第18話 リディルさん《包丁》が重いなんてそんなまさか
「ララさんあなたまさか……!」
「ちちっちがうんです!!! 断じて違うんです誤解です! この包丁を、ドーラさんに見せようとしていただけで!」
私はあわてて後ずさった。
「そうだよヤーコプ。あんたの早とちりさ。ララはただ包丁を見せてくれていただけだ」
ドーラさんの言葉に、商人のヤーコプさんはようやく信じてくれたらしい。ほっとした顔でこっちにやってくる。
「ああ、びっくりした……。早とちりして申し訳ありません、ララさん」
「いえ、私こそ紛らわしいことをしていてすみません!」
なんとか誤解が解けたところで、ヤーコプさんが「んっ?」と目を細める。
「おや……? ララさん、よく見ると実に素晴らしいお品を持っていますね。仕事柄色々と見てきましたが、そんなに美しい包丁は初めてです。曲線が繊細かつ優雅……! 少し見せていただいても?」
「あ、どうぞどうぞ」
聞かれて、私はニコニコしながら包丁を差し出した。
そうなんです、リディルさんを使って肉やら野菜やらを切りまくっている私が言うのもなんだけれど、リディルさんって本当に綺麗な包丁なんです。
「いやあ、白銀の刀身といい柄に彫り込まれた彫刻といい、本当に美しいですねぇ。家系に伝わる由緒ある一品とかです――かっ!?」
ヤーコプさんが受け取ったのを見て、私が手を離した次の瞬間だった。
急にヤーコプさんが体ごと床に向かって引っ張られたかと思うと、スターン! という小気味いい音を立てて、
「や、ヤーコプさん?」
「どうしたんだい、ヤーコプ」
目を丸くする私とドーラさんの前で、両手で包丁の柄を握りしめたヤーコプさんが歯を食いしばって言う。
「ぐっ、ぐぬぬぬ……!!! ララさん、何ですかこれは!? あなた、こんな重い包丁を持っていたのですか!? 華奢な体のどこにそんな怪力が!?」
え? 重い?
その言葉にきょとんとする。
見ればヤーコプさんは、リディルさんを床から引き抜こうとしているようだ。けれど全然引き抜けずに、顔だけどんどん真っ赤になっていく。
やがて数分格闘したのち、ぜぇぜぇと息を切らしながらヤーコプさんが言った。
「いや無理ですって! 重すぎてびくともしません! こんなの引き抜ける気がしませんよ! 」
「そう、なんですか……?」
「ララはどうなんだい? さっきまで軽々とその包丁をもっていたじゃないか」
ドーラさんに尋ねられて、私は戸惑いながらリディルさんに手を伸ばした。
すると――。
「あっほら。やっぱり重くないですよ?」
リディルさんは森で引き抜いた時と同じく、あっけないくらいスポッと抜けたのだ。重いどころか、あいかわらず羽根のように軽い。
「えええ!?」
今度はヤーコプさんがぎょっとしたように目を丸くした。
そばで見守るドーラさんが、どっちを信じていいかわからない、という顔で言う。
「一体どっちが本当のことを言っているんだい……」
「いや絶対さっきは重かったですって! 試しにララさん、もう一度私に……!」
「は、はい」
私はまたリディルさんを差し出した。
そこへ、緊張した顔のヤーコプさんがそーっとそーっと手を伸ばしてくる。
そして――。
スッターーーン!!!
「うわあああ!!!」
また小気味いい音を立てて、ヤーコプさんをくっつけたままリディルさんが床に刺さった。
「もはや重いっていう次元すら通り越してますって! 信じてくれないならドーラさんが抜いてみてくださいよ!」
「どれどれ……」
ヤーコプさんの言葉に、興味がわいたらしいドーラさんも身を乗り出してくる。私の支えを受けながらドーラさんがリディルさんに手を伸ばし――。
「んっ!? なんだいこりゃあ! いくらあたしがよぼよぼだからとは言え、ビクともしないぞ!?」
「ほらほら! 私の言った通りでしょ!? 嘘、言ってなかったでしょ!?」
口から唾を飛ばしながら必死の形相でヤーコプさんが言う。
それからふたりは、私が見守る前で散々リディルさんを引き抜こうとしたが、結局ビクともしなかった。
困惑する私がスポッとリディルさんを抜くと、ふたりに魔物を見るような目で見つめられる。
「ララさん、一体どういう体の構造しているんですか……!?」
「お前さん……」
「い、いえ、あの、貧乏育ちで体は丈夫な方だと思いますが、その、そこまで変わったことはない……はずです」
ぼそぼそと、最後の方は声が小さくなる。
だって知らなかったの。まさかリディルさんが実はそんなに重かったなんて……! もしかして私、気付いていないうちにとんでもない怪力になっていたの!?
動揺していると、ドーラさんがふぅむとうなる。
「もしかしたらそれも、ララのはらぺこスキルとやらが関係しているのかもしれないね。ララ、ヤーコプに見せておあげよ。お前さんが覚えた《浄化》を」
「あっ、はい!」
うながされて、私はまだ汚れが残っている食堂内に向かって《浄化》スキルを発動させた。
途端キラキラした風が食堂内に巻き起こり、塵や埃、汚れがごっそり舞い上がってフッと消える。
スキルが発動し終える頃には、食堂内に広がる机や椅子は、新品同様の輝きを放っていた。
「おおおおお!?」
ヤーコプさんが大げさなほど目を輝かせる。
「すばらしい! これがララさんのスキル効果なのですか!? こんな便利すぎる魔法、見たことありません! ……どうですララさん、週一だけ、うちの商会に掃除に来ていただくことは……!? 報酬ははずみますよ!」
「えっ!?」
想定外のお誘い!
「確かに週一ならいいかもしれないねえ、ララだって稼げる場所は多い方がいいんでないのかい?」
「ええっ!?」
そしてドーラさんから想定外の許可!
そっか、このスキルを使って働くこともできるんだ……!
《浄化》スキルの思わぬ可能性にドキドキしながらも、私は申し訳なさそうに切り出した。
「あのぅ……お誘いは大変嬉しいのですが、今はまずれべるあっぷ食堂のことに集中したくて……」
「ああ、そうですよね、いやすまなかったですララさん。でも余裕ができた時にでも僕に声をかけてほしい。その力はいつでも大歓迎ですよ!」
ヤーコプさんの言葉に私はほっとした。よかった、怒ってはいないみたい。
よし……掃除も終わったし、次はいよいよ実際に出すメニューだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます