第279話 力になるヨ
――あ~、マサトじゃないがこのパターンだと……。
嫌な予感に襲われたロバートが振り返る。
「やっぱりか……」
視線の先では、どう見てもカタギではない気配の男たちが逃げ場を塞ぐように立っていた。
嬉しくもない予感が当たった。
「い、いらっしゃいませ……!」
店主の営業スマイルがわずかにひきつっている。
どうやら知り合いではなさそうだ。自分がいちゃもんのターゲットに選ばれたと気付いたのだろう。
「……なんだ? ここで商売するのに許可がいるのか?」
ちょうど男たちと店主の間に立っていたせいで、ロバートは意図せずして仲裁に入っているような形になってしまった。
仕方なく店主に視線を向けると、彼は小さく左右に首を振る。……仕方ない。
「なぁ――」
「そのへんの店じゃみんな好きにやってたようだし、おたくらが役人には見えないんだけど? ていうか、買い物の邪魔だよ」
遅かった。
買い物を邪魔されたマリナが「なんだこら」的な
「あ? なんだこの女?」
「広場の方は知らねぇが、ここらは俺らのナワバリだ。場所代を払ってもらおうじゃねぇか!」
「役人なんてザコばかりだ、関係ねぇんだよ!」「マワされてぇのか、アマァ!」
周りの男どもが吠え、それを
そして、ある程度まで歩くと顔を前に出し、眉を八の字にして歯を剥いた。
「もうわかってんだろうなぁ? 俺らァ気は長くねぇぞ姉ちゃん?」
何かのパフォーマンス……ではなく、威嚇のつもりらしい。どこまでも
「そういうのは感心しな――」
さすがに
「まぁまぁ、兄さん」
代わりに歩み出たスコットが、にこやかな笑みでチンピラたちに語りかけた。
「な、なんだテメェ……!」
一瞬巨漢を見て気圧された様子のチンピラたち。おそらく本能的な行動だ。
「そう構えるなよ。ここじゃなんだし、ちょっと向こうで“お話”しようじゃないか。何か力になれるかもしれないしな」
「へぇ……アンタが代わりに払ってくれるって言うなら、すこしくらい聞いてやるぜ?」
スコットの口調とにこやかな笑みと身なりを見て「金を持っている見た目だけのデカブツ」とでも思ったのだろうか。
リーダーはいち早く下品な笑みを取り戻している。彼らなりの嗅覚で商店の店主からスコットに狙いを変えたのだ。
尚、それが正しいかどうかは、後ほど証明されるだろう。
事実、後ろには「暇潰しになりそうだ」と事態を楽しんでいるエルンストと、わずかに「あ~あ」と言わんばかりの将斗が控えている。
「さて、どうかな。まずは話を聞かないと何も判断できん」
「けっ、スカしやがって。……まぁいい。妙な気を起こすんじゃねぇぞ。こっちは十人からがいるんだ。女の前で痛めつけられて恥かきたくねぇだろ? ん?」
実際には十五人くらいだろうか。とはいえ、この程度は誤差の範囲である。
「は~、恥をかくのはどっちだろうねぇ……」
さすがに空気を読んでマリナが小声で聞こえないようにつぶやいた。
立ち回り次第だが、彼女だけでも大半は倒せるかもしれない。もう彼女はただの冒険者ではなく、多くの実戦経験を積んだ熟練の剣士にして戦士なのだ。
「わかってるさ。ここはひとつ穏便にいこうじゃないか。なぁ?」
依然としてニコニコ顔のスコットはエルンスト、将斗を連れて少し先の路地裏へと入っていく。
チンピラたちは「うまくいった」と思っているらしく、もう終わったつもりで上機嫌になっていた。
自分たちの暴力性と、なにより数の優位性を信じているのだ。
「お、お客さん、衛兵を呼んだ方がいいんじゃ……。私ならすぐに店を畳んで逃げればどうにかなりますので……」
一方、取り残された店主の顔は真っ青になっていた。
とりあえず難を逃れたものの、代わりに客を巻き込んでしまった。そのことへの後悔がありありと顔に浮かんでいる。
「いや、大丈夫だ。すぐ終わる」
「まぁ……死人は出ないかと」
「加勢も必要ないでしょうね、あの数なら」
「え? えっ?」
ロバート、ジェームズ、クリスティーナが平然とそう言った。店主は困惑するばかりだ。
「ロバート殿」
そんな中、ウスランが話しかけてきた。表情には彼にしては珍しく不安の色があった。
「なんだ?」
「疑っているわけじゃないが……大丈夫なのか?」
「心配するな。あれでも手加減はできる男だ」
ロバートは誤解しなかった。
ウスランの危惧はスコットたちの身の心配ではなく、チンピラたちが傭兵協会で吹っ飛んだ支部長の二の舞かそれ以上の目に遭わないかどうかだろう。
なにしろ、彼らは防具を身に着けていない。
おそらく、自由民がゴタゴタを起こすのは良くないのだろう。
「あれが……手加減か……」
しばらくして路地裏の方から何やら声が聞こえてくる。
怒鳴り声とかそういった類のものだったが、聞き耳を立てるよりも早く静かになった。
「まぁ、こんなもんだろう」
腕時計を見たロバートが呟いた。だいたい一分も経っていない。
しばらくして三人が戻ってくる。
それぞれに首元のネクタイは緩んでいるが、その他は特に何かされたようには見えない。
「よぅ、どうなった?」
「ああ、カネに困ってたみたいだから力になってやったぞ」
ニヤリと意味深に笑うスコット。
「そうか、人助けならいいことだ」
すべてを理解したロバートたちは曖昧に微笑んだ。
「……店主さん」
「ふぁい!?」
「バザールで商売するのにあいつらの許可は要らないらしい。「毎日顔を出すからまた相談に乗ってやる」って言ったら泣いて喜んでいたぞ。良かったな、誤解が解けて」
さすがの店主もここまでくればすべてを察した。
あのチンピラたちを彼らはあっという間に黙らせたのだ。手段については……考えないことにしておく。
「一応、衛兵を呼んでおこう。ウサーム」
「はい、ウスランさん!」
ウスランがウサームに言って詰め所に走らせる。
「ねぇ、おじさん。布を買いたいんだけどもういい?」
マリナが声をかけると店主の意識が現実に戻ってくる。女性陣はゴタゴタの中でも変わらず布地を選んでいたのだ。
「え、ええ! よろこんで!」
依然として値札はないものの、相場を知るウスランたちが驚くほど格安で売ってくれたのは言うまでもない。
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