第12話 侯爵領の森産、オムレツとブルスケッタです
ボート侯爵家に泊った翌日、私たちは王都に向かって出発した。
みんなが自分の馬に乗って移動する中、私はと言えば、ラルスさんの馬が引く荷車の隅っこに、食材と一緒にちょこんと丸まって座っている。
ふぅ……侯爵様に私だってバレたらどうしようって思ったけれど、フィンさんやテオさんたちが協力してくれたおかげで、どうにかバレずにすんだみたい。
それに、嬉しいことがひとつあったの! なんとフィンさんいわく、侯爵様がお詫びとして見舞金をくれるらしい!
見舞金はフィンさんが交渉してむしり取ってくれて、結構な金額だった。私の当面の生活費を抜いても、お義母様たちにたっぷり仕送りできる!
私はうきうきしながら、わらで編んだ籠をぎゅっと抱きしめた。中にはボート侯爵がくれた卵が入っていて、他にもベーコンやバターなどの食材をたっぷりともらえたのだ。
テオさんいわく、これもフィンさんがむしり取って来たらしい。……フィンさんって真面目な人っていうイメージがあったんだけれど、意外と交渉上手……?
とにかく! 今日はこの食材でおいしいご飯を作るぞ~!
やがて昼食の時間がやってきて、私は早速、この間も使った金属網(ラルスさんお手製の移動式厨房らしい)でお昼ごはんを作り始めた。今日はもらった食材と、この間森で拾ったきのこたちの出番だ。
まずは先に、冷めてもおいしい方から作る。
しめじを食べやすいように小分けにほぐし、マッシュルームをトントントンと薄切りにする。森でいっぱい拾ったくるみも小さく切ると、火をかけた巨大なフライパンにバターを載せる。
じゅわっとバターが溶けたら、しめじとマッシュルームを投入。
途端にふんわりと香ばしい匂いがただよってきて、早くもテオさんたちが寄って来た。
「ほうほうほう! 今日はキノコとくるみか。そのまんま食べるか、焼いて食べるかぐらいかと思っていたが……」
「テオさんって、貴族のわりに食生活が貧相っスよね」
「貧相っていうな貧相って!」
そこへ団長としての仕事を終えたらしいフィンさんも合流する。
「テオは騎士団生活が長いからな。騎士歴で言うなら、私よりずっと先輩なんだ」
「そうだぞ、俺は先輩なんだぞ」
ふふん、と胸をそらすテオさんを見て私は笑った。
テオさんは子爵家の嫡男らしいのだけれど、社交界よりも騎士団の方が水が合うらしく、領地は弟に任せて、自分はもう十年以上も騎士団にいるのだとか。
対してラルスさんは伯爵家の五男坊で、領地も継げないし遺産もあんまり期待できないからという理由で、出世を目指して騎士団に入ったと言っていた。
私は毎日の生活にいっぱいいっぱいでほとんど交流をしてこなかったのだけれど、貴族と言ってもみんな色んな人生を歩いているんだなぁ……なんて感心する。
あれ? そういえば団長であるフィンさんの生い立ちが何だったか、まだ聞いていないような……。
考えながら、私はまたフライパンに目を戻した。
きのこに火が通ったあとは、くるみをサッと炒めて塩コショウで味付け。
仕上げに、薄く切ったバゲットに炒めたきのことくるみを載せて刻んだパセリをふれば……『侯爵領の森産きのことくるみのブルスケッタ』の完成だ!
ブルスケッタの準備が終われば、次はいよいよ昼食の本命オムレツ。
まずは細かく切ってあったキノコとベーコンをさっと炒め、一度取り出してからここでもバターを投入する。
そしてほどよく溶けてきたところで、混ぜほぐした卵の出番!
流し入れると、じゅわぁっという音を立てながら、目にも鮮やかな黄色の卵がフライパンいっぱいに広がった。
すぐにぷつぷつと泡が膨らんできたところを優しくほぐしながら、私は隠し玉である具材も並べて焼き、最後にフライパンをトントンと叩いて揺らしながらささっと卵の衣で包む。具材を先に炒めて火を通す時間を短くし、卵のとろとろをなるべく保つのが私流オムレツなのだ。
よし、これで『とろとろ隠し玉入りベーコンのオムレツ』も完成した。
ラルスさんと協力してごはんを配って席に戻ると、自分の分をもらったフィンさんがオムレツにフォークを入れながら呟く。
「ふわふわのオムレツをこんな森の中で食べられるとは。……おや? これはチーズか?」
そう、実は隠し玉として中にチーズを仕込んでいたの!
フィンさんが切り分けたオムレツから覗くのは、とろ~りとのびたチーズ。
フィンさんはそれを嬉しそうにほおばって、ほぅ、とため息をもらした。
……な、なんだかその顔もやたら色っぽい。そんな効果がつくなんて、顔がいいってお得だ……!
「……うん、うまい! ふわふわのオムレツとチーズが混ざり合うと、こんなになめらかな味になるのか……!」
「こっちのブルスケッタ? とかいうやつもいけるなあ。手にとって食べやすいし、キノコもくるみもちょうどいいしょっぱさだし……くぅう、酒が飲みたくなってきた!」
「もうっスか!? テオさん、まだ昼っスよ!?」
ラルスさんの突っ込みに、皆が笑う。
それを見ながら、私も自分の分を食べた。
すぐにふわぁん、と口に広がる卵の味に、うっとりと目を細める。
うんうん、侯爵家だけあって卵は上質だし、上質な卵を使ったオムレツはふわっふわ、チーズはとろっとろ。チーズの海に泳いでるごろごろベーコンもちょうどいいしょっぱさだし、本当オムレツってなんておいしいんだろう……!
ブルスケッタもソテーされてくたっとしたキノコと、くるみのカリサクッとした食感の違いが楽しい。こんなおいしい食材がまとめて生えているなんて、森ってなんてすごいんだろう。
それから私は、あっと思い出して、ふたつの料理を鑑定してみた。
せっかく作ったんだもの。今回はどんな効果があるのかな?
すぐさま、白い文字がパッと表示される。
それぞれ書かれているのは……。
『とろとろ隠し玉入りベーコンのオムレツ:攻撃力+2%、防御力+5%、クリティカル+2%』
『侯爵領の森産きのことくるみのブルスケッタ:クリティカル+5%、運+5%、スキルスピード+3%』
運……はわかるとして、今度は"クリティカル"っていう謎の単語が出てきている。なんだろうこれ……?
どっちの料理にもついているのは、もしかして両方キノコを入れたから? 食材によって、バフが違ったりするのかなあ?
考えながら、私は目をつぶった。バフも大事だけれど、リディルさんにおすそ分けするのはもっと大事だ!
目をつぶりながら一生懸命食感やら味やらを思い浮かべていると、まだ声をかけていないのに、いつの間にか暗闇の中でリディルさんが待機していた。顔はいつもの無表情なんだけれど、どこかそわそわとしている。
よし、今度はしっかりフォークも添えて……と。
「お待たせしました! 今日はとろとろ隠し玉入りベーコンのオムレツと侯爵領の森産きのことくるみのブルスケッタです!」
私が言うと、リディルさんがおっかなびっくりという手つきでフォークを手に取った。それから暗闇に皿ごと浮かぶオムレツにフォークを入れ……。
『ララ! なんですか、こののびのびした白いものは!』
「それはチーズです。牛の乳を発酵させたもので、おいしいですよ」
「ちーず……聞いたことはあります」
にゅ~んと伸びたチーズを落とさないようがんばりながら、リディルさんがぱくっと口に含む。途端に、ララさんの顔がぱあああっと輝いた。
『……っ! ……っ!!! これ、は……!!!』
この反応ももう、二回目だ。
私はニコニコしながら聞いた。
「リディルさん、おいしいですか?」
『おいしい! すごくおいしいですよララ! 口の中が、ふわふわのおいしいです!』
ふふふ、今回もよろこんでもらえたみたいでよかった。
『それに、こっちも不思議な味です! くたくたなのにカリカリでサクサクで……! おいしいですよララ! こちらもおいしいです!』
おいしいを連呼しながら頬を上気させ、めいっぱいほおばっているリディルさん、本当においしそうに食べるなあ……!
料理を作った人からすれば、やっぱり「おいしい」って言ってもらえるのが何よりのご褒美だ。
もぐもぐもぐと手と口を休めることなく食べるリディルさんをニコニコ見ながら、私も自分のオムレツをに手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます