第27話 れべるあっぷ食堂、開店です!

「よし! いよいよ、今日が開店日ですね!」


 朝。私とドーラさんは顔を見合わせながら、緊張した面持ちでうなずいた。


 厨房には商人のヤーコプさんから仕入れた食材がどっさりと積み上がり、オーブンや大鍋には朝から仕込んでおいた食材や料理が出番を待っている。

 浄化スキルで掃除した食堂内もピカピカだし、あとはここにお客さんを迎えるだけ!


 私はぎゅっと手を握った。

 実家で料理を作ったり、騎士団で料理を作ったりはしたけれど、最初から「お金をもらう」という前提で料理を作るのは初めてだ。お金をもらうことで急に責任が重くのしかかってきた気がして、私はドキドキした。


「ははっ。そんなに緊張しなくても大丈夫だよララ。毒でも入れない限り、多少やらかしちまってもなんとかなるさ。死ぬわけじゃあない」


 ぽんぽんと私の背中を叩きながら、ドーラさんが励ましてくれる。


「そ、そうですよね! ……それで思い出したんですが、念のため《鑑定》で、毒になっていないか確認しなきゃ……!」

「おや、驚いたねえ。あんた、そんなことまでできるのかい」


 この数日でドーラさんにはリディルさんのことを色々と話したから、最近は何を言ってもすんなり受け入れてくれるようになった。


 フィンさんにもこの間ようやく話せたし、テオさんたちにもフィンさんから伝えておいてくれると言っていた。これでみんな、私がひとりごとを話しているわけじゃないってわかってくれるはずだ!


「おっと。話しているうちにそろそろ時間だね。それじゃ、店を開こうかね! “れべるあっぷ食堂”の再始動だよ!」

「はい!」


 私はドーラさんが用意してくれた、「営業中」と書かれた看板を掲げると、外に向かって歩き出した。これを店の前に置いて、営業中であることを知らせるのだ。


 カランカラン、と鈴をくくりつけたドアを開けたところで、ちょうど向こうからやってくる見慣れた顔ぶれが見えた。――フィンさんたち、聖騎士団の面々だ。


「おう! ちょうどいいタイミングだな嬢ちゃん!」


 遠くからでも聞こえるのは、まちがいなくテオさんの声。


「みなさんおはようございます! 今日から“れべるあっぷ食堂”の再始動です!」


 テオさんに負けじと声を張り上げる。そうすると、本当に今日から開店するんだ! という実感がじわじわ込み上がってきて、私も気合が入る気がした。


「おはようララ。あまり大勢で押しかけてもよくないと思って全員は連れてこなかったが、明日からも皆が来つづけるつもりだ」


 爽やかな笑みを浮かべるフィンさんの横で、ラルスさんがふぃーっと息をもらしながら言う。


「どうなるかと思ったっスけど、自分、なんとかじゃんけんに勝てたっスよ」

「フィンだけずるいよなぁ、団長特権とか言って、自分はじゃんけん免除なんだから」

「だ、団長なんだから仕方ないだろう」


 どうやら、今日はじゃんけんで来る人を決めたらしい。

 ごほん、と咳払いするフィンさんに、テオさんラルスさんがじとーっとした目を向ける。

 私はにこにこしながら、食堂の戸を開けた状態で固定した。


「皆さん、本当にありがとうございます! 今日来てくれただけでも嬉しいのに明日もだなんて……さあ、どうぞ中へ!」


 私の案内されるまま、騎士さんたちがぞろぞろと食堂内に入る。

 ぴかぴかになった店内を見て、真っ先にテオさんが声を上げた。


「おおっ! これがばーさまとララの城か! 結構いいところじゃねえか」

「これっ! ばあさまなんて呼ぶな! あたしにはドーラって名前があるんだよ!」

「いてっ!」


 ドーラさんの杖でコツン、と頭を叩かれたテオさんを見て、フィンさんが笑う。 その横ではラルスさんも、検分するように食堂をきょろきょろと見回している。


「綺麗なところっスね! カーテンで仕切っているのは人数制限っスか。フィンさんの言う通り全員でこなくてよかったっスね。この規模だと騎士団だけで埋め尽くしちゃうところだったっス」

「さぁさお前たち、話すのもいいが、ここは食堂なんだ。何か食べていっておくれよ。うちのララがおいしいものを作るからね!」

「おお、そうだそうだ。おっこれがメニューか?」


 パンパンと手を叩くドーラさんにうながされて、テオさんたちがガヤガヤと席につく。私が厨房から板に書かれた小さなメニューを持ってくると、みんなが一斉に覗き込んだ。


「やっぱ男は朝から肉だよな。俺はこの『頑固ステーキ』で!」

「なら、私は『フラットブレッドのサラダ巻き』をいただこうかな」

「自分……『バターミルクビスケットの蜂蜜がけ』にするっス」


 ラルスさんの注文に、テオさんがくわっと目を剥く。


「ミルクビスケットぉ!? お前は赤ちゃんか!」

「はん。自分が赤ちゃんなら、テオさんは野獣スね」

「がっはっは! いいじゃねえか野獣! 赤ちゃんなんかひとのみでちゅよ~」

「こら、お前たち。いきなり騒がしくするな」


 やれやれという顔で仲裁するフィンさんの顔を見ながら、私は他の騎士さんの注文も手持ちの黒板にメモして厨房に戻った。

 材料を混ぜたり、見張ったりといった座ってできる仕事ならドーラさんもできるため、簡単なものはお願いしている。


 よし、れべるあっぷ食堂最初のごはん、作り始めるぞ!


 トントントントントントン、という音に、ジュージューと焼く音が響く中、すぐに私は厨房で忙しく動き回り始めた。


 ふぅ……! やっぱり並行して違う料理をいくつも作るとなると大変だな。頭の中で順序だてて、効率よく動かなくっちゃ……!


 そんな中、ふと気づくと、騎士団の人たちが背を伸ばしてじぃっと私のことを見ていた。……ううん、私じゃなくて、包丁を見ているのかな?


「あっ、もしかしてフィンさんからリディルさんのことを聞きましたか?」


 にこにこしながら、私はスッとリディルさんを構えた。

 途端に、「おお、これが!」とどよめきが上がる。


 ふふ、リディルさんは綺麗な上にすごい包丁だから、みなさんが驚くのも無理はない。


「おっ、おう……! これが聖剣……じゃなくて、ララちゃんの包丁なんだな!」

「いやぁ、なんかその、まさかのそれが聖剣……じゃなくて、綺麗な包丁っすね!」


 珍しくラルスさんもテオさんも歯切れが悪い。

 さらに、ぼそぼそとこんな会話も途切れ途切れに聞こえてくる。


「おい……! ラルスお前、いつも嬢ちゃんのそばで料理していたじゃないか……なんで気付かなかったんだよ……!」

「そ、それは……その、あんまりちゃんと聖剣の勉強しなかったっスから……ていうかテオさんだって人のこと言えないっスよね……!?」

「お、俺はいいんだよ俺は。……だって肉体派だから……」

「そんなの……言い訳になってないっスよ……」

「そうだぞ二人とも……。聖騎士団に所属しているのに……聖剣の形を覚えていないなんて……いや私も気付くのが遅くなったが……」


 ボソボソ、ボソボソ。

 聞こえてくる会話が気になって私は顔を上げた。


「あ、あのう……もしかして私が何かご迷惑を……!?」

「いや! ララは気にしないでくれ!」

「何でもない! 何でもないんだ嬢ちゃん!」

「そうっス! 大丈夫っス!」


 戸惑ってドーラさんの方を見ると、いつの間にかドンッ! と腕を組んだドーラさんが力強く言った。


「ララ、世の中には知らない方が幸せなこともあるんだよ!」


 えっ。それってどういう……。


「それよりも、料理から目を放してもいいのかい!?」


 言われて私はシャキッと背筋を伸ばした。そうだった、今は目の前の料理に集中しなきゃ!


 私はてきぱき準備すると、多少順番が前後しながらも、なんとか全部の料理をテーブルに並べることができた。安堵で、ほっと溜息が漏れる。


 今日みなさんにお出ししたのは、薄く焼いた生地で野菜を包んだ『フラットブレッドのサラダ巻き』に、特製ソースをかけた『頑固ステーキ』。それからサイコロのようにましかくで、コロコロした形の『バターミルクビスケットの蜂蜜がけ』だ。


 目の前では早速、フィンさんたちが食べ始めている。


「なるほど。フラットブレッドで野菜を撒くと、手が汚れなくて食べやすい。書類仕事をしながらでも食べられそうだな……」

「んん、うめぇな! 結構いい肉使ってるじゃねーか!」

「サクサクの生地に、しみ込んだ蜂蜜がたまらないっスね~」


 ……よかった! 他の騎士さんたちも、みんなおいしそうに食べてくれている。


 ちゃんとおいしい料理を出せたことにほっとしていると、不意にむっすりとしたリディルさんの声が聞こえた。


『……ララ、わたくしもあれを食べたいのですが』


 あっ、しまった! 料理を作るときは、味見以外ではちゃんと食べていないから……! さ、さすがにお客さんのごはんを食べるわけにもいかないし……。


「ごめんなさいリディルさん、お昼休憩になったら私も食べるので……!」

『お昼? ではお昼になったら、あれらの料理が全部食べられるのですか?』

「ぜ、全部ではない、かも……。一種類だけじゃだめですか……!?」

『……』

「リディルさん……?」

『…………』

「あ、あの~、リディルさ~ん……!」

『………………』


 無言が怖い。


 それからたっっっっっっぷりの間を開けてから、ハァア……という特大のため息をついたリディルさんが言った。


『……しょうがないですね。なら一種類で我慢してあげましょう。ではわたくし、あれがいいです。バターミルクビスケット』

「わかりました! ビスケットですね!」


 一種類しか食べられない代わりに、蜂蜜はたっぷりかけてあげよう……! そう思いながら、私は厨房に戻った。

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