第23話 舞踏会の憧れって、そういう……!?(フィンセント視点)
驚いて声をかけると、私に気付いたララがぱっと顔を輝かせる。
「あっ。おはようございますフィンさん! 昨日ぶりですね! 実は今、区画を作っているところでして」
「区画?」
「はい! 今の食堂だと、広すぎて私ひとりじゃ手が回らないので……」
言いながら、ララは説明した。
食堂を再開させた場合、ドーラさんも同席するものの、調理も配膳も実質ララひとりでやらなければいけない。そのため、しばらくは受け入れる客の人数も、出すメニューも、数を減らして営業するつもりなのだという。
広々とした二階は当然全部閉鎖するとして、一階も三分の二ほどを閉鎖。残された三分の一の面積だけで営業するとララは言った。
「それで使わない机や椅子を片づけていたんです」
「なるほど。なら私も手伝おう。ここにある机や椅子をどかせばいいのだな?」
言って私が机に手をかけると、ララがあわてる。
「そんな、大丈夫ですよ! フィンさんに手伝わせるわけには!」
私は微笑みながらひょいと机を持ち上げた。彼女がそう言うだろうと思っていたのだ。
「なら、昼食はララが作ってくれないか。このままララの“ごはん”を食べずに帰るのも惜しいし、それが手伝い料ということでどうだろう」
「でも……今日のごはんは、昨日の残り物スープとサンドイッチぐらいしかないですよ……?」
「かまわない。むしろそれが食べたい」
「それなら……喜んで! ありがとうございます、フィンさん!」
屈託のない明るい笑顔を見ながら、私は微笑んだ。
――そうだ、この笑顔だ。
ララに
それからふたりで机やら椅子やらを片づけると、ララが今度はロープとカーテンを持ってきた。しばらくはこのロープを張って、カーテンで間切りをするのだという。
それもララに代わって背の高い私が、ちょうどよさそうな梁にロープを結び付けていく。
「あとはここからカーテンを通せばいいんだな? ララ、カーテンを――」
「はい! どうぞ!」
言いながらララがカーテンを渡してくる。
その瞬間、受け取ろうとした私の手とララが一瞬触れた。ほんのりとあたたかいララの手に、私は動揺する。
「わっ、と。……すまない!」
「大丈夫ですよ!」
……が、ララは全然平気そうだった。どうやら動揺していたのは私だけらしい……。
複雑な気持ちになっていると、ララが何やらしみじみした顔で言う。
「……前から思っていたんですが、フィンさんってすごく紳士ですよね。テオさんやラルスさん、騎士団の皆さんも優しいんですが、飛びぬけて礼儀正しいというか。やっぱりフィンさんも、貴族の生まれなんですか?」
「それ……は……」
私はどう言うべきか迷った。
この流れで、自分が第二王子であることを言ってしまおうか? でも、万が一それで彼女の態度が変わってしまったら……。
そんな考えがよぎって、気付くと私は誤魔化すような言葉を口走っていた。
「私もテオたちと同じ……貴族だよ」
「やっぱりそうなんですね! なら……あの、もしかして、舞踏会や夜会に参加したことがあるんですか!?」
「舞踏会? もちろんだが……」
言って、ふと思い出す。
そう言えば兄上が言っていたな。コーレイン男爵家は借金のせいで、長女が未だに社交界デビューできていないと。貴族の令嬢は通常十四歳で社交界デビューするのだが、ララはもう十六を過ぎていたはずだ。
「やっぱり君も、舞踏会に興味があるのかい?」
私にはよくわからないが、女性は美しいドレスや宝石、きらびやかな舞踏会そのものが好きだと聞く。彼女もそういうものに対する憧れがあるのかもしれない。
私がそう思っていると、ララはきらきらと目を輝かせ、ぐっと拳を握りしめながら言った。
「もちろんです! だって、舞踏会にはおいしいごはんがたっくさん出るのでしょう!?」
……ん?
「しかも、お金もいらず食べ放題なんだとか! なんですかそれは天国ですか!?」
……んん?
おかしいな。思ってた反応とちょっと違う。
私が目を丸くして見つめていると、はっと気づいたララが、頬を染めた。
「って、ご、ごめんなさい。参加するためにはまず綺麗なドレスが必要でしたね……! それも準備できないのに、お金がいらないなんて言ってごめんなさい……!」
いや、大事なのはそこではないと思う。
……そう思うのに、突っ込む代わりに笑いが出た。
「ふ、ふふ……ふははっ」
誰もが着飾り、気取って歩く中、ひとり食べ物に夢中なララの姿を想像したら思わず笑みがこみあげてしまったのだ。
きっと、彼女ほど喜んでくれる人がいたら、料理人たちも作った甲斐があるだろうな。
……いつかその光景を、見てみたいな。
そう思った次の瞬間には、驚くべきことに私はララを誘っていた。あんなに行くのが嫌だった、舞踏会に。
「なら、今度私と一緒に舞踏会に行くかい? お世話になったお礼に、ドレスは私がプレゼントしよう」
「えっ、えええ!? だめですよ! フィンさん、何やらとんでもなく高価なドレスをくれそうな気がするのでだめです! そこまでご迷惑はおかけできません!」
……なぜ私が高価なドレスを贈ろうとしていると見抜かれたのだろう。
思いのほか強い口調で断られてしまったが、どうやらこれはララが断れないよう何か理由が必要なようだな。
考えていると、コツ、コツ、と杖の音がして、入り口からこの間の老婦人が入ってくる。名前はドーラだったな。
ドーラさんは私に気付くと、おや? と眉を上げた。
「フィンセント様がいらっしゃってたんですか。すみませんね、開店はまだ準備ができていないんですよ」
「いえ。私もララの様子を見にきたんです」
「フィンさんが手伝ってくれたおかげで、間切りがもう終わったんですよ!」
「おお、それは助かるねえ。男手がないと、力仕事はどうしても苦手だからねぇ」
ララがにこにこと言うと、すぐにドーラさんもにこにこし始める。
……最近気づいたが、ララの笑顔はどうも感染するらしい。彼女がにこにこしていると、なんとなくこちらまで気持ちが明るくなって、にこにこしてしまうのだ。
「役に立ててよかったです。さ、ドーラさん席にどうぞ。予定より早いですが、もうお昼ごはんを作り始めちゃいますね。フィンセントさんの分も作ってもいいですか?」
「ああ、いいともさ」
「ドーラさん、お手を」
「おや? フィンセント様がエスコートしてくれるのかい? さすが騎士団長様だねぇ」
「当然のことです」
私がドーラさんをエスコートして、厨房と向かい合った
「いつも通り私におまかせで大丈夫ですか?」
「あたしゃ大丈夫だよ」
「私もだ」
言って、私もドーラさんの隣に座った。それから、じっとララを見つめる。
遠征中は何かと雑務が多く、いつも料理のいい匂いがただよいはじめてから見に行っていたから、こうして一から作る所を見るのは初めてだ。
私が穏やかな気持ちで眺める前で、ララが気付けば、スゥ……っと白い包丁を握っていた。
……ん? 今この包丁、どこから取り出したんだ……?
さっきまで持っていなかったような……。
不思議に思いながら、目を細めてじっと包丁を見つめる。
……んんん?
あの白い持ち手に、白い刀身。そしてびっしりと刻まれた優雅な彫刻、どこかで見たことがあるような――。
そこまで考えてから、私はガタタッと席を立ちあがった。
「ラッ、ララ! その包丁は……! なんでそれを君が!?」
「はい?」
きょとん、とした顔でララが構えていたのは、私が王宮の記録室で何度も何度も焼き付けるようにして見た、『聖剣』そのものだった。
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