってくる魔物が怖くないのぉ!?」
「最初は怖かったですが、すぐ慣れましたよ。何よりキラーラビット、おいしい上に大きいのでたくさん食べられます!」
私がにっこりと言うと、彼女たちは一瞬ぽかんとした後――大きな声で笑い始めた。
「お姉さん、最っ高だね!? そんな可愛い見た目してキラーラビット一本刺しとか、おもしろすぎるでしょ!」
赤毛の少女はバンバンと机を叩いて笑い転げているし、金髪のセシルさんは思いっきり私を指さして「あはははは!」と笑っている。
「しかもラビットちゃん食べちゃうのぉ!? やば~いおもしろすぎぃ~!」
「ふふふっ。こんな豪快な子、初めて見ましたわ」
……なんだかよくわからないけれど、みなさんが楽しそうならいっか。
赤毛の少女はひとしきりゲラゲラと笑った後、笑いすぎで出てきた涙を拭いながら手を差し出した。
「ねえ、お姉さんの名前なんていうの? あたしたちご近所さんだし、これから仲良くしよーよ」
「ララローズです。ララって呼んでください!」
「わかった。よろしくララ! あたしはリナだよ」
私がリナさんと握手すると、綺麗なお姉さんとふわふわの金髪のセシルさんも手を差し出してくる。
「私はペトロネラ。どうぞよろしくおねがいしますわ」
「セシルはセシルだよぉ~よろしくぅ~」
「はい! 皆さんよろしくお願いします!」
それからリナさんが、申し訳なさそうな顔で言う。
「さっきは急に態度変えてごめんね。つい最近、男爵令嬢があたしらのとこに乗り込んできてさぁ。その仲間なんじゃないの!? って警戒しちゃったんだ」
そう言って、リナさんが数日前の事件を説明してくれた。
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