第277話 やっぱこうなる


 傭兵協会の敷地は意外に奥長で、受付と事務スペースの区画を過ぎると奥は露天の訓練場となっていた。

 二階と三階は物置と、臨時で使われる宿舎だという。


 ロバートたちは革製の防具を身につけ、棚から武器を選ぶ。置かれているのはほとんどが槍だった。


 ちなみに、将斗だけは木刀を用意していた。

 傭兵協会へ来る時点で予想していたらしい。実に用意周到である。


「おまえ……本当にブレないな……」


「コレが一番使い慣れていますので。あ、一番手行っていいですか?」


 にこやかに微笑む将斗を見てロバートは呆れそうになる。

 この男、普段は常識人ぶってるくせに剣が絡むとナチュラルにやらかしにいく。


「もう特に文句もないが……。相手は長槍だぞ、いけるのか?」


 ロバートは自分の番に備えて棚から木槍を取った。長い。三メートルはある。

 先端の穂先に当たる部分は加工されていて、丸い形状になった綿が付けられていた。訓練で怪我をしては困るからだろう。


「槍相手の訓練は久しぶりですが、たぶんなんとかなるでしょう」


 勝ち負けの心配はしていない。目立ち過ぎないかどうかだ。

 まぁ、傭兵になろうとしている時点でお察しでもあるが。


「じゃあ、さくっと勝ってこい。……しかし、ここを切り抜けても、乗馬は覚えなきゃならんだろうな」


 事前にウスランから聞いた話では、この国で傭兵として必要とされる技能は乗馬・弓・槍の三つとのことだ。


 北大陸と違って騎士がいないからか、剣はあまり重要視されないらしい。

 考えてもみれば槍に比べて戦闘力に劣る。当然と言えば当然だ。

 剣はあくまで街中での護衛など、弓や槍を使えない場合の選択肢に過ぎないのだ。


 やはり砂漠と草原で大半が占められる国土のため、武器の優先度合も変わってくる。

 地球で言えば、昔のモンゴルのようなものだろうか。北大陸とは面子の重んじ方も異なるのだろう。


「馬なら俺がなんとかしよう」


 スコットが任せろとばかりに言った。


 そうだった。この男、テキサスの出身だけあって馬を乗り潰しそうな巨漢のくせに乗馬が一番上手いのだ。


「よーしやろうか! いつでも始められるぞ!」


 そう声高に告げた支部長はご機嫌で槍を構えている。まるで獲物を前にした山賊のようだ。


 さて、相手は槍だ。よほどのことがなければ銃をぶっ放せば終わりの現代人パラベラムにとっては不利と言える。


 だが――“レイヴン”にはがいた。


 真っ先に進み出たのは将斗だった。

 もう誰も彼を止めない。無茶はしても無理はしないからだ。たぶん。……おそらく。


「お願いします」


 そっと一礼すると支部長もそれに倣う。やはり尚武の国だけあってこういった所作を行うのだ。


「おいおい、まさか剣でやるのか?」


 支部長の眉が八の字になった。周りで見ているギャラリーも似たような表情だ。


 槍同士の間合いは遠い。ましてや片方が剣となれば圧倒的に不利である。そう言いたいのだろう。


「ええ、お構いなく」


 将斗は微笑を浮かべている。


「……ケガしても知らんぞ」


 引退しているから侮られたと思ったか、支部長の気配が膨らんだ。

 肌にビリビリ来る。これはすごい。見掛け倒しではなさそうだ。


「はじめ!」


 審判役のウスランが告げ、模擬戦が始まる。


 一度離れた二人の距離は十メートルあるかどうか。

 通常であれば互いに小刻みに動きながら様子を見るはずだ。


 だが、槍の動きに備えて徐々に接近するはずのセオリーを将斗は無視した。

 下段に構えたと思った瞬間、迷わず前進したのである。


「……!?」


 支部長が動揺した気配が伝わってきた。


 槍を相手に前進を決断したこと、それと乱れぬたいの運びにだ。


 しかし、相手も歴戦を潜り抜けた傭兵。すぐに気を引き締めると同時に身体が動いていた。

 穂先を小刻みに突き出し、間合いへの侵入を拒む。

 カカンと小さく二合ほど打ち合いが起こり、将斗は一旦相手から離れるがわずかだけだった。これは初手から攻勢に出たと見せるためだ。


「やるな! だが!」


 支部長は退こうとしない将斗の誘いに正面から乗った。

 歩み足で踏み込みながら右手を繰り出し、青年の胸に向かって鋭い槍を突き出す。どこまでも槍の利点を生かした反撃カウンターだ。


「ふっ!」


 一方、将斗は槍先に正面から木刀を合わせにいった。

 やや下がって半身を取りながら穂先を左に捌くと、これを狙っていたように強く踏み込む。


「っ! このっ!」


 支部長の声に苛立ちが混ざり、空振りに終わった相手の槍が引き戻される。


 ――ここだ……!


 流れを遮るように踏み込んだ将斗は身体全体で槍そのものの向きを逸らす。

 支部長の双眸に焦りが浮かび、槍を投げ捨てて蹴りを放つ。

 巨漢にそぐわない鋭い蹴りだったが、将斗は足の運びでタイミングをずらして回避。

 すかさず前進して腰を落としながらまっすぐ突いた。


「ぐっ!」


 支部長の革鎧に守られた下腹に木刀の切っ先が叩きこまれた。


「一本! そこまで!」


 ウスランが手を挙げて止めた。実戦なら間違いなく重傷に追い込める一撃だった。


「いや、本当に素人じゃないな。すごい動きだった。たしかにこれだけの腕があるなら槍相手でも戦えそうだな」


 離れて互いに礼をして歩み寄る。


「あくまで個人戦でしたから。戦場ではどうなるかわかりませんがね」


 将斗は支部長が負け惜しみになるので言わないで置いた部分に触れた。

 これから傭兵として世話になるかもしれない。「状況もあった」と謙遜しておいたのだ。


「それがわかっているなら俺から言うことはない」


「あ、支部長さん。戦ってみて思ったんですが、我々の故郷にはまた形状の違う槍があってですね……」


「ほう。それは面白そうだな、今度聞かせてくれ」


「ええ、ぜひ」


 将斗は十文字槍や片鎌槍などを教えてみようと思った。


 この国の槍は穂先が単純な形状をしているため、個人戦ではすり抜けられると途端に窮地に追い込まれるのだ。

 だから、一般兵であれば相手よりも速く、自分の槍を相手に叩きこむことに終始せざるを得ない。


 無論、実戦ではそうはいかない。

 無数に突き出される槍衾の中で一本の槍を弾く意味はないし、それ以外にも柄の中に鉄芯を仕込んだ槍などもあるだろうし、そもそも筋力がヤバいヤツにぶん殴られたら吹き飛んだりするからセオリーがない。

 あるいは、ハルバードのような武器もあるかもしれない。


「おし、次は誰だ!」


「ひとりひとりやっていたら面倒臭いな、俺が行こう」


 今度はスコットが歩み出て行き、彼の姿を見た周りがざわつく。


 そう、彼が手にした得物は通常の槍よりも長く太いものだった。おそろしいことにそれを片手で無造作に持っている。

 それだけでとんでもない膂力だと否応なしに わかるのだ。


 ふとロバートは猛烈に嫌な予感がした。


 互いの間合いから外れる程度に離れたふたりは軽く礼をした。


「はじめ!」


「今度はこっちから――」


 ウスランが開始を告げ、支部長が動いた次の瞬間――風を切る重い音を立てて振られた槍が、支部長の脇腹に直撃。そのまま身体を数メートル吹き飛ばした。


「「「!!!???」」」


 場にいた全員が驚愕の呻きを漏らした。


 尚、一撃を受けた支部長は……仰向けに転がったまま起き上がってこない。ウスランが慌てて駆け寄る。


「大丈夫、気絶しているだけだ!」


 報告に何人かが胸を撫で下ろす。下手したら死んでしまったのではと思ったのだ。


「もしかして、やり過ぎちまったか?」


「「「「…………」」」」


 剛槍を肩に担いだスコットに向けて誰も何も言えなかったし、ロバートに至っては額に手を当てて天を仰いでいた。 

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