第20話 野菜ごった煮スープのガーリックバターがけ

 食堂の新メニューを決め終わる頃には、もう日も暮れていた。

 私はメニューを片づけて厨房に立つと、ドーラさんや自分、それから夜遅くまで付き合ってくれたヤーコプさんのために、晩御飯を作り始める。


 《浄化》スキルでぴかぴかになった厨房は私ひとりには大きすぎる気もするけれど、いつかは私以外にも料理人でいっぱいになったらいいなあ……!

 そんな明るい未来を想像しながら、私はトントントントントンとリディルさんを振るう。


 これから作るのは、食材庫に入っていた野菜のごった煮スープだ。

 じゃがいもにたまねぎ、にんじん、さやいんげん、えんどうまめ、とうもろこし、それからヤーコプさんが差し入れてくれた鶏肉!


 私はまず小さなスキレット鉄製フライパンでバターをじゅわっと溶かすと、そこへにんにくとローズマリーを入れて軽く炒める。香ばしい匂いがただよい始めたらいったん火を止め、余熱でバターに風味がしみ込むのを待つ。


 その間に、今度はザクザク切った野菜を他のハーブと一緒に深鍋に投入。炒めた野菜がくたくたになってきたら、鶏肉の出番だ。


 水を入れてひと煮立ちさせたあとは、さやいんげん、とうもろこしを入れて、蓋をかけてごくごく弱いとろ火でくつくつ煮込む。


 ほどよく野菜が柔らかくなってきたところで、ハーブを取り出して塩コショウで味を整えたらほぼ完成だ。


 ふんわりとただよう野菜と鶏肉の優しい匂いに、ヤーコプさんが鼻をひくひくとさせたる


「いい匂いですねぇ。野菜たっぷりスープは、素朴ながらいくらでも食べれる。あと、私の太った体にも優しいですな、ハハハ」


 ぽよん、と膨れたお腹を叩きながら、ヤーコプさんがスープの入った器を手に取ろうする。

 私はあわてて止めた。


「あっ、まってください。最後に仕上げが!」


 言って、私はスキレットを取った。今頃バターには、ローズマリーとにんにくの風味がじんわりしみ込んでいるはずだ。


 きょろきょろとあたりを見渡すと、さすが食堂! すぐに目当ての濾し器を見つけられて、私は器にガーリックバターを濾して入れた。


 それからバターを小さじ一杯分、それぞれの皿に回しかける。それを、私は椅子に座るふたりに差し出した。


「おまたせいたしました! 『野菜ごった煮スープのガーリックバターがけ』です!」

「ほぉ。ガーリックバターをスープに入れたのかい。これはあたしも初めて見るねぇ」


 ドーラさんが言う横で、待ちきれないといった様子のヤーコプさんがズズっとスープをすする。


「……うん! うまい! 野菜の甘みもさることながら、そこににんにくの風味が加わって素晴らしいハーモニーを奏でていますね! これは確かに、騎士団の皆さんが絶賛するだけありますねぇ」

「体があったまるし、あたしでも食べやすい。これはおいしいねぇ」

「喜んでもらえてよかったです」


 私はにこにこしながら、自分もスープに口を付けた。

 ふんわりと口に広がるのは、ぎゅっと詰まった野菜の旨みと甘み。そこに加わるガーリックバターのコクが、スープのおいしさを引き立てていた。

 

 このスープは具材もたっぷり入っているから、他におかずがなくてもこれだけでお腹いっぱいになれる便利な一品だ。実家ではこんなにたくさんの食材は入っていなかったし、ガーリックバターもなかったけれど、色んな食材でよく楽しんでいた。


 ……あ、そういえばこのスープは、どんな効果なんだろう?


 思い出して私はスープを鑑定した。


『野菜ごった煮スープのガーリックバターがけ:攻撃力+2%、スキルスピード+10%、運+2%、浄化(小)』


 ん……? なぜかこの料理だけ、スキルスピードっていう効果がやたら大量についている! いつもよりたくさん野菜をいれたのが関係しているのかな?

 それに、この『浄化(小)』って、もしかして浄化スキルを覚えたから?


 私は目をつぶって、スキルツリーを出現させた。

 最初はわけがわからなかったこのスキルツリーとやらも、今じゃすっかり慣れたものだ。浮かぶ銀色のコインを見ながら考える


 ついている浄化が(小)なのって、もしかして《バフ付与(小)》を取ったからなのかな? じゃあ、《バフ付与(中)》とか《バフ付与(大)》とかをとると浄化もそれに合わせて変化するのかな……!?


 《バフ付与(中)》に必要なスキルポイントは3、《バフ付与(大)》に必要なスキルポイントは6と書いてある。さらにその上には、スキルポイントが12必要な《経験値の祝福》という項目もある。


 むむむ……! どれも面白そうで、次にどれをとるのか、すっごく迷う!

 もっと大きなバフはもちろん、生成シリーズにあるプロテインとかポンズとかの謎の単語も気になるし、浄化の先にある毒無効や毒変化だって……ああ、取ってみたいスキルが山ほどある!


 気づけば私はすっかりスキルツリーに夢中になっていた。だってとれるスキルが本当にどれも便利で、ワクワクするんだもの。


 そこへ、いつの間にかスープを飲んでいたリディルさんが満足そうに言った。


『今日のスープはとても優しい味ですね、ララ。わたくし、この間のシチューもおいしかったですが、こちらもとても好きです』


 最近はリディルさんも慣れたもので、私がわざわざ念じなくても、食べただけでリディルさんが取り寄せできるようになったらしい。


「明日からはしっかり出汁ブイヨンもとっていくので、もっとおいしくなりますよ。楽しみにしていてくださいね!」


 出汁はもともと、どうにかくず野菜や骨も残さず食べられないかと試行錯誤していたらできあがった偶然の代物だ。後になって村の人たちから「それは出汁と呼ばれるものだよ」と聞いて驚いたのだけれど、それ以来欠かせないものになっている。


 騎士団に居た時はずっと移動していたしそんなに調理時間をとれなかったから今まで入れずにきたけれど……これからは腰を据えてじっくり作れるぞ!


『それは楽しみです。……ところでスキルツリーを眺めてどうしたのですか?』

「実は、次に何のスキルを取ろうか悩んでいたんです。リディルさんがずっとおすすめしていた《浄化》もすごかったし、きっと他のスキルもすごいんだろうなぁと思って……!」

『そうですね。ララが魔物討伐をするのであれば魔法系や剣術を極めるようにすすめるところなのですが』

「ま、魔物討伐はちょっと……! 食べみたい気はしますが……!」


 私が怖気づくと、リディルさんは特に残念がることもなく淡々と言った。


『でしたらやはり生成シリーズがよいのではないでしょうか。この、ショウユとかミソとかも見たところ食べ物ののようですし』


 確かに、料理人としてそれは気になる! だとしたら、次に目指すのはスキルポイント6で取れるプロテインかな? 塩、胡椒の次にあって、この中で一番必要ポイントが低いんだもの。

 ショウユやミソは砂糖の先に派生しているから、必要なポイントが12で少し高いのだ。


「それにしてもプロテインって、一体何なんでしょうね?」


 私はスプーンでくたくたになった野菜をたっぷりすくいあげながら、まだ見ぬスキルのことを想像した。

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