第10話 聖剣の行方を捜して(フィンセント視点)
翌日。
侯爵邸で出迎えてくれたボート侯爵は、怪訝な顔をしていた。我々を歓迎していないことがひとめでわかる顔だ。
「聖騎士団様が、一体何用で?」
「聖剣のことで、至急聞きたいことがある」
「聖剣の? ……まあ、立ち話も何ですし、フィンセント様はどうぞこちらへ」
そう言って、ボート侯爵は私だけを貴賓室に案内しようとする。
副団長だが爵位が子爵であるテオや、そのほかの騎士に対する興味はあいかわらずゼロのようだ。もちろん騎士たちにこっそりと紛れ込んでいるララのことも気付いていない。
「んじゃ、ま、フィンが話をしている間に俺らはのんびり過ごさせてもらうってことで」
「すまない。皆を頼んだ」
「ボート侯爵の態度には慣れたもんよ。それより、ここって庭を貸してもらえたりしないかねえ」
「庭?」
予想外の単語に私が聞き返すと、テオがぐるぐると腕を回しながら言った。
「いや、なんかさ。昨日の夜からやったら体の調子がイイんだわ。体が軽いっつーか、全身から力が湧いてくるっつーか、とにかくじっとしているのがもったいないから、庭で素振りでもしようかと思ってな」
「あ、それわかるっス。今日みんなそんな感じっスよね」
そこにラルスも加わってきて、私は目を見張った。
実は私も、昨夜からまったく同じことを思っていたのだ。久々に心からおいしいと思えるご飯を食べて、柄にもなくはしゃいでしまったのかと思っていたのだが……。
「驚いたな。まさか私だけではなく、みんなそうなのか?」
「あれか? もしかしてベアウルフ肉の滋養強壮ってやつ?」
「確かにベアウルフ肉は栄養豊富っスけど、さすがにここまで目に見えるような効果はないっスよ」
「一体なぜなんだろうな……」
もう少し話したいところだが、ボート侯爵が「まだですか?」と言いたげにこちらを見ている。
「ひとまず、私はボート侯爵と話をしてくる。ふたりともララを頼んだぞ」
彼女は今、私が渡したマントを纏って、目立たないようにひたすら縮こまっていた。ここは居心地が悪くて落ち着かないだろうし、早く聖剣と勇者のことを確認して、侯爵家から離れたいところだ。
私はボート侯爵とともに貴賓室に入った。そして椅子に腰かけるなり、話を切り出す。
「昨夜、侯爵領で管理しているはずの聖剣がなくなっていた。一体どうなっているのか至急説明してくれ。勇者は既に貴殿が保護しているのか?」
途端、葉巻に火をつけようとしていたボート侯爵がぎょっとした顔になった。その勢いで、手から葉巻が落ちる。
「せっ、聖剣がない!? まさかそんな」
私は侯爵をじっと見つめた。この反応からして、勇者を既に保護しているという線はなさそうだな。
ひとつの誤魔化しも見逃すまいと、私はなおも侯爵を注視しながら続ける。
「……まさかも何も、聖剣の管理を任されているのはボート侯爵である貴殿だろう。では最後に聖剣があったのはいつだ? 一昨日か? それとももっと前か?」
私の質問に、それまで横柄だったボート侯爵が急に媚びへつらうような笑みを浮かべる。
「そ、そ、それ……は……! おい! 誰か知らんのか!?」
控えていた使用人たちが、おろおろと互いの顔を見る。やがて執事らしき男性がやってきたかと思うと、何やら侯爵に耳打ちした。それを聞いた侯爵の顔が、見る間に赤くなる。
「な……なんだと!? 半年前が最後!? お前たち、一体何をサボっていたんだ!?」
ボート侯爵はそのままこれみよがしに執事を怒鳴りつけようとした。
だが、それを止めたのは私だった。
「何をサボっていたんだというのはこちらの台詞だ、ボート侯爵。使用人たちのせいにしたいようだが、そもそも貴殿が一番把握してなければいけないことのはず」
ボート侯爵領は別名、聖剣領とも呼ばれる。
それは聖剣が眠る土地だからであり、ボート侯爵は"聖剣の守り手"という名誉ある役割を担っているからこそ、代々侯爵でいられるのだ。
だというのに、この体たらく。
いくら世の中が平和になっているとは言え、半年の間、一度も聖剣の存在を確認していなかったとは……。
私は眉間にしわを寄せ、厳しい顔で言った。
「それに、最近女性の使用人に対する不当な仕打ちがあったとも聞いている。聖剣を守り、ひいては国を守る大貴族でありながら、立場の弱い女性に愛人になれと迫るなんて……貴族の風上にもおけないぞ」
「そ、それは……」
「聖剣の件と合わせて、どちらも国王陛下に報告させてもらう。厳罰を覚悟するように」
途端、ボート侯爵があわてたようにガタッと立ち上がった。その顔は真っ青だ。
「お、お許しください! フィンセント殿下! 今すぐ聖剣を探してまいりますので! あと、その……その女性にも謝りますので!」
その言葉に、私がぎろりと侯爵をにらむ。
「謝って済むなら
「も、申し訳ありません……!」
「あと私を殿下と呼ぶなと言ったはずだ。今の私は騎士団長のフィンセントだ」
「失礼いたしました、フィンセント様……!」
私はため息をつくと、席を立ちあがった。
期待していたわけではないが、聖剣の行方も勇者の行方も、あまりにも情報がなさすぎる。とにかく一度王宮に戻って、陛下と兄上にこのことを相談しないと……。
そう思いつつも、その日はベッドで寝たいという団員たちの要望もあり、ボート侯爵家に一泊することになった。
聖剣にまつわる不祥事をなんとかとりなして欲しいボート侯爵がやたら私にベタベタとまとわりついてきたが、私はそれを利用してララへの見舞金をどんどんと釣り上げた。この額なら、彼女もしばらくは生活に困らないはずだ。
それからようやくボート侯爵を追い出して静かになったひとり部屋の中。
どう勇者を探したものか……と頭を悩ませていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
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