第24話 それは、聖剣だよな!?(フィンセント視点)

 何度見ても間違いない、ララが持っているのは私が探し求めていた聖剣だ。

 記録には今の聖剣の絵も描かれていたのだが、その姿はなんとなく……というか包丁にしか見えない形をしていて、それがひどく印象に残っていたのだ。


「あっ、実は皆さんにずっと話しそびれていたのですが……」


 言いながら、ちょっと照れた顔のララが聖剣を差し出す。


「実はフィンさんたちと出会う少し前に、森で拾ったんです!」


 それってどう考えても、聖剣の眠るボート侯爵領の森のことだよな……!?


「この包丁、名前はリディルさんっていうんですけれど、すごいんですよ!」


 リディル! 確かに記録で見た。剣の女神リディルは、聖剣リディルの守り手であり、勇者の導き手だと!


「使えば使うほどレベルが上がるんですけど、それと一緒にスキルも増えていって!」


 れべるあっぷ! それって、勇者だけに許されたれべるあっぷ伝説のことか!?


「この間フィンさんたちにひとりごとを言っていると勘違いされたのですが、実はあれもリディルさんとずっと会話をしていて――ってどうしたんですかフィンさん!」


 もはやどこから突っ込んでいいかわからなくなった私は、ふぅ……と深いため息をついてがっくりとうなだれた。


「大丈夫……少し気が抜けただけだ……」


 まさか探し求めていた聖剣と勇者が、こんなところにいたなんて……!


 いや彼女の場合は、勇者というくくりでいいのか……? 歴代勇者は全員男性だったはずだが……。


 私が考えていると、ララよりも先に何かを察したらしいドーラさんがこそこそと耳打ちしてくる。


「フィンセント様やい。やっぱりあれ、普通の包丁じゃないんだよな……?」


 ドーラさんに合わせて、私もこそこそと囁き返した。


「ええ、そうです……。あれは百二十年も眠っていた、聖剣リディルですよ……」

「聖剣ッ……!」


 その言葉に、ドーラさんが目を剥く。


「おとぎ話で聞いたことはあったが、本当に実在していたのかい!? そしてそれを、お嬢ちゃんが持っていると!?」


 ドーラさんが驚くのも無理はない。

 最後に聖剣が振るわれたのは百二十年も昔。その当時のことを知る人は誰も生きておらず、勇者伝説も聖剣伝説も、既におとぎ話と化していた。


 その上ボート侯爵領は聖剣保護法にのっとって観光客の立ち入りも禁止していたため、「聖剣などないのではないか」「ただのおとぎ話なのでは」という声も上がるほどだったのだ。この件に関しては、陛下も見直しを考えている最中だった。


 さらにおとぎ話として拍車をかけるのが、近年の平和ぶり。

 魔物は依然として出現しつづけてはいるものの、それは雨が降り作物と育つのと同じ自然の摂理に過ぎず、魔王が実在していた頃のような苛烈さもない。

 そのため、誰も勇者の出現など夢にも思っていなかったのだ。


「あのう……。私、何かおかしなことを言ってしまいましたか……!?」


 おかしいというか、聖剣に気付いていないのがおかしいというか、いやでも記録を見たことがなければ、聖剣が包丁の形をしているなんて誰も気付かないのか……!?


 混乱した私は、気持ちを落ち着けようとララに質問した。


「ララ……聖剣伝説のことは知っているかい?」

「セイケン伝説……? それっておいしいですか?」

「え?」

「ごっ、ごめんなさい! 私、食べ物以外のことはあまり興味がな――じゃなかった、詳しくなくて……!」


 ララがしゅんと眉を下げる。


 なるほど。彼女はまず聖剣伝説そのものを知らないのか。というか聖剣の単語を持ち出して「おいしいですか?」って聞かれたのは初めてだな……。


 はっ! もしかして、だからこそララが聖剣を引き抜けたのか!? 見た目が包丁だから――……!


 そこへ、ドーラさんが声をかける。


「ララ、とりあえずごはんを作ってくれないかい? あたしゃそろそろお腹が空いてきたよ」

「あ、はいっ!」


 話が変わってホッとした顔のララが、せっせと食材を切り始める。

 そのトントントントンという軽やかな音を聞きながら、ドーラさんが私に耳打ちした。


「フィンセント様やい……。あたしゃそういうのは詳しくないんだが、あれが聖剣だとするとどうなっちまうんだい? ララちゃん、王宮に連れて行かなきゃならんのかね?」

「それは……」


 聞かれて私は考え込んだ。


 通常であれば、勇者は発見次第王宮に召される。

 そこで王から装備を賜り、魔王討伐に向かって出発するのが、記録に残っている一連の手順……なのだが……。


 ……実は今、魔王がいないのだ……!


 私は頭を抱えた。


 そう、勇者が倒すべき魔王が、どこにもいない。

 ならば魔物退治に、と言いたいところだが、それも規模の大きいものは先日我々が討伐したばかり。

 もちろんこまごまとした魔物はいるものの、昨今は平和すぎて冒険者という職業そのものが廃れかけてきている状態。そこへわざわざ料理人であるララを連れ出す必要はあるのだろうか……?

 そもそも女性の勇者なんて初耳だぞ。性別、合っているのか? あんな見かけだが、実は男です、なんてことはないよな……!?


 考えれば考えるほど、ぐるぐると思考のドツボにはまっていく。


 だめだ、これは私ひとりでは結論を出せない。すぐに陛下や兄上たちに報告しなければ。


 そう思って、私は一瞬立ち上がろうとし――思い直して席についた。


 ……いや、せめてララのごはんを食べてからにしよう。


 私が悩んでいる間にも、ジュージューとフライパンで何かが焼ける音がして、ふんわりとおいしそうな匂いがただよってきているのだ。


「いったん、この件は保留にして、陛下に意見を伺おうと思っている」

「そうかい……。まあ事が事だもんねえ……。まさか聖剣だなんて」


 ドーラさんとひそひそ話していると、ララが元気な声で言った。


「おまたせいたしました! 今日のお昼ご飯は昨日の残り物スープと、『カンクローネ風ホットサンド』です!」

「ほう……」


 お盆に載って出てきたのは、深皿に入った野菜たっぷりスープと、フライパンで焼いたらしい具入りのパンだ。それを目の前で、ララが包丁――もとい聖剣で、パンの真ん中をさっくりと切っていく。


 ……聖剣でパンを切っているのを知ったら、神官は失神してしまうかもしれないな……。


 このことは黙っておこう、と思いながら、私はホットサンドを手に取った。

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