第26話 せめてもうちょっとかわいい音がよかったです……
「あそこが鍛冶屋で、隣接しているのが武器屋と防具屋。それからこっちの通りにあるのが、粉挽屋とパン屋だ」
大通りでフィンさんの説明を聞きながら、私はふんふんとうなずいた。
そばではすれちがう女性たちが、ポッと頬を染めてフィンさんを見ている。
……その気持ち、わかるなぁ。
だって、今は私に合わせて軽装に着替えているけれど、それでもフィンさんから漏れ出るオーラはすごいのだ。《剣聖》のスキルを持っていると言ってたから、本当にスキルのオーラが漏れちゃっているのかもしれない……。
――私は今、『れべるあっぷ食堂』開店準備の間を縫って、フィンさんとともに王都ヘシトレに繰り出していた。
「これから都で生活をするなら、色々知っておいたほうがいい。案内しよう」
と提案してくれたので、ありがたく甘えさせてもらったのだ。
実際ドーラさんは脚が悪いし歩き回らせるのも申し訳ないと思っていたから、ここは私がしっかり覚えなくっちゃね!
私はフィンさんが指し示してくれた店をじっと見つめた。
えっと……開け放たれた扉からカーンカーンという金槌の音が聞こえるのが鍛冶屋さんだよね? 武器屋さんと防具屋さんは用がないと思うんだけど、鍛冶屋さんの場所は一応チェックしておかなくっちゃ。万が一リディルさんに何かあった時に駆け込めるのは、きっと鍛冶屋さんだもの。
それから反対側の通りにある粉挽屋さんとパン屋さんを見る。
ふたつの店はどちらも最近、商人のヤーコプさんに仲介してもらって契約を交わしたばかり。この粉挽屋さんから小麦粉を仕入れ、パン屋さんには毎日パンを配達してもらうことになっている。
私が両方のお店に行って軽く挨拶を済ませると、今度はフィンさんが少し離れたところにある細い路地を指しながら言った。
「この辺りだったらひとりで歩いても問題ないが、あの先から向こうには行かない方がいい。こことはがらりと雰囲気が変わる。もしどうしても用事がある時は、必ず私を呼ぶように」
「フィンさんを……ですか……?」
私はまじまじとフィンさんを見た。
運よく知り合えてとても親切にしてもらっているけれど、フィンさんは聖騎士団の団長さんなのだ。こうして案内してもらっているだけでもすごくありがたいのに、そんなに甘えてしまっていいのだろうか。というかすっごく忙しいんじゃ……。
「あの、フィンさんは団長さんなのですから、私がそんなに軽々しく呼んだらご迷惑になるのでは……」
そう聞いた途端、なぜかフィンさんがすごく嬉しそうな顔でニコッと笑った。
輝く笑顔はペカーッと音が聞こえそうなほどまばゆく、私は思わずうっと顔を覆いそうになる。通りにいる女の子たちからも、キャーッと黄色い悲鳴が上がっていた。
「それが、実は仕事としてこの辺りに通うことになったんだ。なんなら近くで、家でも借りようかと考えている」
えっ!? 家まで借りるんですか!?
どんなお仕事かはわからないけれど、思ったよりも本格的に腰を据えるつもりなんだな……。
「だからララは遠慮なく私を呼んでほしい。騎士としての務めだけではなく、友人として君の力になりたいと思っている」
「フィンさん……! ありがとうございます!」
友人だなんて嬉しい! 村の人たち以外で友達って初めてだ!
本当にフィンさんにはずっと助けてもらってばかりだから、私もごはんで恩返ししていけたらいいなぁ。
るんるんとした気持ちで歩いていると、ふいにお肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐった。反射的にくんくん、と匂いを嗅ぎ、少し歩いた先に串焼きの屋台が出ているのを見つける。
わぁっ! 串焼き屋だ!!!
私は出かけた悲鳴を飲み込み、代わりに目をらんらんと輝かせた。
実家のある村では、屋台といえばお祭りの時だけ出てくる催しものだった。でもお祭り価格で料理はどれも高くって、貧乏な我が家には到底買える代物じゃなかったの。
お父さんがまだ健在だった頃に一度だけ串焼きを買ってもらったんだけど、スパイスがたっぷりのラム肉、すごくおいしかったなあ……!
せめて匂いだけでもめいっぱい吸っておこう……。
と思って私が密かにくんくんしていたら、隣でふはっ、と笑う声が聞こえた。
見ると、フィンさんが口を押えてくつくつ笑っている。
「……も、もしかして、バレてました……?」
「いや、すまない。気付かないふりをしようと思っていたんだが、その……突然あまりにもすばやい動きで屋台の方を向いていたから……」
私はかあぁぁっと顔が赤くなった。
は、はずかしい……! 私、そんな風になっていたなんて……。
「すみません、はしたないですよね……!」
「大丈夫だよ。ある意味君らしい。それよりもせっかくだから、屋台で何か食べていこうか。見てごらん。昼どきだから色々な屋台が出ている」
言われて私は気づいた。
通りには串焼き屋だけではなく、ホットワイン屋や出張パン屋といった様々な屋台が並んでいる。あの広いお鍋に載っている黄色いお米は……もしかして前に教えてもらった、
「すごい。今日はお祭りか何かなんですか? こんなにたくさん!」
「毎日ここに来るわけじゃないが、どの通りもごはんどきは大体こんな感じだ。店を持たず、屋台だけを出すお店も多い」
フィンさんいわく、最初は屋台を初めて、お金が貯まってから念願の店を構える人たちも多いのだという。ドーラさんももしかしたら、そういう風に食堂を始めていたのかもしれない。
「そう考えると、未経験だったのに最初からお店に立たせてもらえる私は幸せものですね……。ドーラさんがいなかったら、きっとあのままウェイトレスをやっていたと思いますし」
聞けば、ドーラさんも最初は伝手をたどって料理人を探していたらしい。
けれど『花の都亭』が開店したことでこの辺りの料理人は全部雇われてしまった上に、フィリッツさんがいた頃の『れべるあっぷ食堂』の評判を落とすのが怖い、という理由で全然見つからなかったそうだ。
そこに折よく現れたのが私で、聖騎士団の紹介なら! と藁にも縋る気持ちで声をかけてくれたのだとか。
「それは……実はお互い様だと思うな」
「え?」
「ドーラさんもまさか、
「何より?」
だがそこで、私のお腹が盛大にぐごぉぉおおお! と鳴った。
それはもう、ジャイアントトードの鳴き声かと聞き間違えるくらい、盛大に。
「……」
「……」
私の顔がふたたび真っ赤になる。
……せ、せめてもうちょっとこう、「きゅるる」みたいな、可愛い音だったらよかったのに……。
隣で笑わないよう必死にこらえながら、でもちょっと笑いが漏れているフィンさんが言った。
「ふ、ふふっ……。話はあとにして、そろそろごはんを食べに行こうか。私がおごるから、屋台の食べ歩きでもしよう」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
よかった! 実は本当にお腹がぺこぺこだったの!
私は遠慮することも忘れて、ダッと屋台に駆け出した。
後ろから、ニコニコした顔のフィンさんがついてくる。
「ああ、なんでも好きなものを好きなだけ食べてくれ。君がよく食べるのはもう知っているから、遠慮しなくてもいい」
み、見透かされている……。
それはそれで嬉しいような、恥ずかしいような……。
複雑な気持ちになりつつも、私は串焼き屋のおじさんからそっと串焼きを受け取った。
スパイスがたっぷりかかった肉厚のラム肉は香ばしくてあつあつで、昔お祭りで買ってもらった串焼きと同じくらい、とってもおいしい味がした。
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