第29話 ついに、ぷろていん!
「初日にしてはよく頑張った方なんじゃないか。この調子なら店は続けていけると思うよ」
夜。『れべるあっぷ食堂』の営業を終え、片付けも終えた私とドーラさんは、今日の売り上げを前に座っていた。ドーラさんがお金を数えながら、せっせと帳簿? というものに書き込んでいる。
「今日の売り上げはこれくらいか……。じゃあララちゃん、これがお前さんの賃金だよ」
言いながら、机に乗せられた半分のお金をずいっと私の方に押し出してくる。
「だっ、だめですよドーラさん!」
私はあわてた。
「私、知っているんですよ! 食材にかかったお金とか、ドーラさん抜いてませんよね!? このお金をそのまま半分こしたら、ドーラさんの手元に全然お金が残らないじゃないですか!」
「おや、気付いてたのかい」
ぺろりと舌を出しながら、ドーラさんが茶目っ気たっぷりに言う。
「いいんだよ。経費はちゃんとここにある分でまかなえているし、あたしゃちょっぴりの儲けがあれば十分なんだ」
「でっでも……家だってただで住まわせてもらっているのに……!」
「でもはいいっこなしだ。それに、お嬢ちゃんがやっているのは食堂の料理人だけじゃないだろう?」
言われて私は眉を下げた。
確かに、ここに来てから私は自分とドーラさんの食事作りはもちろんのこと、家じゅうの掃除やドーラさんのお使い、湯あみの手伝いなど、日々色んなことをしている。
「この前夜中に発作を起こした時も、ずっと背中をさすってくれただろう? 料理人以外の部分でも、あたしはお嬢ちゃんに助けられているからね。これぐらいはとっておきなよ」
私がまだ納得いかなさそうな顔をしていると、ドーラさんがバチンと片目をつぶった。
「それに、何も温情でやっているわけじゃない。これは立派な“投資”なのさ」
「投資?」
「ああ、そうだとも」
聞き返すと、ドーラさんはふふんと笑った。
「ララちゃんが腕のいい料理人だということは、今日のお客さんの反応を見てよーくわかったよ。それに、聖騎士団たちの胃袋も心もガッチリつかんで、人脈もある。そんな有能な料理人に、うちみたいな店に長くいてもらうための投資なんだよ」
「ドーラさん……」
私はじんとした。
住むところも仕事も与えてもらって、助けられているのは間違いなく私の方なのに、こんな風に気遣ってくれるなんて……。
「ありがとうございます。私、これからもっともっとがんばります!」
「ほっほ。ほどほどにねお嬢ちゃん。あんたに倒れられたら――まああんたは何やっても倒れそうにないけど――、あたしが困っちまうからね」
「はい! じょうぶさが取り柄なので大丈夫です!」
それから私は、いただいたお賃金を大事に大事に袋にしまった。
先日フィンさんがボート侯爵からむしり取ってくれたお金もあるし、このお金をこつこつ貯めれば、すぐにでも仕送りができそうだ。
そろそろお義母様たちにも手紙を書かなくちゃ。久しぶりに嬉しい報告ができるから、きっとみんなも喜んでくれるはず!
「それじゃあたしは、一度部屋に戻るからね」
「はい! 何かあったら、鈴で呼んでくださいね」
食堂にひとり残った私は、よし、と腕まくりをした。
スキルポイントが溜まったと聞いてから、ずっと試してみたくてうずうずしていたの!
私は目をつぶるとスキルツリーを出現させ、リディルさんに向かって話しかけた。
「リディルさん! スキル《胡椒生成》と、それから《プロテイン生成》もいっちゃってください!」
『わかりました。そのふたつ、一気にいっちゃいましょう』
暗闇に浮かぶリディルさんの白い手が、ポン、ポン、と軽やかな動きでスキルの銀貨をタッチしていく。すぐさまパァァアッと両方の銀貨が光り――。
『おめでとうございます。《胡椒生成》と《プロテイン生成》を習得しましたよ』
リディルさんが満足げに微笑んだ。
よしっ! これで、胡椒とぷろていんが作れるはずだ!
胡椒は、料理やお肉の保存に欠かせないのに値が張るから、自家製胡椒を使えれば食材費が大幅節約できる! あとでドーラさんに教えなくっちゃ。
「ところで、今回は何を使って生成するんですか? また石を拾ってきますか?」
私が聞くと、リディルさんがしばらく考えてから答えた。
『……どうやら胡椒の方は、黒か白い土を使うようですね。プロテインは、石灰岩のようです』
土に岩! どこかにあったかなあ……。
うーんと考えて、私はある場所を思い出す。
そういえば、食堂の裏の小さな庭に、黒土と余っていたヘシトレストーンがあった気がする! 王都の象徴であるヘシトレストーンは、はちみつ色の石灰岩。条件にぴったりだ。
私はすぐさまドーラさんに許可をとると、布で包んだ黒土と、ヘシトレストーンを調理台の上に置いた。
……でも何度見ても、石や土をまな板の上に載せているのって慣れない。
『まずは胡椒ですね。土は、一度水で丸くまとめてから切ってください』
リディルさんの指示通り、私はまず水で丸くした黒土に包丁を入れた。
すると……ぼろぼろとくずれていった土が、黒いコロコロとした胡椒粒に代わったのだ。
「わああ、すごい……! 何度見てもすごい……!」
やっぱり奇跡の力!
感動していると、リディルさんが思い出したように付け足す。
『ちなみに産地の違う土を使うと、生成できる胡椒の種類も味も変わります』
「そうなんですか!? こ、細かい……」
私はそっと、『れべるあっぷ食堂の裏庭産胡椒』を手に取って匂いを嗅いでみた。
漂うのは、今使っている胡椒よりずっと芳醇な香り。それを胸いっぱいに吸い込むと、次に私は小さな胡椒粒をひとつ口に入れた。
噛んだ途端、ピリリと広がる辛みは刺激的で、それでいて爽やかで……うん。なんかすっごくお高そうな味がする……!
この何気ない黒土でもこの味なら、他の土はどんな胡椒になるんだろう!? 畑に使われている栄養たっぷりの土は!? あんまり見ないけれど、白い土は!? 食べてみたい!
私はわくわくした。
いつか絶対、畑の土を分けてもらおう! ヤーコプさんだったら伝手を持っているはず……!
『次にプロテインの方ですが……これは岩をそのまま切ればよさそうですね』
って、危ない危ない。胡椒に興奮している場合じゃなかった。
そう、謎の物体、ぷろていんがまだ残っている!
今度はヘシトレストーンをまな板に載せ、リディルさんを使ってサクッ……と切った。相変わらず岩が、パンを切るみたいに簡単に切れる。
瞬く間に、刃が触れた岩がサラサラとした白い粉に変わった。塩の時はまだ粒感があったけれど、これは本当に粉って感じだ。
それを少し指に取り、くんくんと匂いを嗅ぐ。
……匂いは、しない。
次に指に載せた粉をぺろりと舐めてみる。
……味も、しない……? 食べ物なんだよね……?
私は首をかしげながら、プロテインと呼ばれる粉を《鑑定》してみた。
『ヘシトレプロテイン:粉状。日持ち残り一年。《ステータス:力+2、上限1日1回まで》』
……うん?
すて、すてーたす?
バフとは違う単語に首をかしげていると、リディルさんが得意げな声で言う。
『ふふ、これはわたくしが説明しましょう。《バフ付与》で得た効果は時間経過とともに消えますが、ステータスで得た効果は永久的に持続します。つまり、永続バフです!』
「おおお!!!」
私は拍手した。
永続バフって、すごい! ……よね?
実はいまだによくバフの効果を理解できていないんだけれど、この間フィンさんがなんだかすごく感動していたから、きっとすごいことなんだと思う。
つまりこの粉を料理に使えば、みんなの力が上がるんだ! なら、何の料理に入れようかな?
私はプロテインを指にとって、じっと見つめた。
これはどれくらい入れればいいんだろう? どっさり入れた方がいいのかな? それとも少しでも効果はあるのかな?
そして見た目や味、香りはなんとなく小麦粉に似ている気がするな……。
私はそのままじーっと粉を見つめた。
……よし、決めた!
この食材に最適な料理を見つけて、新作として食堂に出そう!
私は腕まくりすると、ぷろていんに両手を伸ばした。
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