第3話 王立聖騎士団の方々だそうです!

 ベアウルフの集団に囲まれて、私は飛び上がった。


「わ、わあああ! 囲まれてますううう!」

『落ち着くのです、ララ。わたくしがいるから大丈夫。まずはわたくしを具現化させて――!』

「ぐ、ぐ、ぐ、具現化って何ですか!?」


 私はすっかりパニックになっていた。あたふたと空っぽの両手を振る。

 そんな私の隙を見た狼が一匹、とびかかってくる。


「グガアアアアア!」

「きゃああああっ!」


 だめ、間に合わない!


 両手で身をかばったその時だった。


「伏せるんだ!」


 突然男の人の叫び声が聞こえたかと思うと、横からビュッと矢が飛んできた。矢は私にとびかかろうとしていた狼の横っ面を貫き、地面に叩き落とす。


「!?」


 声がした方向を見ると、そこには鎧を着たたくさんの男の人たちがいた。風貌や鎧の形からして、騎士だろうか。


「行け! 狼どもに負けるな!」


 先頭で声を張り上げているのは、私より少し年上に見える青年だ。真夜中の空の色を思わせる紺青色の髪に、鮮やかな青の瞳。

 その顔は鼻筋から輪郭にいたるまですべて美しい調和を描いており、騎士とは思えないほど端整な顔をしていた。


 彼は大きな声で檄を飛ばしたかと思うと、自身も剣を抜いて戦い始める。

 その動きは人間離れしたすさまじい速さで、私は恐怖も忘れてぽかんと見入っていた。


『ほう……人間の騎士団もなかなかやりますね。スキルの力を最大限まで引き出して戦っているようです』


 なんて言いながら、リディルさんが色々解説してくれる。

 その間に、騎士たちはバッサバッサとベアウルフをなぎ倒し、あっという間に撃退してしまった。


「君、大丈夫か。怪我は」


 返り血を拭いながら、先ほどの青年が歩み寄ってくる。私はぺこりと頭を下げた。


「助けていただいてありがとうございます! あの、何かお礼を……」

「礼は大丈夫だ。それより、なぜこんな時間にひとりで森へ?」

「そうだぞ! この辺りは夜になると魔物が活発になる! 夜は近づいてはいけないって、教わらなかったのか!?」


 そこへ、辺りの空気をびりびりと震わせる大声で、熊のようにガタイのいい騎士が叫んだ。彼は周りの騎士たちより頭ひとつ分くらい大きく、年は私より十ぐらいは上に見える。

 とにかく大きな声だったから、私はビクッと肩をすくめた。


「ご、ごめんなさい……!」

「テオ、声量には気を付けてくれ。相手は女性なんだ」

「おっとすまん!」


 テオと呼ばれた男性が、大きな声で私に謝る。


「いっいえ、大丈夫です……!」


 その声にも委縮する私に、先ほどの青年が身を乗り出した。


「自己紹介が遅れたが、私はフィンセントだ。王立聖騎士団の団長をやっている。彼は副団長のテオドール」

「フィンセント様に、テオドール様……!」


 えっと、騎士様だから敬称をつけるのであっているんだよね……?

 貴族社会のことは知識として習ったけれど、貧乏すぎて一度も社交界に出たことがないから、あっているかどうか自信がない。


 私がおそるおそる呼ぶと、フィンセント様は優しく微笑んで首を振った。


「様はいらないよ。ただのフィンでいい」

「俺もテオで大丈夫だぞ。様付けなんて落ち着かん」

「で、ではフィンさんとテオさん……! 私は、ララローズと申します」

「ララローズ、君はなぜここにひとりでいたんだ?」


 その質問に、私はしどろもどろになった。


 やっぱり、正直に話さないとだめだよね……?


「実は……今日奉公先のボート侯爵家から追い出されまして……」

「追い出された? ……一体どうして?」


 フィンさんの眉がひそめられる。


「その……だ、旦那様の顔を、思い切りビンタしてしまって」

「ビンタぁ!? おじょうちゃん、若いのにやるなあ」

「すっすみません!」


 私はあわててぺこぺこと頭を下げた。そんな私を、フィンさんが止める。


「謝らなくて大丈夫だ。それよりも、ビンタした理由を聞いても?」

「それは……その……」


 私はもごもごと、事情を説明した。


 どこに行っても旦那様と遭遇すること、会うと必ず体のあちこちを触られること、それから『愛人になれ』と囁かれながらお尻をわしづかみにされたこと……。

 

 全部説明し終えると、テオさんがブハッと噴き出した。


「尻をわしづかみにされたぁ!? そりゃひでえな! 一発と言わず、十発ぐらい殴ってもよかっただろう! 俺が代わりに殴ろうか!?」


 一方のフィンさんは、眉間にしわを寄せて険しい顔をしている。


「まさかボート侯爵がそんな人物だったなんて。なんと下劣な。国王陛下に直談判して、爵位をはく奪してもらおう」

「いっいえ! 大丈夫です!」


 大事おおごとになりそうな気配を感じて私はあわてて手を振った。 


「お気持ちだけありがとうございます! それに、私も暴力をふるってしまいましたから……」


 私の言葉にフィンさんはまだ納得がいかなさそうな顔をしていたが、何度か否定するとようやく諦めてくれたようだった。


「わかった。ボート侯爵の爵位はく奪まではしない。だが使用人に対する不当な扱いについては、きっちり制裁を受けてもらおう。……そうだ、君はこれからどこに向かうんだ」

「王都に行こうと思っていました。そこなら何か職が見つかるかもしれないと思って」

「ならちょうどいい。私たちの拠点も王都にある。女性一人でこの森を歩かせられないし、王都まで一緒に行こう」

「本当ですか!?」


 やった! 騎士団と一緒に行動できるなら、もう魔物を怖がる必要もない!


「ありがとうございます! 私も、できることは全部やります! 料理とか家事とかが得意です!」

「おっ。それは助かるな。騎士団は剣術しか知らない野郎ばっかりだから、炊事係を押し付けているラルスが喜ぶぞ」

「そうだな。もし手伝ってもらえるのなら、とても助かる」

「もちろんです! 何でもやります!」

「だとさ、ラルス! こっち来いよ!」


 テオさんが大声で呼ぶと、ラルスと呼ばれた小柄で背の低い青年がこっちにやってくる。


「なんスかテオさん! 今超忙しいんスけど!」


 栗毛色の髪に細い糸目、それからそばかすを顔いっぱいにつけたラルスさんがくると、テオさんがその背中をばんと叩いた。


「よかったなラルス! 炊事係がひとり増えたぞ!」

「王都まで同行することになったララローズ嬢だ。料理や家事を手伝ってくれるらしい」

「本当スか!? 女神! めちゃくちゃ助かるっス!」


 ラルスさんの想像以上の喜びっぷりにどきどきしつつ、私は頭を下げた。


「ララローズです! 皆さんララって呼んでください! どうぞよろしくお願いします!」

「じゃあ早速っスけど、こっち来てもらっていいっスか? 今日はここに拠点を作らなきゃいけないんスけど、今猫の手も借りたいくらい忙しい時間で!」

「はい、もちろん!」


 私はフィンさんたちにもう一度ぺこりと頭を下げると、早速ラルスさんの後ろをついてった。


 そんな私の後ろで、声が聞こえる。


「大変ですフィン団長! 侯爵領で守られているはずの聖剣が、どこにも見当たりません!」

「なんだって!?」


 セイケン……ってなんだろう?

 気になりつつも、私は急いでラルスさんの後を追った。

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