第21話 勇者の探索(フィンセント視点)

 王宮にある謁見の間で、私は玉座に座る両親と、そばに立つオリフィエル兄上を見上げていた。


「此度の遠征、ご苦労だった。無事に戻ってきてくれて嬉しいぞフィンセント」

向こう辺境では聖騎士団が大活躍だったという報告を聞いている。さすがフィンだな」


 笑顔で言うふたりに、私は臣下らしく首を垂れる。


「労いのお言葉ありがとうございます。陛下、王太子殿下」

「そんな堅苦しい呼び方はよしてくれ、フィン。僕とお前は、たったふたりの兄弟じゃないか」

「ですが、今の私は騎士ですので……」


 固辞すると、兄上はやれやれと言った顔で首を振った。


「相変わらずフィンは頭が固いな」


 隣では王妃である母も、ぼやきながらため息をつく。


「騎士団に入ると言った時も、頑なでしたものね。第二王子なのですから、騎士団なんて危険な場所になどいかなくてもよいのに」

「だが騎士団に入るのはいいことだぞ。体も精神も鍛えられるし、その経験はきっと将来オリフィエルの助けとなるだろう」

「そうですよ母上。私は体が弱くて遠征に行けないから、私の代わりに見てきてくれるフィンにどれだけ助けられていることか。……ゴホッゴホッ。ほら、私の体は相変わらずですから」

「それはそうですけれど……だからって、騎士団長にまでならなくったって……」


 そんな三人のやりとりを、私は黙って聞いていた。


 ――私が第二王子という身分でありながらわざわざ騎士団に入ったのは、何を隠そう兄上の王位を守るためだった。


 聡明で優しい兄は生まれつき体が弱く、昔から王に向いていないのでは、という声が多い。

 それだけならまだ静観していられたのだが、ここ数年はフィンセントを王にした方が、という声が無視できないほど大きくなり始めていた。

 だから私は、兄を押しのけて王位に就く気はないということを周囲に知らせるために、王族としては初となる騎士団長の座についたのだ。


 本当は王位継承権そのものを放棄できれば一番よかったのだが……さすがにそれはと陛下に止められ、苦肉の策で選んだのが騎士団長の座だった。


「まぁまぁ、この話はよそう。せっかくフィンセントが戻ったのだ。近々、帰還の祝宴でも開こうではないか」


 祝宴、という言葉に母の目がきらりと光る。


「宴! ええ、そうですわね。祝宴を開くのがいいですわ。今をときめく騎士団長ですもの、ご令嬢たちもたくさん呼ばなければ。ふふっ」


 そう言う母は張り切っていた。……理由は聞かなくてもわかる。


 騎士団に入ってからというもの、母は一刻も早く私を結婚させようとしていた。

 いわく、「守りたい女性のひとりやふたりいれば、無駄に命を落とすこともなくなるでしょう。もしかしたら騎士団もやめてくれるかも」という考えらしい。


 もちろん、私の身を案じてくれる母の気持ちもわかるし尊重したいのだが……接すれば接するほどご令嬢、いや、女性全般が苦手になっていくのは、自分でもどうしようもなかった。


 考えながらふぅ、とため息をつく。


 世の中の女性が、皆ララのように話しやすければいいのに……。


 こんな時につい思い浮かべてしまうのは、ボート侯爵領で知り合った男爵令嬢のことだ。

 彼女は色々風変りではあるものの、その風変りさが自分にとっては居心地がよかった。


 胸を押し付けてきたり甘ったるい声で近づいて来ようとせず、また変に私を美化しすぎたりもせず、私をフィンセントというひとりの人間として接してくれる。だから私も、変に警戒する必要もなくひとりの人間として話ができる。

 長年王宮で過ごしてきた私にとって、そんな女性は初めてだった。


 そこまで考えて、私はふと思う。


 それとも……彼女も私の身分を知ったら、態度を変えてしまうのだろうか?


 想像して一瞬暗い気持ちになりかけたが、すぐにその考えを振り払う。


 今考えるのはよそう。いつか彼女も、私が第二王子であることを知る日が来るだろう。その時彼女の態度がどんな風に変わっても、それは彼女の自由だ。


 ただ――。


 こちらに向かって微笑むララの顔を思い出しながら、私は小さく微笑んだ。


 ただ、あの笑顔が失われないことを、今の私は願うだけだ。


 それから顔を上げると、私は母に向かって言った。


「王妃陛下、気遣いは大変ありがたいのですが、宴を挙げるなら私ではなく騎士たちを主役にしていただけないでしょうか。私はしばらく王都を離れていたため、やることが山積みになっているのです。そちらの仕事を放ってはおけない」


 遠回しに宴を辞退すると、母が不満げな顔になる。


「でも、帰還の祝宴なのに団長であるお前がいないなんて……」

「騎士団長など、ただの飾り。こういう時こそ、普段主力となって支えてくれている騎士たちを慰労したいのです。私も、少しだけ参加しますので」


 そう言うと、渋々ながらも母は納得したようだった。

 次に、私は陛下に声をかける。


「陛下、早馬を飛ばした件なのですが――」


 その言葉に、陛下の顔つきが変わった。


 実は昨日、王都に着くと同時に王宮に向かって早馬を飛ばしていた。要件はもちろん聖剣のことだ。


「うむ。手紙は読んだ。聖剣がボート侯爵領から失われたそうだな。ボート侯爵が最後に聖剣を確認したのは半年前だとも」

「はい。そのため、早急に勇者を探しだす必要があると思っています」

「ふぅむ……。しかし、この広い国を、どうやって勇者を探す? 国外に出ている可能性もあるのだろう?」


 私はうなずいた。

 陛下の言う通り、聖剣を携える勇者は、もしかしたら今頃国外にいるのかもしれない。


 だが、私は勇者にまつわるあることを知っていた。


 ちらりと兄上を見ると、兄もやはり覚えていたらしい。微笑みながら言う。


「懐かしいね。まさか今になってあの頃の記憶が役に立つなんて」


 幼い頃、私は勇者やら聖剣やらの響きに憧れて、兄と一緒によく勇者にまつわる記録を呼んでいた。後に、それが王家にしか伝えられていない情報も多いことを知って驚いたものだ。


 勇者を探すにあたって重要な情報も、実はその中にひとつある。


「陛下。勇者は一度現れれば必ず人目を集め、話題になると記録に書かれていました。そのため、王宮の人員を各地に派遣する許可をいただきたいのです。何か異変があれば、すぐに情報をつかみ取れるように」


 記録によれば、いつどの時代でも、勇者は現れると規格外すぎる能力で瞬く間に存在を認知されていったのだという。


 村に襲い掛かって来た魔物の大軍を、十歳の少年がたったひとりで返り討ちにしたり、巨大化しすぎて誰も足を踏み入れられなかった巣窟を、青年と幼なじみのふたりで一掃したり……。


 最後の勇者が登場したのは百二十年前だが、今回もきっと、そういうとんでもないことを達成する人物が出てくるはず。その人物をいち早く探し出し、聖剣の所持が確認できれば、勇者の発見に繋がるというわけだ。


 私が説明すると、陛下は納得がいったようにうなずく。


「わかった。ではフィン主導のもと、勇者を探すことを命ずる」

「承知いたしました」


 私は恭しく頭を下げた。


 ……その時に一瞬、「これなら、ララに街案内する時間を取れるな……」という考えが浮かんだのを、私ははっとしてすぐに振り払った。

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