第28話 私、本当に料理人として働けているんだ……!
やがて一瞬でステーキを食べ終わったテオさんが、他のみんながまだ食べている中、席を立ちあがる。
「よしっ、食べ終わったし……いっちょやるか!」
「やるとは?」
「何をでしょう?」
「なんか……嫌な予感がするっス」
みんなが不思議そうな顔で見つめる中、テオさんは何も言わずのっしのっしと食堂の外に出ていったかと思うと――。
「おう! 早速、客を捕まえてきたぜ!」
言いながら、見知らぬ男性をひとり、肩に抱えて戻って来たのだ。
「えええ!? テオさん何やってるんっスか!?」
「テオ!?」
「テオさん!?」
仰天する私たちに向かって、テオさんはけろりとした顔で言う。
「ん? 何って、新規客だが? 近くに住む人たちにも、ララのメシのおいしさを知ってもらわないといけないだろ」
「テオ……それはそうだが、だからって力づくで捕まえてきてはいけない。仮にも我々は聖騎士団なんだから……!」
「別に力づくじゃねーよ? 店の前でうろうろしていたから運んであげたんだ。そうだよなっ?」
と言いながらかついでいた眼鏡の男性を降ろし、嬉しそうな顔でバンバンと肩を叩く。
一方、眼鏡をかけた細い男性は、テオさんに肩を叩かれるたびに、どんどん地面にめりこんでいくようだった。
見た目は二十歳ぐらいだろうか? 何度もくり返し着て裾が擦り切れた服に、斜めがけの大きな鞄。男性はボソボソとした声で喋った。
「あ、あの……はい、仕事の前に食事をとらねばと思っていたところで……あの、この方に運んでいただきました」
「この人、テオさんに無理矢理言わされてないっスか? あんたも嫌だったら逃げて大丈夫っスからね?」
「そうだ。テオは私たちがせき止める。君の安全は保証しよう」
「おいおいおいおい。俺を魔物か何かだと思っていないか?」
「違うんスか?」
そのやりとりに私は思わず噴き出した。
「ごめんなさい。笑っちゃいけないのについ……フフッ。あの、大丈夫ですよお客さん。食べたいならどうぞ席に、今日は違うならまた別の日にでも」
声をかけると、背中を丸くした男性はズレた眼鏡をなおしながら、何も言わず席に座った。
それを見たテオさんが自慢げに言う。
「ほら、やっぱり客じゃねーか」
「大丈夫っスかね。怯えてるだけなんじゃ……」
「とりあえず様子を見ようか」
私はメニューをとると、男性に差し出した。
「こちらが朝のメニューになります」
「……ではあの、『頑固ステーキ』と『フラットブレッドのサラダ巻き』と『バターミルクビスケットの蜂蜜がけ』で」
「うおっ!? 兄ちゃんそんな細身なのに、よく食べるねぇ!」
「こらテオ。ここは酒場じゃないんだから、絡むのはやめなさい……」
「そっスよ。いい迷惑っスよ。あんたも嫌なら言ってくださいね。すぐテオさんをつまみ出しまスんで」
「いえ……。にぎやかなのは慣れているので大丈夫です」
無表情のまま、青年がボソボソと言う。
この人、さらわれるようにしてやってきたけど、意外と肝は据わっているみたい……?
私は急いで注文の料理を作ると、青年の前に出した。
彼はみんなが見守る中、まず無言で『頑固ステーキ』をひとくち食べ――。
「っ……!?」
カッと、大きく目を見開いた。
……だ、大丈夫かな。何か苦手なソースだったのかな……!?
「おい。味はどうなんだ兄ちゃん。うまいだろ? うまいよな?」
そういうテオさんの声に、しかし青年は答えない。
代わりに、カツッカツッ! と音を立ててフォークとナイフを動かし、すごい速さで食べ始める。
ひゅんっ、もぐもぐ。ひゅんっ、もぐもぐ。
一瞬で口の中にステーキが吸い込まれたかと思うと、次に野菜を巻いたフラットブレッドもすさまじい速さで平らげられる。
……あれ、このパターン、この間見たばっかりなような……。
私がこっそり、シチューを食べる白い女神様の姿を思い浮かべていると、
『……ゴホン。ララ、わたくしはあんな風にはしたなく食べてはいませんよ』
と注意された。
「どうやら……気に入った……ようだな?」
「まあ、すごい勢いで食べてるっスからね。気に入ったんじゃないっスか?」
「うまくて言葉も出ないってやつか! わかるぞ~。うまい料理をもくもくと食べたい時も、あるよな!」
「え。テオさんにもそんな時あるんスか? てっきり黙ったら死ぬのかと思ってました」
「お前なあ……」
そんな話し声にも動じず、男性は最後のビスケットを一個まるごとごくんっと飲むようにして食べたかと思うと、席を立ちあがった。
「……あ、あの、おいしかったです。これ、お代……」
「あいよぉ。まいどあり!」
そして会計係のドーラさんにお金を支払った途端、さっさと食堂を出ていってしまう。
あまりにも早い一連の動きに、テオさんが目を丸くした。
「おわっ。あの兄ちゃん、食べるだけ食べて一瞬で消えちまったな……」
「仕事前だと言っていたからな。急いでいたんじゃないか」
「その割にはよく食べてたっスねー。自分ですら朝からあの量、いけるか怪しいっスよ」
「でも、いい食べっぷりでしたね」
私はにこにこしながら言った。
豪快な食べっぷりからは、何も言わずとも「おいしい」という気持ちが伝わってくる。褒めてもらうのももちろん大好きだけれど、口に出さずとも、行動で伝わる無言の言葉も好きだった。
かつて、リディルさんが無言でシチューを食べていた姿を思い出して、私はまた微笑んだ。
「ふふっ」
『ララ。その笑いは何ですか。わたくしはあなたと繋がっているからわかっていますよ。今、わたくしのことを笑っていたでしょう』
「思い出していたんです。リディルさん、かわいいなあって」
『かっ……かわいい……!? わたくしは高貴なる剣の女神であり、かわいいなどという言葉は……!』
「もしかして嫌でしたか? ごめんなさい……これからは言わないように気を付けますね……」
私がしゅんとすると、あわてたようにリディルさんの声が響く。
『いっ嫌ではありませんよ。少し驚いただけで……』
「そうなんですか? よかった――」
そこまで話して、私はハッとした。
また、騎士団のみんながすごい目で私を見ていたのだ。
「あああ、あの、違うんですよ。これはひとりごとじゃなくて……!」
「大丈夫だララ、みんなわかっている」
「リディルってぇ女神と……会話しているんだろ?」
フィンさんとテオさんの言葉に私はほっとした。
「はい! リディルさんとお話していました! リディルさん、とってもかわいいんですよ!」
「……じゃあやっぱララさんのその包丁、聖剣――じゃなかった、
「ああ、
「いやー信じられないな。本当に
「結局、
「しばらく様子見だ。誰もどうしたらいいのか、皆目見当がつかなかったからな……」
……また、ボソボソ話している……! 様子見って、何をだろう……。
さっき一瞬聞こうとしたんだけれど、ドーラさんにキリッとした顔で『知らない方が幸せなこともあるんだよ!』と言われたから、多分、聞かない方がいいんだよね……?
気になりながらも、私は知らないふりをした。私だって、空気を読める大人になりたいんだ……!
そこへ、見知らぬ三十代くらいの男性が食堂に入って来る。
「こんにちは~。店、もう開いてます?」
小ぎれいな帽子をかぶった男性はしわのない綺麗な服に、ぴかぴかの靴を履いている。……お役人さんとかかな?
「おや、これは久しいね。代書人じゃないか。奥さんの愛妻弁当はどうしたんだい?」
代書人とは、公的な文章を代わりに書いてくれる人のことだ。かなり実入りがいいと聞いたことがあって、実は私も前に調べたことがあったの。
「何を言っているんですか。今日は“れべるあっぷ食堂”の再始動日でしょう? これでも祝いに駆け付けたつもりなんですよ」
言いながら、ニコニコした顔で席に座る。どうやら、ドーラさんの古い馴染みらしい。
彼はフィンさんが食べた『フラットブレッドのサラダ巻き』を注文すると、ドーラさんと昔話に花を咲かせつつひと口食べた。
すぐさま、ちょび髭をつけた細長い顔がぱっと輝く。
「……おや、これはおいしいですね!」
「そうだろうそうだろう、あたしもメニューに載ってるものは大体全部味見したが、このお嬢ちゃん、なかなかの腕前をしているんだよ」
紹介されて私は微笑んでみせた。
そんな私を、代書人さんが興味深そうに見つめる。
「へぇえ……失礼ながら、フィリッツさんの味覚の良さ……と言うんですかね。濃すぎず薄すぎず、ちょうどよくおいしい味付けをしてくれる店はなかなかないもんだから、今回も付き合いできただけで、そんなに期待していたわけじゃなかったんですけど」
「あんた……あいかわらずずいぶんはっきり言うねえ。ま、それがあんたのいいところだけど」
「だけど、サラダ巻きを食べてみて驚きましたよ。中に入っているビネグレットソースの、ちょうどいいすっぱさとさわやかさといったら! これがなんともま~野菜のシャキシャキ感を引き立ているんですよ!」
興奮気味に語る代書人さんにドーラさんが笑い、私は照れた。
「あいかわらずあんたはよく覚えているねえ、そんな細かい所までまぁ。あたしですら味を忘れちまっているのに」
「実はドーラさんが、フィリッツさんの残したレシピを見せてくれたんです。そのおかげで再現できて……」
「いやいや、謙遜しなくていいですよお嬢さん。普通、レシピがあったところで味の完全な再現というのは難しいんだ。そこはやっぱり、あなたの絶妙な味覚によるものだと思いますよ!」
大声で言われて、私はますます照れた。
おや? という顔でドーラさんが目を丸くする。
「ずいぶんとべた褒めじゃないか。ダメだよ、ララちゃんがかわいいからって変な気を起こしたら。あそこにいる騎士たちにばっさり斬られるぞ」
「ちっちがいますよ! そんな奥さんにバレたら殺されるようなこと――じゃなかった、お尻の毛までむしられるようなこと、できませんって……!」
どうやら、代書人さんはなかなか強い人を奥さんにしているようだ。
ひとしきり「違うんです」と言った後、彼は帽子を手に席を立ちあがった。
「いやぁ、今日はいいもの食べさせてもらいました。心なしか体まで軽い。一日仕事がはかどりそうだ。ドーラさん、ララさん、またちょくちょく『れべるあっぷ食堂』に来させてもらいますよ! 怪しまれないよう、奥さんも連れてきますからね!」
そう言って散々私の料理を褒めた後、上機嫌で店を去って行く。
代書人さんが立ち去った後は、店の扉が開いているのに気付いた通行人がちらほらと店に入ってきて、ほどよい忙しさが続いた。
「よかったな、ララ。初日にしてはまずまずの盛況じゃないか?」
穏やかに微笑むフィンさんに、私も微笑み返す。
「はい! これもみなさんが協力してくれたおかげです、ありがとうございます!」
「他のお客さんの邪魔になってもいけない。私たちはそろそろ撤収するよ」
「っつっても明日もまた来るけどな。じゃんけんに勝ったやつが」
「お待ちしています!」
ぞろぞろと席を立つフィンさんたちを見送って、私はまた厨房に戻った。
食堂内を見渡すと、数は決して多いわけではないものの、まだまだお客さんが残っている。
ああ……私、本当に料理人として働けているんだ……!
その光景にジーンとしていると、隣では同じように目を潤ませたドーラさんが食堂内を見つめていた。
「ドーラさん?」
「ああ、いや……すまないね。こうしてまた、『れべるあっぷ食堂』にお客さんが座っているのを見ると……年甲斐もなく、胸が熱くなっちまってね……」
ドーラさんもきっと、大事な大事な『れべるあっぷ食堂』にお客さんがいるのが嬉しいのだろう。その感動が私にまで伝わってきて、私は微笑んだ。
何もかもが以前のままとはいかないけれど、私は私にできることをやろう。
そう決意しながら、野菜をサクッ……と切った時だった。
『ぱぱぱぱーん』
というリディルさんの平坦な声が響く。
『おめでとうございます、ララ。レベルアップして、スキルポイントが9溜まりましたよ』
「えっ! いつの間に!?」
そういえば今日は、開店してから何度かこの音を聞いていたような……。やっぱり一日中料理するってなると、たくさん経験値もたまるみたいだ。
「でも、スキルポイント9ってことは……」
私は目を輝かせた。
つまり、スキルポイント3の《胡椒生成》の後に、スキルポイント6の《プロテイン生成》が取れるんだ!
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