第17話 《浄化》スキルって便利ですね!

「あっ、あのぉ……!」


 私がリディルさんの事を説明しようと声をかけた時だった。

 またもや扉が開き、豪華かつカッチリした貴族服を着た壮年の男性が、フィンさんを見つけた途端パッと顔を輝かせる。


「ああ、ここにおられたのですねフィンセント様! 王城で皆様がお待ちですよ」


 フィンさんが一瞬驚いたように目を見開き、それから小さくため息をついた。


「今回も見つかるのが早かったな……。わかった。行こう。皆は引き続き打ち上げを楽しんでくれ。ララも、次に会うときはれべるあっぷ食堂で」


 さわやかな顔でにこりと微笑まれて、私は返事をした。


「あっ、はい! れべるあっぷ食堂で……!」


 そのまま壮年の男性にうやうやしく案内されるフィンさんを見送っていると、後ろでテオさんがぽつり……というにはやや大きすぎる声でつぶやいた。


「あいかわらずフィンは人気者だなぁ。知ってるかい嬢ちゃん。さっきのお役人は『王城で皆様がお待ち』って言っていたが、その中には王様だけじゃなくて貴族のご令嬢たちも山ほどいるんだぜ。皆、フィンが戻ってくる日だけ用もないのに登城してくるんだ。……どうだ、気になるか?」

「えっと……?」


 私は言葉の意図がわからず、聞き返した。

 優しく紳士でいながら剣も強い騎士団長のフィンさんが人気者なのはわかるとして、私が気になるとは一体……?


 そんな私の反応を見て、テオさんがくつくつと面白そうに笑う。


「くくっ。ダメだこりゃ。あっちもあっちで大概だが、こっちはこっちで大概だな。これは先が思いやられるぞぉ」

「あのう、テオさん。何のお話を……?」

「いーや、なんでもねえ。こっちの話だよお嬢ちゃん」


 なおもくつくつ笑うテオさんを見ていると、ドーラさんが言った。


「さあ、じゃあララちゃんも私と一緒に食堂に行こうかね」

「はいっ! ……って、今さらですがドーラさん。本当に初対面の私を雇ってよかったのですか? 私料理人と言っても、私はどこのお店でも働いたことがなくって……」

「ああ、いいのさ。だって、あんたはあの聖騎士フィンセント様の紹介だろう? 誠実さにかけては彼以上の人はいないから、フィンセント様が推すんなら間違いない」


 ドーラさんの言葉に私は目を丸くした。フィンさんって、王都ですっごく信頼されているんだな……!


 またリディルさんのことは話せなかったけれど、フィンさんは行ってしまったし、それなら次に騎士団の人たちが集まった時にでも話そう。

 私は鞄をぎゅっと握ると、テオさんたち騎士団の方を向いた。


「皆さん、短い間でしたが、本当にありがとうございました!」


 バッとお辞儀してから頭を上げると、テオさんだけじゃなくラルスさんや他の騎士さんたちも優しい目でこっちを見ていた。


「おう。嬢ちゃんとはここでいったんお別れだけど、いっときでも騎士団に入ってくれていて嬉しかったぜ」

「ララさん、色々教えてくれてありがとうございました! 自分も、もっともっと料理頑張るっス!」

「ララちゃーん、ありがと~!」

「ごはん、超おいしかったです!」

「食堂、食べに行きますね!」


 思わぬあたたかい声援に、私は不覚にも胸がいっぱいになる。

 ドーラさんが、目を丸くして言う。


「おやおや、ララちゃんはずいぶんと人気者なんだねえ。こりゃ食堂に連れていったからって、あたしを恨まないでおくれよ」

「恨みませんよ。元々料理人になるのはララさんの希望っスから」

「うむ。まーでも、また機会があったら一緒に遠征にでも行きたいもんだな」

「テオさん、それ完全にララさんのごはん目当てっスよね?」

「当たり前だろ!」


 テオさんの声にドッと笑いが上がる。

 私は目が潤みそうになるのをこらえながら笑った。


「皆さん……いつでも食堂に来てください。私も、何か力になれるようなものを考えておきますね!」


 私にできるのは、ご飯を作ること。

 食べにきた騎士団のみんなが、ううん、食べに来た人たちみんなが元気になるごはんを、作るんだ!


 そうして私は、みんなに見送られながら騎士団と別れたのだった。





「さぁ、ここがあたしの城、れべるあっぷ食堂だよ!」


 “勇者の憩い亭”から歩くこと十数分。

 私はドーラさんと一緒に、“れべるあっぷ食堂”の前に立っていた。


 どどんと構えられたはちみつ色の建物は、勇者の憩い亭に負けず劣らずな大きさだ。ただし手入れされていない建物特有の、少しすさんだ空気も漂っている。


 それもしょうがない、だって店を閉じてからもう三年も経っているんだもの。中は当然、もっとほこりっぽかった。


 私は鞄を地面に置くと、腕まくりする。


「お店を開く前にまず、お掃除ですね! ドーラさんはそこで座って待っててもらえますか。私が掃除します!」

「すまないねえ……。本当は私がやらなきゃいけないことなのに、そんなことまでやらせちまって」

「何を言っているんですか。ここで働くと決めた時から全部覚悟済みですよ。それに私、お掃除は得意なのでまかせてください! あ、モップとバケツだけ借りてもいいですか?」


 よーし、こうなったら上から下まで全部ピカピカに磨いていやる! もちろん調理道具だって磨かないとね!


 私が意気込んでいると、突然リディルさんの声が聞こえた。


『ララ、なぜ掃除道具を出しているのです?』

「それはもちろん、掃除するからですよ!」


 言いながらモップとバケツを持ち上げた私に、リディルさんが不思議そうに言う。


『掃除なら……先日覚えた《浄化》スキルがあるではありませんか』

「えっ?」


 浄化スキル? ……確かにワイルドボアを調理した後レベルが上がって、スキルポイントが3溜まったから浄化を覚えてはいたけれど……。


「浄化って、食べ物のことだけじゃないんですか……?」


 覚えた直後に、毒キノコの毒を浄化して普通のキノコにして喜んでいたんだけれど、まさか他にも効果があるの!?


 あわてて《浄化》スキルの説明を出してみたけれど、書いてあることはやっぱり前見た時から変わっていない。


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浄化:毒や穢れを取り除く

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 リディルさんの得意げな声が響く。


『ほら、書いてあるでしょう。穢れを取り除くと。部屋の汚れも、広義では穢れと同じ。浄化スキルが通用するはずです』


 えっ、そんな解釈で良いんだ!?

 思ったよりくくりが雑……! と思いながらも、私は埃が積もった机に向かって心の中で『浄化』と呟いた。


 すると――。


 ヒュウウッとどこからともなくキラキラした風が吹いてきたかと思うと、埃を巻き上げ、ついでにこびりついていた古い汚れも取り除き、机がピカピカになってしまったのだ。


「えええっ!? なにこれすごい!」

「なんだいそりゃあ!?」


 私が叫ぶのとドーラさんが叫んだのは、ほぼ同時だった。


「ララちゃん、お前さん一体、何をしたんだい!? 机が一瞬で綺麗になっちまって……!」

「えっと、あの、これは……!」


 なんて説明しよう!?

 ……あっ! 今こそリディルさんのことを教えるいいチャンスなんじゃ……!?


 私は椅子に座るドーラさんの前まで行くと、頭の中で念じてリディルさんを具現化した。それを構え、ドーラさんに近寄る。


「実は、森ですごい包丁を拾いまして……!」

「包丁……?」


 そして私はドーラさんに全部説明した。

 奉公先を追い出されて森を歩いていた時に包丁を見つけたこと。包丁を拾ったら、リディルさんという女神様が喋り出したこと。包丁を使うとレベルアップして、スキルが増えること。

 そしていつもひとりごとを言っているわけじゃなくて、リディルさんと会話をしていること。


「へぇええ……!? な、なんだか作り物のようなすごい話だけれど、じゃあお嬢ちゃんはその……包丁を使うとスキルが増えていくんだね?」


 信じられないというように目をぱちぱち瞬かせながらドーラさんが言った。


「はい! そうなんです! だからひとりごとじゃなくて、リディルさんとお話しているんです!」


 ここは大事だから、念押しして置かなくっちゃね!


 鼻息荒い私に、ドーラさんがおっかなびっくりといった様子で言う。


「すごいねえ……その、リディルさんとやらは。それに……れべるあっぷするって、まるで伝説そのものじゃないか」


 伝説? そういえばさっき、フィンさんも言っていたような……一体何だろう?


 けれど続きを聞く前に、食堂の扉がガチャリと開いた。そこに立っていたのは先ほどドーラさんと一緒にいた商人さんだ。


「ドーラさん、とりあえず食材の調達はつきそうで――って何やってるんですか!?」

「えっ?」

「ラッ、ララさん! あなたまさか、人のいないところでドーラさんを襲おうと!?」

「えっ!?」


 言われて、私ははたと気づいた。


 包丁を構えながらドーラさんに詰め寄っている私の姿は、はたから見たら強盗にしか見えないことを。

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