第4話 れべ、れべるあっぷ……?

「じゃあまずは、夕飯用の下ごしらえを手伝ってほしいっス! 簡単なスープを作るっスから、そのための野菜を全部切ってもらっていいでスか?」

「はい!」


 ラルスさんが、たくさんの食材が乗せられた荷車を引いてきて言った。

 中にはじゃがいもと玉ねぎといった日持ちする野菜のほかに、大きなお鍋や包丁、まな板カッティングボードなどの調理器具に加え、瓶の調味料までいくつか入っている。


 旅人の携帯食と言えば干し肉やショートブレッドを想像していたんだけれど、まさか専用の荷車があるなんて! さすが王立聖騎士団だ。


 私が感心して眺めている間に、ラルスさんが今日使う野菜を取り出す。

 騎士団は十人で構成されているため、結構な量だ。近くに清水の湧く泉があるから、今日は大鍋でぐつぐつ煮るスープにするらしい。


「包丁はここのものを使ってもらって、それから――」

「ラルスさぁん!」


 そこへ、若い騎士が走ってくる。


「どうしたっスか」

「今日斬ったベアウルフ、どうします?」


 若い騎士に聞かれて、ラルスさんが「あぁ~」と顔をしかめた。


「それ、悩んでいるんスよね~。ベアウルフの肉は栄養豊富なんスけど……臭いが……ハーブ使っても消えないんスよねぇ……」

「ベアウルフって、とにかく臭いですもんね……」


 ふたりの会話に、私は興味津々で聞き耳を立てていた。

 ハーブの臭み消しも効果がないなんて、ベアウルフってそんなに臭いのかな?


「とりあえず非常食用に、干し肉にできないか考えてみるっス」


 言いながら、解体用の大きな包丁を持ったラルスさんが若い騎士とともに積み上げられたベアウルフの山に向かって歩いていく。


 その後ろ姿を見ながら私も腕まくりした。

 ベアウルフも気になるけど、まずは目の前の野菜を切らないと!

 そこに、リディルさんの声が響く。


『ちょうどいい機会です。早速わたくしを使ってごらんなさい』

「はい!」


 一瞬、こんなに綺麗で気高いリディルさんを使って野菜を切ってもいいのかな……なんて思ったりもしたけれど、本人が言うのならきっと大丈夫なんだろう。


『先ほど言いそびれてしまったが、わたくしを具現化したい時は、頭の中でわたくしを持った自分の姿を思い浮かべるのです』

「姿を思い浮かべる……」


 私は目をつぶって、リディルさん包丁を持つ自分の姿を想像した。すると、右手の辺りがあたたかくなって、目を開けると手の中に包丁が握られていた。


『上手ですよ。その調子です。早速、使ってみましょう』

「はい!」


 実家では当然使用人を雇う余裕なんてなく、料理はずっと私の仕事だったから、手慣れたものだ。

 私はまずじゃがいもを手に取ると、しょりしょりと手際よく皮をむき始めた。


『てぃりんてぃりんてぃりん』


 ……えっ?


 直後、頭の中に不思議な音が響く。

 それは小声だったけれど、よく聞くと……リディルさんがつぶやいている?


「あの……リディルさん? その音は一体……?」

『これはですね、ララ。経験値が溜まる様子を、わたくしが音で表現してみました。どうです、わかりやすいでしょう?』


 リディルさんはどこか得意げだ。


「そ、そうなんですね……」


 ちょっとびっくりしちゃったけれど、リディルさんのご厚意なら無下にするわけにいかないよね……!

 私は気を取り直して、今度は向き終わったじゃがいもをまな板に載せて切り始めた。


 トントン……。


『てぃりんてぃりん』


 トントントン……。


『てぃりんてぃりんてぃりん』


 ………………お、落ち着かない!


 親切心だってわかっているけれど、ずっと音が聞こえるのはちょっと落ち着かない! しかもこれ、リディルさんが横で(?)喋っている声だから!


 でも「音はなくていいです」なんて言ったら、きっとリディルさんが悲しむよね……?


 私が悩んでいると、何かを察したらしいリディルさんの声が聞こえる。


『……もしかして、目に見える方がお好きでしたか?』

「えっ! 目に見える方もできるんですか?」

『もちろんです。わたくしは有能ですから。ほら、これでどうです?』


 言うなり、目の前の空間にスゥーッと光る白い文字が現れた。そこには


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Lv1:8/10

======


 と書かれている。

 試しにその状態でトントン、とじゃがいもを切ってみると、パッと文字が光って、


======

Lv2:1/30

======


 と数字が変わった。


 同時にリディルさんの弾んだ声が聞こえる。


『ぱぱぱぱーん。おめでとうございます。レベルアップしましたね』

「れべ……れべるあっぷ……?」


 スキルツリーに続いて、またもや聞いたことのない単語だ。


『スキルポイントも1増えたので、初期スキルなら好きなものを覚えられますよ。さあ、何にしますか?』


 すきるぽいんと……って何だろう?


 疑問に思いながらも私は目をつぶった。


 そうすると暗闇の中に、またあの"スキルツリー"と呼ばれる不思議な銀貨たちが浮かび上がってくる。

 基本の《包丁使い》に繋がっているものは……結構多い。


 私は書かれている文字に次々と目を通した。


 リディルさんが言っていた《塩製造》や《飾り切り》、それから《武器変化:おたま》って何だろう……? 《鑑定》とか、《下級バフ付与》、《下級火魔法》といった魔法っぽい項目もある。


『ちなみにわたくしのおすすめは《鑑定》です。これがあると便利なのはもちろん、次のスキル《浄化》を取るためには欠かせないスキルですから』

「リディルさんがそう言うなら、まずは《鑑定》を取ってみます!」

『わかりました。それではあなたに《鑑定》スキルを授けましょう』


 リディルさんの美しい手が《鑑定》と書かれた銀貨に触れると、《包丁使い》の時同様、銀貨がパァッと光った。これでスキルを習得したことになったらしい。


『さぁ、早速使ってみてください。鑑定したいものを見て心で念じると、スキルが発動します』


 早速私は、リディルさんに言われた通りにしてみた。

 と言っても目の前にあるのは野菜だけだったんだけれど、私はじっとじゃがいもを見つめて心の中で「鑑定」と呟く。


 すると、じゃがいもの上にぱっと文字が浮かび上がった。


『ヘシトレ産じゃがいも:成熟。日持ち残り二か月』


「す、すごい……! 状態のほかに、日持ちする日数までわかっちゃうなんて!」


 私は感動に震えた。

 私の家はとにかく貧乏だったから、よくあまった食材や、痛みかけの食材をただで譲ってもらっていたの。

 当然、中には思ったより痛んだものや危ないものもあったりするのだけれど、この《鑑定》スキルがあれば、見分けに時間をかけなくてすむ! なんて便利なんだろう!


『これひとつで、人間から魔物まで何でもわかりますよ。もちろん、食べ物に毒があるかどうかも』


 リディルさんの言葉に、私はふと思い出して、今日摘んだキノコを取り出した。


「あっ! このキノコ、思い切り微毒って書いてある! いつも食べているから気付かなかった……」


 思わぬ新発見に驚きつつも、私はそっと微毒キノコを鞄に戻した。

 ……貴重な食材だもの。お義母様たちには食べさせられないけれど、私は体が強いから食べ続けても大丈夫。多分。


 そこへ、少し離れたところからフィンさんの声が聞こえてくる。


「一体どういうことなんだ、聖剣がないとは……! 急ぎ、聖剣領を管理しているボート侯爵に早馬を飛ばせ。状況を確認するんだ」

「はいっ!」


 フィンさんは何やら厳しい顔で部下に指示を出していた。テオさんも険しい顔をしているし、よくわからないけれど大変みたいだ。


 私は何もできないけれど、せめておいしいごはんを作って皆に英気を養ってもらわなくっちゃ!


 気を取り直して、私はリディルさん包丁でじゃがいもをトントンと切り始めた。

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