第19話 本当に危ないのは……
ヤーコプさんがくれた仕入れ可能リストには、たまねぎやじゃがいも、にんじん、かぼちゃといった定番野菜のほかに、牛肉や豚肉、羊肉など、必要そうなものはひと通り書いてある。
……意外にも、キラーラビットや魔物肉は載っていなかった。村では私たち以外にもみんな捕まえて食べていたんだけれど、都会の人たちは魔物を食べないのかな?
そう思って私が聞くと、ドーラさんが「ああ」と言いながら教えてくれた。
「ヘシトレは平和だからね。魔物の巣ができてもすぐに聖騎士団が片づけてくれから、安心して家畜を育てられるんだ」
どうやら、平和ゆえにわざわざ魔物を食べなくてもいいらしい。その平和を維持してくれているのはフィンさんが率いる聖騎士団で、だからこそ群衆に支持されていると聞いて納得した。私と出会った時は偵察のために王都を離れていたと言っていたけれど、普段は王都で働いているようだ。
「もちろん、魔物肉を扱う店もあるけどね。お嬢ちゃんが魔物肉を使いたいならあたしは構わないよ」
言われて私は考えた。
魔物肉はそれぞれに野性味があっておいしいから、ぜひみんなに食べてみてほしいと思う。けれど、問題がひとつあるの。
「魔物肉、今は難しいかもしれません。私がキラーラビットを仕留めに行く時間はなさそうですし……」
「まさか自分で捕まえる気だったのかい!?」
その反応には慣れたものだったので、私は微笑んだ。
「実家の方はキラーラビットがうようよいたので、よくお世話になっていたんです」
「驚いたねえ! ラビットって響きだけ聞くと可愛いけど、あんなでかくて狂暴なうさぎ、よくそのほそっこい体で捕まえられたねぇ……。そのすんごい包丁があるからかい?」
実はリディルさんと出会う前から捕まえていました。多分、七歳ぐらいの時から。
……っていうのを言うかどうか迷っていると、何かを思い出したらしいドーラさんがごそごそと厨房を漁った。
「あ、そうだ。ララちゃんよかったらこれを使っておくれ」
言いながら、ドーラさんが今度は古びた厚紙を渡してくれる。字がかすれ気味だけど、どうやらドーラさんの旦那さんが健在だった頃のメニューのようだ。
「今はあんたが料理人だ。昔と同じことはしなくていいが、参考までに見ておくといいかと思ってな」
「ありがとうございます!」
私はメニューを開いた。そこには朝食、昼食、晩餐のメニューがそれぞれ書いてある。
目を通しながら私は言った。
「そういえば私……今日ここに来る時に思ったんです。しばらくは、朝と昼、夕方までの営業にしたらどうかって」
「晩餐以外ってことかい?」
「はい。なぜなら、すぐ近くに『花の都亭』があるんです」
『花の都亭』。それは先ほど商人さんたちが言っていた、『最近れべるあっぷ食堂の近くにできたでっかい酒場』のことだ。
実は移動がてらドーラさんと一緒に少しお店を覗いてみたんだけれど、そこは酒場だけあって、夜の営業がメインのようだった。今、従業員が私とドーラさんのふたりしかいない状態では、とてもじゃないけど夜に戦える相手じゃないと思ったの。
それに……。
「『花の都亭』は二階に娼館が入っているから、夜は危ない気がするんです」
娼館目当てにやってくる客は、圧倒的に男性が多いはず。しかも夜なら、きっとお酒も入っていると思う。
「ああ、そうだね。あたしたちはばあさんと若い女の子だから、酔った客に絡まれたら危ないもんねぇ」
「はい、危ないです。……あの、私たちじゃなくて、お客さんの方が」
「えっ? なんだって?」
怪訝な顔をするドーラさんに、私はスッ……と
「もし私が変なお客さんに絡まれたら……多分、リディルさんが容赦なく斬っちゃう気がするんです……!」
リディルさんは、私が何もしなくても勝手にベアウルフをまっぷたつにしてくれた過去がある。つまり、リディルさんの意志だけでも物は切れるのだ。
私のつぶやきに、リディルさんがさらっと返事する。
『そうですね。不届きな輩は人間だろうとまっぷたつにします』
ひぃぃ! やっぱり!
私が慄いてベアウルフの件を説明すると、ドーラさんも理解したらしい。
「そっそれは大変だね! さすがに食堂で殺人沙汰は起こしたくないよ。よし、それなら当分は朝と昼だけにしよう」
「はい!」
理解が得られたことにほっとしていると、しみじみ……と言った様子でドーラさんが言った。
「それにしても、本当にそのリディルさんとやらは不思議な存在だねぇ……。あたしには何も聞こえないんだけど、確かにいるんだろう?」
「はい! とっても美人さんですよ! いつかリディルさんも、みなさんとお話できるようになればいいんですけど……」
一応リディルさんにも聞いてみたんだけれど、残念ながら他の人と会話はできないらしい。リディルさんが寂しくないように、私がいっぱい話しかけなくちゃな……! なんて決意する。
「それで、朝と昼に出すメニューなんですが……オムレツやハム&エッグ、ビスケット、ポトフなど、この辺りは私でも作れると思います。レシピが残っていれば、れべるあっぷ食堂の味にがんばって近づけます!」
「おお、嬉しいね。ありがとうよ」
そう言ってから、ドーラさんはなぜかふっと寂し気な顔をした。
「ドーラさん?」
「ああいや、すまないね。ララちゃんが、食堂の味に近づけてくれるって聞いて、一瞬旦那の味を思い出しちまってね……」
その瞳は、切なそうに揺れている。
きっとドーラさんは本当に旦那さんが大好きで、仲のいい夫婦だったんだろうな。完全には無理でも、少しでも旦那さんの味に近づけられたらいいのだけど……。
「旦那さんの得意料理はなんだったんですか?」
「色々あったけど、やっぱりフィリッツのピリ辛おつまみポテトかねえ」
「フィリッツのピリ辛おつまみポテト……」
「ああ、フィリッツっていうのはあたしの旦那の名前なんだけどね、そのおつまみポテトがやたらうまいのさ。作り方は切ったじゃがいもにスパイスをかけて焼くだけなんだけど、このスパイスの配合がくせものでねぇ。旦那もこれだけは、誰にも教えてくれなかったんだよ」
おかげで、とうとう誰にも作れなくなっちまったんだけどね、とドーラさんは寂しそうに笑った。
「まっ、そんなことを言ったが、あたしはこの店さえ残っていれば満足なんだ。ララちゃんもフィリッツの味になどこだわらず、好きなもんを作ってくれればそれでいい。もちろん、経営していけるだけの売り上げは必要だけどね。この三年の間に、貯金も随分減っちまったからねえ」
言いながら、ドーラさんがひらひらと手を振る。
聞けば、旦那さんが存命だった頃にかなり貯金を貯めていたらしく、そのお金でこの三年間、ヤーコプさんの助けを借りながら細々とやってきたらしい。本当はひとりなら、ここからあと数年は暮らしていけるとも。もし食堂を売れば、それこそ老後の心配はしなくてもいい額だったらしい。
でもドーラさんは隠居生活を選ばず、危険を覚悟しながら再始動を選んだのだ。
きっと私を気遣って、フィリッツさんの味は気にしなくていいと言ってくれたのだろうけれど、そんなドーラさんの覚悟に私もなんとかして応えたい!
私は決意すると、むんっと気合を入れた。
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