第7話 ローズマリー風味ベアウルフの野営シチューです!

 それから一度肉を鍋から取り出すと、私はラルスさんに声をかけた。


「ラルスさん、食材の中にワインがあったと思うんですが、少しもらってもいいですか?」

「もちろんっス」


 もらったワインをゆっくりと鍋に回し入れると、木べらで鍋底の焦げをこすりとって煮溶かしていく。


 途端、肉の香ばしい匂いと、ワインの芳醇な香りが混ざり合って、そばにいる騎士たちがうっとりと目を細めた。


 さらに先ほど焼いたお肉と水、ブーケガルニも投入し、火を弱めに調整してもらって、野菜と一緒にくつくつ、くつくつと煮込んでいく。


「おっ!? 早くもいい匂いがしてきたなぁ!」

「テオさん、気が早いっス。これからが本番スよ」


 くんくんと鼻穴を広げて吸い込むテオさんに、ラルスさんが突っ込む。その様子を見て、私とフィンさんは笑った。


「ここからしばらく煮込むので、もうしばらく時間はかかります!」

「外で温かいものを食べられるだけで十分だと思っていたが……こんなに夕食が楽しみなのは久しぶりだ」


 そう言ったフィンさんは本当に嬉しそうな顔をしていて、なんだか私まで嬉しくなった。

 『令嬢が自炊なんて』と散々馬鹿にされて笑われてきたけれど、ここでみんなの役に立ててよかったなあ……!


 やがて、夏の夜空に白い湯気の筋が立ち上った。


「ごめんなさい! すっかり遅くなっちゃいましたね。もう少しでできますので!」


 気付いたらあたりはすっかり暗くなっている。

 同時に、ふわんと広がるシチューの匂いに、騎士たちがワクワクした顔で駆け寄ってくる。フィンさんも、目を細めてくんくんと匂いを嗅いでいた。


「すごいな……。ベアウルフのひどい臭いはどこもしないどころか、嗅いでいるだけでお腹が空く」

「おい、フィン……。こりゃなんともいい匂いだなぁ、ええ? ラルスが作ってた時とはえらい違いだなぁ」

「うるさいっスよ。そもそも自分、料理人じゃないんスから、あったかいごはんを食べられるだけ文句を言わないでください」


 そんなやりとりを聞きながら、私は貸してもらったおたまでシチューを少しすくいとり、味見をする。


 ……うん! これなら大丈夫そう!

 出汁をとる時間がなかったのだけれど、ワインのおかげだろうか? ベアウルフ特有の臭みは感じないのに、シチューはいい感じにとろっとしていて、ひと口舐めただけで濃厚なコクを感じた。


 これならみなさんにお出しできるわ!


 私は器にシチューを盛り付けると、それをずいっと差し出した。


「お待たせいたしました! 『ローズマリー風味ベアウルフの野営シチュー』の完成です!」 

「できたか! 早速皆で食べよう」


 フィンさんが嬉しそうな顔で言った途端、他の騎士たちもワッと声をあげて駆け寄ってくる。


 私はラルスさんと協力して器に盛りつけて、どんどん皆に配っていった。

 やがて全員に行きわたったのを確認すると、ラルスさんが木製のジョッキを掲げる。


「今日の夕食は、今日からしばらく騎士団に加わることになったララローズ嬢が作ってくれた! 皆感謝して食べるように!」

「ララにかんぱーい!」


 乾杯を終えると、騎士たちが一斉にシチューを口に運んだ。その様子を、私はドキドキしながら見つめる。


 すると。


「うっ……ま! なんですかこれは! 今まで食ったことのないおいしさですよ!?」

「これがベアウルフ肉って本当ですか!? 臭いどころか……香草と混じってさわやかないい匂いがします!」

「少し癖がありますけど、それもまた病みつきになる……! 肉も思ったよりずっと柔らかいし、たまらないですね!」


 なんて言いながら、騎士たちが嬉しそうにシチューをかっこんでいる。その様子を見ながら、近くに座るテオさんが豪快に笑った。


「わっはっは! 皆、すごいがっつきっぷりだな!」

「でも、気持ちもわかる。これは本当においしいよ。ララ、ありがとう」


 フィンさんが、私を見ながらにっこりと微笑んでいた。

 さらさらの黒髪に、優しく細められた青色の瞳が、焚火の光を受けてきらりと光る。その顔は暗闇の中でも際立って美しく、私は目を丸くした。


 本当に綺麗な顔立ちだなぁ……! テオさんは豪快だけど顔立ちは整っているし、ラルスさんも可愛い系の顔立ちだし、よく見ると他の騎士たちもみんなどこか上品だ。都会の騎士様ってすごいんだなあ。


「お役に立てたようでよかったです! おかわりはたくさんあるので、好きなだけ食べてくださいね!」


 言って、私も山盛りにしたシチューをぱくっと食べた。


 ……うん! おいし~い!


 煮込む前にしっかり焼いたベアウルフ肉はほろほろだし、それでいて噛むと肉汁とシチューがまじりあったおいしい汁がじゅわっと出てくる。


 ベアウルフ肉は臭みを取るのに必死だったけれど、反面しっかりと出汁が出ているらしく、シチューや香草と混じり合ってなんとも香り高い味わいになっていた。


「よっしゃ! せっかくうまいシチューがあるんだ、今日はララの参加を祝って宴だぜ!」


 ワインの入ったジョッキを掲げてテオさんが叫ぶ。それに対して、他の騎士たちもうぉおおっとそれぞれのジョッキを掲げた。


「まったくテオは……すぐ酒盛りにしたがる」

「テオさんはどっちかというと騎士っていうより、傭兵って感じっスよね」


 フィンさんとラルスさんの言葉を聞きながら私は笑った。


 あ。そういえば……。実はさっき包丁で切っている途中でレベルが3に上がって、《バフ付与:小》っていうスキルを取ってみたんだけれど、効果って出てるのかな……?

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