第16話 “れべるあっぷ”食堂

 声を上げた私に、ドーラさんがパァッと顔を輝かせた。


「お嬢ちゃん、やってくれるのかい!?」


 反対に、酒屋の店主さんが心配そうな顔で言う。


「お嬢ちゃん……本当にいいのかい? こんなこと言いたかないが、ドーラさんは厨房に立てないから料理も配膳も全部自分でしなきゃいけないんだ。料理人になりたいだけなら他の店を探した方がいいんじゃあ……」

「いいえ。私、ドーラさんのところだから働きたいと思ったんです。ドーラさんが何よりも大事にしているお店を、もう一度開くお手伝いがしたいんです」


 私は料理人になりたいし、ドーラさんは旦那さんの思い出の店を再開したい。


 なら、ふたりで手を取り合えばいいと思ったの。多少大変だろうと気にしないわ。だって私は貧乏を乗り越えて生きてきたんだもの。


 それに、今はふたりじゃない。リディルさんもいるから三人だ! 古いことわざにも『三人寄れば文殊の知恵』っていうのもあるしね!


 私の言葉に、ドーラさんが涙ぐむ。


「お嬢ちゃん……ありがとうね。そして心配しないでおくれ。ちゃんと給金も支払うし、都に来たばかりならうちに住み込みで働くといい! 仕入れはかつての伝手があるから任せておくれ。そこのあんたも、手伝ってくれるだろう!?」


 言って、ドーラさんは杖でビシィッと後ろにいる商人を指した。彼はあたふたと慌てながら、こくりとうなずく。


「わ、わかりましたよ……! 本当にお店を再開する気なら、もちろん私も手伝いますとも」

「おうおう、ララが料理人として働く店なら、俺たち騎士団で通って繁盛させないとなぁ!?」


 乗り出してきたテオさんの力強い声に、そばで聞いていた騎士たちもうんうんとうなずく。


「自分たちが交代で通えば、ひとまず閉店はないっスよね? ついでに他の人にも言い広めておくっスよ。ララさんの料理マジでうまいんで」

「みなさん……! ありがとうございます!」


 なんて頼もしいんだろう! 偶然の出会いだったけれど、本当に優しい騎士さんたちと知り合えてよかったなぁ……!


 力強い後押しに不覚にも涙ぐみそうになって、私はあわててキリリと顔を引き締めた。それからドーラさんに向き直り、深々と頭を下げる。


「私、頑張ります! どうぞよろしくお願いいたします!」

「お嬢ちゃん、よろしく頼んだよ。そういえばお嬢ちゃんの名をまだ聞いていなかったね?」

「私はララローズと申します! 《はらぺこ》スキル持ちですが、ご迷惑はおかけしませんっ!」

「はらぺこ? ハハッ! なんだいそりゃ、縁起がいいねえ。はらぺこの客が山ほどやってきそうじゃないか!」


 ドーラさんの言葉に私は目を丸くした。


『はらぺこ? 何なのその貧乏くさいスキルは』

『いつも飢えてそうで縁起が悪いな。うちには来ないでくれ』


 と過去に言われることはあっても、縁起がいいと言われたことはなかったのに……。


 じんわりと、胸があたたかくなる。小さなことかもしれないけれど、私にとってドーラさんの言葉はとても嬉しかったのだ。


「よかったな、ララ」


 隣ではフィンさんが優しく微笑んでいる。


「テオやラルスも言っていたが、私たちも店に行こう。ドーラさん、店の名前はな?」


 フィンさんに聞かれて、ドーラさんが胸を張った。その顔はどこか自慢げで、嬉しそうだ。


「店はね、ここからふたつ隣の通りにある、“れべるあっぷ食堂”だよ!」


 …………ん? なんか聞いたことのある単語のような……。


 私が目を丸くしていると、やんややんやと騎士さんたちが盛り上がる。


「おお、れべるあっぷか! そりゃあいい名じゃねえかばあさん」

「れべるあっぷと言えば、勇者にまつわる名前っスもんね」

「うん、縁起がいいな。いつか、れべるあっぷの伝説をこの目で見てみたいものだ」


 んんん?

 勇者にまつわる……??

 れべるあっぷの伝説を、この目で見たい……???


 私ははて……? 首をかしげる。


「れべるあっぷって、あの……いつもリディルさんが言っているやつですよね……?」


 おそるおそる呟いてみたが、声が小さかったせいか盛り上がっているフィンさんたちは気づいていない。そこへ、リディルさんの声が頭に響いた。


『そうです、ララ。さぁ、まだまだあなたのレベルは上がりますしスキルも増えます。今日も食材を切って切って切りまくりましょう! そしておいしいご飯を作って私に食べ……ゴホン。ご飯を作ってもっとレベルアップするのです!』


 ……気のせいかな。

 リディルさん今、レベルアップより先に自分が食べることを気にしていたような。

 それに以前は魔物を斬るって言っていたのに、ちゃっかり食材に修正されているような……。


 私の考えていることがが伝わったのか、リディルさんがごほんと咳払いした。


『か、勘違いしないでくださいララ。これは女神の務めとして言っているだけです。決してわたくしが食べたいからというわけでは……』


 リディルさんがごにょごにょ言うのを聞きながら、私は笑う。


「ふふっ。いいんですよリディルさん。おいしくごはんを食べるのは、とっても大事なことですからね!」


 グッ! と手を握りながら言うと、ドーラさんが不思議な顔でこっちを見た。


「……お嬢ちゃん、いやララちゃん、一体誰と話しているんだい?」


 しまった。興奮して声が大きくなってしまった。

 でも、リディルさんのことを説明するちょうどいいチャンス――。


 と思っていた私に、フィンさんが優しい瞳で言う。

 それは善意100%で言っているとわかる優しい瞳で、言う。


「ああ、ララは時々ひとりごとを言う癖があるんだ」

「そうそう。俺たちでいう精神統一的なものかなーと思っているから、あんまり気にしないでやってくればあさん」

「ああ、そうなのかい。ちょっと変わった癖だけど、まぁ色んな人がいるさねぇ」


 ……あっ、あれえ……!?

 今まで私の声聞こえていないのかと思っていたんだけれど、みなさん、ばっちり聞こえていたんですね……!? そんでもって、ひとりごとだと思われていたんですね……!?


 私は恥ずかしさにかぁあああっと顔が赤くなった。


 こ、これはリディルさんのことを説明しなければ……! そしてひとりごとじゃないって、わかってもらわなければ……!


 強く決意しながら、私は顔を上げた。

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