第278話 バザールでござーる
「しかし、とんでもない膂力だな、スコット殿は! それにマサト殿の剣の腕前も素晴らしかった!」
「俺もびっくりしました! こう言っちゃなんですが、塩田の時は武器がすごいからとばかり!」
「ウサーム、それはちょっと失礼だろ……」
「バカ! 俺は悔い改めたんだよ、ハシド! 皆さんを兄貴とお呼びしたいくらいだぜ!」
帰り道――晴れて中級傭兵となったロバートたちは、ウスランたちに案内されて商業区の中心――バザールにやって来ていた。
そして、ご覧の通りウスランたちはさっきから年甲斐もなくはしゃいでいる。
有力者からの推薦と、権力者のコネはあったものの、実力で勝ち取った成果のひとつが彼らの反応だ。
でなければ、彼らがこれほどまでに興奮するはずもない。
我がことのように喜んでくれるのは素直に嬉しい。
「あー、ありゃちとやり過ぎだったがね。……なぁ、スコット」
スコットをジトリと見ると、巨漢はさっと目を逸らした。
あれからすぐに支部長は息を――もとい、意識を取り戻した。
幸いなことに頭も打っていなかったので命に別状はないはずだ。
余計な冷や汗をかいたと溜め息が出る。
「いやぁ、それにしてもすごい賑わいだな」
これ以上はまずいと思ったかスコットはバザールの賑わいに触れた。まったくもって白々しい。
「そうだね、故郷じゃ見たことないよ! ヴェンネンティアも結構すごかったと思うけど……」
単純なマリナはすぐにそれに乗っかった。
すぐ近くに彼女を配置(もはや定位置だが)していたスコットの作戦勝ちである。
まぁ、活動的な美少女が喜ぶ姿を見られるのは良いことなのだろうが。
「人波に飲み込まれちゃいそうです。本当にすごい賑わい……」
二号――もといサシェも感嘆の声を上げた。
こちらもしっかりスコットの思惑に乗せられている。……まぁ、ワンコとニャンコだから仕方ない。
「どうだね、我が国のバザールは」
「ああ、驚きだよ」
連れて来られたバザールは現代人から見ても凄かった。
そこかしこに店がひしめき合うように軒先を連ね、道にはみ出すのも構わず商品を並べている。
色鮮やかな天幕が並ぶ光景はまさしく
まぁ、地球組からすれば異国どころか異世界(中東風)なのだが。
「賑わいも然ることながら、並ぶ品々もアルメリア大陸では見られなかったものが多いですね」
クリスティーナも初めて触れた文化圏のものに興味津々といった様子だ。
「活気はどこも似ているが、やっぱり雰囲気が全然違うな」
並べられている商品も様々で、香辛料をはじめとした肉・野菜・穀物の食料品であったり、塩、布、薬、革、曲線を描く刀剣やナイフであったり……。
品物を挙げればキリがない。
商業的な制約が存在していないのかと思うほど自由で多種多様だ。商人たちがあらゆる商品を売ろうと、それぞれが山のように積まれていた。
これではむしろ人々が商品の合間を縫って歩いているように見えてくる。
「でも、どうやって買えばいいんだ? 見たところ値札が付いているものはないが」
「それは店主との交渉だろ? 買う量に応じていくらになるか訊いて値切るものだ」
ウスランが小首を傾げた。
ウサームにハシドも想像できないのか小さく眉が寄っている。
まさしく異文化との遭遇である。
「そうなのか。俺たちの国じゃこんなの売り方はしないからな。値札がついてないなんてありえない」
「ここでは客と店主の決めた時価が値段だ。まともな交渉ができなければ買い物なんてできないだろうな」
資本主義社会出身者からするととんでもないやり方だった。
消費者が相談する機関もない以上、価格交渉できないヤツが悪いということなのだろう。日常生活から自己責任である。
「そうだ、スリに注意し――」
「いぎゃっ!?」
ウスランが声を上げたところで近くから悲鳴が上がった。
見れば、男が関節の可動域とは反対側に折れ曲がった人差し指と中指を押さえていた。
その真ん前には将斗。
「大丈夫ですか? ぶつかっただけで指が折れるなんて普段の栄養が足りてないのでは?」
将斗が近寄ろうとすると、男は追加の悲鳴を一目散に上げて逃げていった。
「……あんたらなら心配なさそうだな」
ウスランの声には諦念の響きがあった。
「あ、きれいな布が売ってます!」
しばらく歩くとバザールのはずれに布と糸を取り扱う店があった。
サシェが駆け寄り、マリナも続く。そこからやや遅れてクリスティーナとリューディアも後を追う。
こういうのは時代・世界を跨いでも女性共通のものらしい。
「ねぇねぇ、スコットのおっさん。何色が好き?」
「ん? 俺か? 自分の好きなのを選んだらいいじゃないか」
男として割とダメな答えを返すスコット。
それを見る男衆もみな似たような表情を浮かべていた。
そう、残念ながらここに浮名を流したエリックはいない。
唯一こういう機微に通じたジェームズが見かねて口を開こうとする。
「ハンセン中佐、それは――」
「違うよ、おっさんが好きな色だよ! この国にいるなら、みんなの服を作らないとでしょ?」
マリナが「わかってないなぁ……」と呆れ、同じような表情をサシェたちも浮かべていた。
「あー、そういうことか。でも、アサ――」
「そうだな、俺は黒やグレーが好きだな」
ロバートが食い気味に言った。
そう、スコットが「アサドが用意してくれるからべつにいいだろ?」と言おうとしたのがわかったからだ。
仮にそうだとしても、女性陣が選んでくれるというのを却下するのは悪手だ。これでよくもまぁワンコとニャンコが懐いているものだ。
「でも、この国ならもう少し明るい色の方がいいのか。せっかくだし、似合いそうなのを見繕ってくれないか?」
おそらくこれが正解だ。事実、クリスティーナに向けて言うと「喜んで」と笑ってくれた。
ジェームズもそっと頷いている。スコットはまだわかっていなさそうで、将斗とエルンストに至っては他所の店を見ていた。ほとんどの男なんてこんなものだろう。疲れる。
「わかった。じゃあ、みんなで選ぼうよ」
そうして女性陣は真剣にああでもないこうでもないと店主の親父と悩み始めた。
しばらくして、ようやく買うものが決まった。
人数分の布と糸、それといくつか布をまとめるための飾り紐などだ。
尚、待たされた男性陣は半ば魂が口から抜けかけていた。女性の買い物に時間がかかるのは地球と変わらないようだ。……疲れる。
「そろそろ決まっ――」
「おい! おめぇ誰の許可得てここで商売してんだ!?」
ふと割り込んでくる粘つくような声があった。
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