第273話 早速ご招待


「「「…………!」」」


 さすがのロバートたちも言葉を失った。


 まさか、アサドから“魔女”に接触させようとは。「あの腹に一物ある感じはなんだったのか」と思わなくもない。

 もしかするとこちらの反応を試したのかもしれない。他国の間者の可能性も(実は当たっているのだが)あるのだから。


「あまり心配しなくていい。イスファハーン行政地区では二番目の官位を持っておられる御方だ。先進的なところもあって、異国人や異民族の区別なく接してくださる。むしろ好んでその力を生かそうと思っている御方だ」


 ――珍獣扱いされなきゃいいが。


 ロバートはそう思った。

 しかし、これは逆にチャンスでもある。


 落ち着くところは傭兵かもしれないが、偉い人間とのコネは持っておくべきだ。

 むしろ、下手に断れば「後ろめたいことがあるのか?」と思われかねない。否と言う手はなかった。


「構わないが、会うにしても服装はどうすべきだろう。一応、礼服のたぐいは持っているが」


 野戦服で出せるのは異国風の空気ではなく蛮族風のそれだろう。おそらく、この世界のどこに行っても変わらないはずだ。


「そうですな、閣下には異国風の姿の方が喜ばれるかもしれません」


「でしたら、人となりについてもう少し詳しく教えてくれますか」


 そこから“おえらいさん”について聞いていく。


 モーザ・ナセル・アルジャン。


 ナセル一門の長にしてイスファハーン議会副議長の席に着く大物であった。


 議長は中央から派遣される高級官僚や王族が就くから、実質は地方部族のまとめ役の立場の人物だ。

 イスファハーンの市民はその三割がナセル一門に属している。

 つまり、この地域における最大派閥の長であり、部族長でもあった。


 ――いきなり大物を引いたか? しかも件の“魔女”ときたもんだ。


 ロバートは笑い出したくなった。


 近代国家とは異なる族社会から一歩踏み出した程度なのだから、地方都市に君臨するその権力やどれほどのものか。


 まぁ、一国の王や高位の者とはすでにアルメリア大陸で出会い、悪くない関係も構築できている。

 何やら妙ちくりんな国に来てしまったが、自分たち“レイヴン”ならこれくらいは乗り越えられるだろう。


「わかりました。ではそのように」


 そうしてロバートたちは、あれよあれよと表舞台へと引っ張り出されつつあった。




「ロバート殿」


 与えられた部屋で本を読んでいるとアサドがやって来た。


「なんでしょうか」


「挨拶の件だが、使いを出したらすぐに来いとなった」


 思った以上の展開だった。

 さすがのロバートも困惑を通り越して呆れの色が表情に出てしまう。


「……なんというか、いきなりですな」


「暇な方ではないからな。空いた時間も有効に利用したいのだろう」


 アサドも同じ思いなのか苦笑していた。

 どうやらモーザという人物は勿体ぶらない性質たちらしい。


「おまえら、しろ。お出かけだ」


「「「イエッサー」」」


「では後ほど」


 女性陣たちにも声をかけて準備を整えると、アサドたちの待つ庭へ向かう。

 護衛としてウスランと他にふたりいた。


「おお……。なんとも素晴らしい服ではないですか……」


 アサドは大層な驚き様だった。ウスランたちも声は出さないが、驚きに目がいつもより見開かれている。

 もっとも、こうして一目置かれるためにやったわけでもあるのだが。やはり信頼と実績の礼服だ。


「ありがとうございます。これは軍人の礼服です」


 国がどうのと細かいことを言っても仕方がないので簡単に済ませる。これから何か読み取るかの探りでもあるが。


「いや、陳腐な表現しか出てこないが素晴らしい布地に縫製だ。貴国と交易ができればいいのだが……」


 アサドの偽らざる本音が漏れていた。とりあえず今は聞かなかったことにする。


 当人も余計なことを言ったと思ったのか、すぐに視線が女性陣の方へ向けられた。


「……いや、女性陣もそれぞれに良く似合っている。いずれは我が国の衣装を贈らせていただきたい。きっとそちらも似合うだろう」


「ありがとうございます。楽しみです」


 代表してクリスティーナが微笑んだ。


 彼女たちはいずれも華美ではないが小綺麗な格好をしている。

 何かあってもいいよう――いや、こういった事態に備えて、あらかじめ用意しておいたものだ。

 護衛のふたり――ハシドとウサームなどは少し鼻の下を伸ばしていた。

 たしかにタイプは違うが、マリナもサシェもクリスティーナもリューディアもみな美人の部類だと思う。


「では参りましょうか」


 とりあえず、モーザの屋敷に挨拶に行ってから、アサドとはそこで別れ、ウスランと傭兵登録に行く予定とした。


 ファンタジー馬車に乗って高級住宅街に向けて出発する。


 昼前となり街の活気は最高潮といったところだ。

 雑踏を抜けてしばらく進むと高級住宅地に差し掛かる。

 商業地区と比べてだいぶ静かだ。三メートルはある高い塀に囲まれた白い住宅がそこかしこに建っている。


「おえらいさんが集まっているってわけか」


「ええ、中心には議会を行う議事堂があります」


 アサドが指し示した方向には宮殿にも似た建物があった。


 そして、ひときわ大きな屋敷の塀の前で馬車は止まった。近くには既に数台の馬車が停まっている。


「ファハンディー家のアサドとウスラーン家のウスランが客人を連れて参りました。モーザ閣下にお伝え願います」


 門をくぐるとやって来た家令にアサドが伝えた。

 話は通っているらしく、護衛ふたりを除いて一行はそのまま屋敷の中へ通される。


「オリエンタルだってことを除いてもすげぇもんだ」


 屋敷を見渡したスコットがそっと笑う。


 モーザの屋敷は贅を尽くした造りだった。

 ナセル一門の長にしてイスファハーン議会の副議長の要職にある者の屋敷として、十分過ぎるほどの格があった。


「アルハンブラで見た感じに似てますね」


 ジェームズも興味を示している。


 高く伸びた吹き抜けと、色とりどりのタイルで幾何学模様に彩られた床が広がっていた。

 玄関ホールを抜けると、すぐに廊下を備えた中庭にぶつかる。とんでもなく贅沢な造りだ。

 中庭には果物の木々が植えられ、挙句の果てにはどこから水を引いているのか小さな川まであった。


「こちらでお待ちください」


 一行は広い部屋に通された。

 中は衝立パーテーションで仕切りがされており、他から何やら話し声が聞こえてくる。来客向けの待合室なのだろう。


 水を出されてしばらく待っていると、先ほどの家令が「ファハンディ様、こちらへ」と呼びに来た。


 一瞬、周りが静かになった。

 おそらく他よりも待ち時間は一番短い。特別対応なのかもしれない。


 家令の後に続いて短い廊下を抜け、奥の部屋に向かう。


「アサド様、ウスラン様が参られました」


「入れ」


 入口で家令が呼びかけると、中から女の声がした。


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