第280話 鍛冶・オヤジ
「そんで、連中になんて言ってやったんです?」
「ん、まぁ、アレだ。『文句があるならナセル一門まで言ってこい』って言ってやったくらいだな」
「ははは! そりゃ面白い! ボコボコにされた上で言われたんじゃもう面子丸潰れですね、スコットの兄貴!」
いつの間にか兄貴呼ばわりのウサームが手を叩いて笑った。話を聞くウスランもハシドもスカッとしたような表情だ。
彼らからしてもバザールでうろちょろしているチンピラは不快な存在だったらしい。
ただ、市民のウスランにハシドはさておき、まだ下級傭兵で自由民のウサームはトラブルを恐れて手が出せなかった。
それがより一層の感情の揺らぎにつながっているのだろう。
さて、まだ夜まで時間はある。
衛兵を呼びに行ったウサームが戻って来てから適当にそこらの店で食事を済ませたロバートたちは鍛冶屋へ行くことにした。
「ロバート殿、鍛冶屋に行きたいと言ったが、何か武器とか欲しいのか?」
「まぁ、そんなところだな」
「護衛をよく引き受ける関係でアサド様の家にもそれなりの武器はあるが……」
「いや、作ってもらいたいものがあるんだ。いい店はあるか? それも多少のワガママが利く店だ」
「そういうことか。なら、任せておけ。うってつけの店がある。バザールからは少し離れてるがいいか?」
「構わんよ」
聞けば、ウスランたちが懇意にしている鍛冶屋を紹介してくれるようだ。
製造と販売だけにとどまらず、アフターケアまでをやってくれるらしい。
「店のオヤジは頑固だが腕は確かだ。あ、値引き交渉は止めておいた方がいい。殺されるぞ」
いきなり物騒だが、鍛冶屋らしくもある。
「ふむ、この国の人間がそこまで言うならそうなんだろう。肝に銘じておくよ」
しばらく歩いて店に着く。
「おーい、オヤジさんー! いるかー?」
「ハシドにウサームか。なんだ、まだくたばってなかったか。……ん、兄貴分のウスランまでいるなんて珍しいじゃねぇか」
ウサームが呼びかけると、奥から商売っ気もクソもない挨拶と、ずんぐりむっくりしたドワーフと見紛いそうな中年髭ヅラの男が現れた。
「ははは、まだくたばっちゃいないよ」
オヤジに慣れているウサームは苦笑するだけだ。
「そうか。ウチの武器を買って使ってる間は生きてていいぞ。で、何の用だ? 冷やかしなら死ね」
さらに毒が増した。
中堅以上の傭兵相手によくもまぁ好き勝手言えるものだ。ここまでくると商売する気を疑う。
「今日はお客人を紹介したくて来たんだ。おーい、ロバートの兄貴」
「よろしく頼む。俺はロバート・マッキンガー。今日から傭兵になった。こっちは仲間たちだ」
任せておくとどうなるかわからないので、ロバートは自分から切り出すことにした。このオヤジに敬語は要らないだろう。
「今日から? シロウトが使える武器なんてウチにはねぇぞ。バザールで買え。最低半年それで戦え」
最早尊敬に値するレベルだ。よくも商売が成り立っているものだと思うが、それだけ腕がいいのだろう。
「あー、彼らは中級の傭兵だ。言っておくが全員だぞ」
ウスランが補足した。彼のように信頼と実績のある客が言ってくれれば間違いない。実際、オヤジは一瞬固まった。
「あん? いきなり中級で登録されただと? そんなに腕が立つのか?」
オヤジは初めから中級と聞いて驚いたようだ。
「俺だけじゃなく、アサド・ファハンディ氏とモーザ・ナセル・アルジャン氏の推薦もあったからな。あと、実際に支部長に模擬戦で勝っている」
「ナセルの魔女が? そいつは気に入らねぇがたいしたもんだ。で? 武器を買いに来たのか? ウスランの紹介だ、相談には乗ってやろうじゃねぇか」
「武器はある。ただ、この国の短剣を用意してほしい」
この国では男たちが装飾用に短剣を腰帯に差している。成人の証として作り、それが一種のステータスにもなるらしい。
持っておいて損はないだろう。コンバットナイフで蛮族扱いはされたくない。
「短剣か、できるはできるが……」
そう答えたオヤジはつまらん仕事かと一瞬興味を失いかけるが、将斗の腰に佩いた刀を見て目が止まった。
「……おい、テメェ。何だその剣は。見たことのない形をしているな。見せてもらえねぇか?」
まさかの展開だった。オヤジは明らかに興奮している。
ロバートが頷いたのを見た将斗は静かに腰から抜いて鞘ごと渡す。
「なんだこりゃ……。すげぇ手間がかかっているな……」
親父はそっと刀身を抜くと、食い入るように見つめている。
無骨を絵に描いたような男には似合わない溜め息まで漏れ出ていた。まるで恋する乙女だ。髭ヅラオヤジなのを見ないことにすれば。
「異国の剣だから手に入れるのは無理だよ」
嘘である。将斗の刀は一品モノなので折れない限り再召喚不可だが、その他に軍刀としてならいくらでも召喚可能だった。品質はそれなりに劣るが。
「面白い剣だな、この感じだと引き斬るのか? すげぇ業物だが、この国の気候だと柄が滑るぞ」
「見ただけでそこまでわかるのかい?」
得物を褒められた将斗はまんざらでもない様子で答える。
「当たり前だ、こちとら鍛冶屋だぞ? 魔物の皮を使えば改善できる。どうだ?」
「そういうことなら頼むよ」
「え、だったらあたしのも!」
納得した将斗は刀を預け、それにマリナも乗っかって剣を抜いた。
「おめぇ――いや、ちゃんと使い込んでるな。やってやろう」
「やった!」
見積価格もまずまずだったので、ロバートに許可を得て先払いしておいた。
これから頼むことは別であるが、それ以外にも真っ当な鍛冶屋の仕事をお願いするかもしれないので、そのための先行投資というところだ。
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