第22話 初めてできた、女性の友人(フィンセント視点)

 翌日。

 母の「誰でもいいからいいご令嬢はいないの?」攻撃と、騎士団長としての雑務を終わらせた私は、朝一番に「れべるあっぷ食堂」へ向かう準備を始めた。


 さすがに疲れが重なっていたのだろうか? ここ最近軽かった体が、今日は少し重く感じるな……。


 そんなことを思いながら、私はクローゼットの服を眺めた。

 以前、油断していたら裸になった侍女がベッドに侵入してくる事件があったため、それ以来私はひとりで身支度をするようになっている。とはいえ騎士団ではそれが普通なので、不自由はない。


 さて……。

 あまり物々しい格好で行ってもララたちを困らせるかもしれないから、騎士団長の服ではない普通の服を着ていこうと思ったのだが……普通の服とは一体なんだ? 騎士団に入る前に着ていた服は豪華すぎて、通りを歩くには目立つだろうし……。


 一瞬テオやラルスたち騎士団の面々にも聞いてみようかと思ったが、彼らが昨夜『勇者の憩い亭』で騒いでいたのを思い出してやめる。ラルスならともかく、テオは確実にまだ寝ているだろう。


 なら……と私は、稽古時に着る一番地味な騎士服に着替えた。そして、自分がこれしか外出に着ていける服がないことに気付いて苦笑する。


 今までテオたち以外と外に行くことなどなかったからな……。

 だが、私にもついに女性の友人ができたのだ。


 上機嫌で着替えていると、コンコンコンとノックの音がして兄のオリフィエルが部屋に入ってくる。


「おや? 一緒に朝食でもと思っていたんだけれど、出かけるのかい?」

「はい。今から友人のところに行こうかと」

「友人……それにしては何やら珍しい服を着ているな。それに、顔も穏やかだ」


 指摘されて私は目を丸くした。……あいかわらず、兄上はこういうところによく気が付く。


「そう……でしょうか。確かに少し変わった友ではありますが」

「へえ? その人物の名は?」

「ララです」


 彼女の名に、兄が首をかしげる。


「ララ? まるで女性のような名だな」

「まるでも何も、ララは女性ですよ」


 そう言った途端、兄はぎょっとしたように叫んだ。


「なんだって!? お前に、女性の友人が!?」

「そこまで驚かなくても……私にも女性の友人ぐらいいますよ」

「でも、今までひとりもいなかっただろう?」


 少し虚勢を張ったつもりだったが、速攻で見抜かれた。気まずさにふいと目を逸らしつつ、私はゴホンと咳払いする。


「い、今までは今までですよ」

「そうか……ついにお前にも女性の友人が……。では女性に対する苦手意識は克服されたということか?」

「それは……今までと変わらずです。貴族のご令嬢たちには申し訳ないが、やはり苦手です。彼女だけ平気なんですよ。私を色眼鏡で見たりしないので」


 その言葉に、なぜか兄は大きく目を見開いた。それから、にこりと笑う。……なんですか、その意味ありげな笑顔は。


「ほぉ。……そのは、一体どんな人なんだい? フィンの格好からして……もしや街娘なのかな? さすがにお前が娼婦に入れ込むことはないだろうし……」

「家は貧しいですが、彼女は男爵令嬢ですよ。コーレイン男爵家の長女ララです」

「へぇ。コーレイン男爵家の。確かにあの家は借金で苦しんでいると聞いたことがあるな。そのせいで長女は社交界デビューもできなかったとか」


 さすが兄上、社交界の事情によく精通している。


 私は一度会えば顔は覚えるが、それ以外の表に出てこない人たち、特に娘のことまで知ろうとしたことはない。

 私も兄上を見習って、もっと勉強しなければ……と思ったところで、兄が私の肩をぽんぽんと叩いた。


「引き止めて悪かったなフィン。僕のことは気にせず、友人のところへ行ってくるといい。大丈夫、母上には僕がうまいこと言っておくから」

「ありがとうございます、殿下。……でもなぜ母上にうまいこと言う必要が?」

「それは気にしなくていい。さぁさ、時間は有限だ。早く行きたまえ!」


 腑に落ちないながらも、私は兄に背中を押されるまま、王宮を出発した。


 それから以前聞いた道を歩き、思っていたよりもずっと大きい『れべるあっぷ食堂』にたどり着く。


 この食堂はこんなに大きかったのか……!

 老婦人ひとりだと聞いていたから、てっきりもっとこじんまりした食堂なのかと思っていたが、料理人がララひとりでこんなに大きな食堂を回せるのか?


 そんなことを心配しながらキィ、と扉をくぐると、中ではララがひとりで大きな机をよいしょよいしょと引きずっているところだった。


「ララ、一体何をしているんだ?」

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