第6話 今日の食材は、ベアウルフ肉とブーケガルニ
リディルさんを構え、私は迷わずスッと肉に刃を入れた。
相変わらずリディルさんは切れ味抜群で、バターでも切るかのようにスッスッとなめらかな切れ味で肉が切れていく。
ああ、この切れ心地もなんてすばらしいの……! リディルさん、まちがいなく一流の包丁だわ!
感動しながら、私はまずベアウルフの肉を人数分、分厚いステーキサイズに切り分けた。最終的にはもっと細かいひと口サイズに切る予定なんだけれど、今は下ごしらえのために面は広い方がいいと思ったの。
肉を切り終わると、私はリディルさんを自分の中に収納した。
それから地面の上に葉っぱをたくさん並べ、その上に一枚ずつ肉を載せていく。先ほど《塩生成》で作って細かく刻んだ塩を握ると、私は肉の表面にパラパラと振りかけていった。
周りでは、私の様子に気付いた騎士たちが何事かと集まり始めている。
用事を終えたらしいフィンさんやテオさんもやってきた。
「ララ、それは一体?」
「お嬢ちゃん、塩ふって食べるつもりなのか? やめとけやめとけ。ベアウルフはくせぇぞ」
「いえ、これは肉の臭み消しなんです。うちは貧乏だったので痛みかけのお肉もよく食べていたんですけれど、そういう時にこの方法を使うんですよ」
私の言葉に、フィンさんたちがどよめく。
「痛みかけの肉……!?」
「そんなものを食べるなんて、嬢ちゃんガッツあるなあ」
「自分たちですらないっスよね。王立聖騎士団はこう見えて全員、貴族の家系っスから」
その場にいる騎士たちが、一斉にうんうん、とうなずいている。
……ど、どうしよう。実は私も一応男爵家の娘なんです、とは言いづらい……。さいわい気付かれていないみたいだし、この際自分から言わなくてもいいよね……?
私は赤面して縮こまりながら、ひたすら塩をぱらぱらと撒いていった。
それから鞄をごそごそと探って、今日摘んだばかりのハーブを取りだす。
「ラルスさん。ハーブを結べるような紐か糸を持っていませんか? ブーケガルニを作りたくって」
「ブーケガルニ? それはよくわかんないっスけど、紐ならこれがあるっスよ」
言うなり、ラルスさんは結ぶのにちょうどよさそうな紐を持ってきてくれた。
「ありがとうございます! ブーケガルニは、シチューやスープなどに使う、いくつかのハーブをまとめたものなんです」
私は今日摘んだローリエにマジョラム、パセリ、ローズマリーを紐できゅっきゅと結びながら説明した。
ブーケガルニは用途に合わせて入れるハーブも変えるんだけど、森にいっぱいあったおかげでいいブーケガルニが作れそう! それにしてもこの森、本当によく色々咲いてたんだなぁ。きのことかも生えているし、季節とか関係ないみたい。なんでだろう……?
不思議に思いながら、私は次にローズマリーを細かくちぎって木のボウルで混ぜ合わた。そうしている間にほどよく時間が経ったので、塩をかけておいたベアウルフの肉を見ると、表面がいい感じに水っぽくなっている。
うんうん、いい感じ! なぜかは知らないけれど、塩をまぶすと臭みとかが浮き出すんだよね。
それを近くの池から汲んできてもらった水でじゃぶじゃぶと洗う。さらに洗い終わった肉を、包丁の背でトントントントンと細かく叩いて柔らかくしてから、ちぎったローズマリーをまぶす。
普通のお肉なら塩だけでも十分なんだけれど、ベアウルフは手ごわそうだから、ハーブも追加よ!
肉を待っている間に、私は鍋の準備に取り掛かった。
大鍋の底に油を垂らし、ラルスさんが用意してくれた網を張った金属製の机のようなものに載せる。網の下ではぱちぱちと焚火が爆ぜていて、これで料理をするらしい。よくできているなぁ。
鍋をあたためている間に、私はローズマリーをまぶしておいたお肉を手にとった。
それから鼻を近づけてみて……うん、これならいけそう!
私はにっこり微笑むと、ラルスさんの方を向いた。
「ラルスさん、ベアウルフの肉を使ってシチューを作ってもいいですか?」
「ええっ! シチューにっスか!? そんなことしたら、シチュー全体にベアウルフの臭みがつくんじゃ……」
「でも、もう臭くありませんよ」
言いながら、手に持っていた肉を差し出す。
それをラルスさんがくんくんと臭いを嗅ぎ――。
「!? 本当だ! 全然臭いがしないっス!」
「なんだって? お嬢ちゃん、俺にも嗅がせてくれ!」
ラルスさんの叫び声に、見守っていたテオさんら騎士たちも次々臭いを嗅ぎに来る。
「本当だ! あの変な臭いがしない!」
「確かにこれなら食べられるかもしれないな……」
「やったあ! もしかして、肉入りのシチューが食べられるんですか!?」
肉入りシチューは、街中でもなければなかなか食べられる機会はないのだろう。興奮して盛り上がる騎士たちを見ながら、私はにっこりと微笑んだ。
「安心してください。煮込む時、お肉の臭み消しに特化したブーケガルニも入れるので、臭いはしないはずです!」
まさかこんなところで散々質の悪い肉を調理した経験が生きてくるなんて……! 人生何事も経験だわ!
肉を手に取り、くんくんと嗅ぎながらラルスさんが感心したように言った。
「ララさんすごいっスね! あの臭かったベアウルフ肉から何も臭いがしないなんて……! あ、切るのは自分がやるっスよ! これくらいは自分も手伝わないと」
言いながら、腕まくりしたラルスさんが分厚かった肉をちょうどいいひと口サイズに切り分けてくれる。それを私は大鍋に並べ、五分ほど焼いてまんべんなく焼き目をつけていった。
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