第30話 ぷろていんの蜂蜜パンケーキ

 ――数日後。

 大盛況とは行かないまでも、『れべるあっぷ食堂』は順調に営業を続けていた。

 聖騎士団のみんなや、それから意外にも他のお客さんが繰り返し来てくれるようになったのだ。特に初日にやってきた眼鏡の青年は、毎朝通ってくれていた。


「おぉ~い。今日も来たぜ~」


 お昼ごはんの時間になったところで、元気のいいテオさんの声が聞こえる。隣にはフィンさんや他の騎士さんもいる。


「あれ、ラルスさんは? ……あ、じゃんけんに負けたんですね」

「おう。負けた負けた。『テオさんだけ毎日なんなんスかその豪運! ずるいっスよ!』ってキャンキャン吠えてたぜ」


 私はラルスさんの口調を真似するテオさんを見て笑った。

 ここに来ることが騎士さんたちの負担になっていたらどうしようかと思っていたんだけれど、口ぶりからして本当にごはんを目当てに来てくれているみたいだ。よかった。


「今日もおいしいもの、作りますね! ……あ、そういえば新作を考えたんですけれど、一番喜びそうなラルスさんがいないですね……」

「ラルスが喜ぶということは、甘いものか?」


 フィンさんに聞かれて私はうなずいた。


「はい。新作は『ぷろていんの蜂蜜パンケーキ』っていうんです!」


 ――あれから数日かけて、私はプロテインの調理方法を模索していた。


 色々な料理に入れてみたり、混ぜてみたり、置き換えてみたり。


 作っては鑑定し、作っては鑑定しを繰り返してようやくたどり着いた結論が……。


 パンケーキに最適! だった。


 なぜならプロテインは少量入れるだけだとあまり効果がないみたいで、小麦粉代わりにがっつり置き換えて初めて《ステータス:力+2》が表示されたの。


 パンだとこねる時間や寝かせる時間を考えてもひとりで間に合う気がしないし、フラットブレッドは既に他のメニューで使っている。それに引き換え、さっと混ぜ合わせてさっと焼くだけで作れるのが、パンケーキだったのだ。


 私は他のお客さんには聞こえないよう、騎士さんたちに向かってひそひそと囁く。


「このパンケーキ……実は食べるだけで強くなれるみたいんです……!」

「へええ? 食べるだけで強く?」


 途端に、釣られたテオさんがずいっと身を乗り出す。不思議そうに首をかしげたのはフィンさんだ。


「強くなれる? 今までララが作っていたごはんも、食べるとバフが付与されて強くなっていたのではなかったか? 何が違うんだ?」

「それが、聞いてびっくりなんです! なんとリディルさんいわく、今回のはバフじゃなくって、すてーたす……っていう、永続バフがつくらしいんですよ!」

「ステータス!?」

「永続バフゥ!?!?!?」


 フィンさんとテオさんがクワッ! と目を見開いて叫んだ。

 そのあまりの勢いに私のみならず、少し離れたところにいるドーラさんまで一瞬ひるんだくらいだ。


「これ、他のお客さんもいるんだから大声を出すのはやめな! 特にごっつい方!」

「雑なくくりだな、ばあさん……」

「す、すまない。だがこれはすごいことだぞ! ステータスと言えば勇者にのみ許された特権! バフのように時間経過で切れることもなく、一度上昇すれば永遠に、自分の血肉として根付いていく、女神の祝福とも言われているあの憧れの!」


 ……フィンさんって、こんなに早口な人だったっけ……?

 早口すぎてちょっと聞き取れなかった私が怒涛の勢いに圧倒されていると、同じことを考えていたらしいテオさんがぽつりと言った。


「お前……その話になると本当に早口になるよな」

「何を言うテオ、これが興奮せずにいられるか!? 夢にまで出てきた憧れが目の前にあるのだぞ!? しかもその恩恵を自分の体で受けられるのかもしれないなんて……! ララ、私はその『ぷろていんの蜂蜜パンケーキ』で頼む!」

「は、はい! わかりました!」


 勢いに圧倒されながら私が厨房に走ると、あわててテオさんが言った。


「おい、待ってくれ。俺もそれで! その超強いパンケーキが食べたいぞ!」


 その声を聞いた他の騎士さんたちも、「私も!」「自分も!」という声を上げる。


「わかりました、みなさんパンケーキですね!」


 私は上機嫌で人数分の卵を取り出した。

 それからボウルの縁を使ってコンコンと卵にヒビを入れ、黄身と白身に分けていく。

 先に白身だけをボウルに入れると、私はスゥウッ……とリディルさんを構えた。


「ではリディルさん……。今日は“泡だて器”でお願いします!」

『任せてください、ララ』


 凛としたリディルさんの声とともに、パァッと包丁が白く光る。

 ――かと思った次の瞬間、私が握っているのは包丁ではなく、組み合わさった鉄線が、風船のような形を作っている調理器具だった。


「よし、これでメレンゲを作って――」

「ちょちょ、ちょっとまってくれララ! 今のは一体!? 君の包丁は!?」


 ガタガタッと音がして、厨房に身を乗り出してきたのはフィンさんだ。その後ろではすごい顔をしたテオさんも私の事を見ている。


「あ……実はこれ、最近覚えたんです!」


 『れべるあっぷ食堂』を開店してからというもの、私のレベルはすごい速度で上がっていた。やっぱりお店にいる間ずっとリディルさんを使っているから、そのおかげみたい。

 そうして気付いたら、いつの間にかレベル21にまで上がっていたの。スキルポイントもぐんぐん溜まっていたから、私は比較的少ないスキルポイントで覚えられる『武器変化:おたまレードル』と『武器変化:泡だて器ホイッパー』を習得していたのだ。


 これは武器――つまりリディルさんが、おたまや泡だて器に変化するということなんだけれど、なんとそれだけじゃない。

 おたまはすくえばすくうほど、泡だて器はかき混ぜれば混ぜるほど、経験値が溜まる仕様になっていたのだ!


 私が嬉々として説明すると、フィンさんがガクーッと崩れ落ちた。


「ああよかった……てっきり聖け……ゴホン。包丁が消えたのかと……」


そこへ席を立ったテオさんがぽんと肩を叩く。


「わかるぜその気持ち。がヒヤッとするよな」

「テオ……人前でその表現は使わない方がいいぞ……」

「あの、大丈夫ですか……?」

「すまない、最近ララを驚かせてばかりだな……。あとなんだか謝ってばかりだ……。私もそうしたくてしているわけではないのだが……」


 なんてぶつぶつ言いながら、フィンさんが席に戻っていく。私はその後ろ姿を見ながら心配になった。


 フィンさん……疲れてるのかな?

 ならとびきり甘くておいしいパンケーキを作って、元気を出してもらわないと……!


 私はふたたびボウルに向き合った。


 昔、ふわふわのメレンゲというものは卵があれば作れると行商人さんに聞いて、私もフォークで試してみたことがある。けれど何十分、いや何時間かき混ぜても一向に泡立たず、へとへとになってやめてしまった苦い記憶があった。


 でも、今は違う!

 リディルさんの泡だて器を使うと、シャカシャカシャカッとかき混ぜるだけで、夢にまで見た白いふわふわができてしまうのだ!


 私はピンッと元気よくツノが立ったメレンゲを満足そうに眺めてから、別のボウルに黄身と牛乳を入れて混ぜる。ここまで来たら、いよいよプロテインの出番だ。


 ドサーッと入れた後はダマにならないようぐるぐるぐるぐる混ぜ合わせ、生地がとろりとして黄色くなってきたところで、先ほど作っておいたメレンゲを入れてさっくりとかき混ぜる。


 パンケーキを思いついてからここ数日色々試してみたんだけれど、プロテインを使って普通にパンケーキを焼くと少しパサついてしまう。でもメレンゲを入れることで、普通のパンケーキのようなふわふわしっとりの食感になるのだ!


 準備が終わると、私はよく熱したフライパンにそっと生地を流し込んだ。

 ぷつぷつと泡が浮き出てきてからひっくり返し、じわじわと火を通していく。


 パンケーキを作るコツは焦らずじっくり、そして時間を見極めること。


 ……今だ!


 ここぞとばかりにフライパンからお皿に移せば、こんがりきつね色に焼けた特製パンケーキの出来上がりだ。


 それを三段に重ね、一番上に四角いバターをぽんと載せる。さらに上からとろとろたっぷりの蜂蜜をかければ――。


「おまたせいたしました! 『ぷろていんの蜂蜜パンケーキ』のできあがりです!」


 トントントンッ、とお皿を机に並べると、騎士さんたちから「おぉ~」という声が上がった。

 パンケーキの上をはちみつがとろとろとしたたり落ちていくのを見て、フィンさんが嬉しそうに言う。


「パンケーキは最近食べていなかったが、これは見ているだけでも楽しいな」

「ラルスのやつ、自分だけ食えなかったって知ったら悔しがるだろうな~。帰ったら自慢しまくるぞ」

「やめとけテオ。下手すると一生恨まれるぞ。以前ラルスの糖蜜ケーキを盗み食いして、一か月口を聞いてもらえなかったのを忘れたのか?」

「ゲッ……そうだった」


 ふたりの話を聞きながら、私はうんうんとうなずいた。


 わかるなあ。食べ物の恨みは深いよね。

 私もきょうだいたちとは仲がいいけれど、小さい頃に父からもらって大事に大事にとっておいた金平糖を盗み食いされた時は、さすがに大げんかになった記憶があるもの。


「あーあ。ラルスを怒らせるのが面白いんだが、今回は本気でやばいことになりかねん。大人しくするか……」

「それがいい。さ、それよりも食べよう。せっかくの作りたてなんだ」

「だな! 肉には敵わないけど、俺は甘いのも好きだぜ!」


 言って、テオさんはパンケーキの真ん中にフォークをぐっさりさしたかと思うと、そのまま一枚まるごと大きな口へと運んだ。


 ご、豪快!


「ん~~~やっぱ作りたてはほかほかでうめえな! ばあやがおやつに焼いてくれた味を思い出すぜ」


 その隣では、美しくお上品にパンケーキを切り分けたフィンさんももぐもぐと口を動かしている。


「染み込んだ蜂蜜が、噛むとじゅわっと染み出てくるのもいいな。甘さが疲れた体に染み込んでいくみたいだ」


 他の騎士さんたちも、おいしいおいしいと言いながら食べている。

 私は洗い物をしながら、それをニコニコと見ていた。


『……ララ、あの者たちを見ていたらわたくしも食べたくなってきました』


 不意に聞こえてきたリディルさんの声に、ふふっと笑う。


 試作段階でおいしいものも、おいしくないものも散々一緒に食べてきたはずなんだけれど、他の人が食べているのを見ると自分も食べたくなること、あるものね。


「わかりました。休憩の時にでも作りますね!」

『蜂蜜はたっぷりでお願いしますよ、ララ』

「もちろん!」


 とそこへ、突然キャイキャイとした若い女性たちの声が響いた。


「ミランくんが言ってた食堂ってここぉ?」

「そうみたいですわね。看板に『れべるあっぷ食堂』って書いてありましたもの」

「ふ~ん。食堂って言うからどんな男くさいところかと思ってたけど、結構綺麗じゃん?」


 見れば、入り口には妖艶なドレスを着た三人の女性が立っていた。

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