第272話 魔女


 そこからアサドの様子に身構えながら話を聞いていくと、異世界らしいファンタジー変化点が明らかとなっていく。


「地上に溢れ出るマナは生物の体内にも取り込まれますが、一定以上は外に排出されるようです。街を滅ぼすような魔物が滅多に生まれないことからもそれはわかります」


 地脈から噴き出すマナの影響を受けたとしても、そう簡単に規格外の化物とはならないらしい。

 この点はアルメリア大陸と少々異なる。


 だが、彼らが言及しているのはそこではない。


「限界を突破した存在がいて、そいつが“魔女”だと」


 それまで黙っていたエルンストが言葉を挟んだ。


 またぞろ“魔女”は狙撃で殺せるのか考えているに違いない。興味のあることには積極的だが、それ以外では的確に手を抜くから扱いに困る。


「……ええ、どうも女は身体にマナを蓄積しやすいらしく……。これまで様々な魔法を行使してきたこともあって、人間との親和性が高くなっているようなのです」


 ――なんかおかしくないか?


 いつか聞いた話に似ていると将斗は思った。


 今は“魔族”と呼ばれている“古代人”のようではないか。あちらは魔法が後から生まれた技術だったが、こちらは魔法ありきで生じた変化だ。


 これではまるで何かがそうした“進化”を望んでいるような――


 妙な居心地の悪さに襲われたところでロバートと目が合った。どうやら彼も同じ推論に至ったらしい。


「切っ掛けなどはあったのですか?」


「いえ、事の発端が何か記録に残っているわけではありません。ですが、大きな契機として約二十年前、“魔女”となった部族の姫たちが戦場に出てからすべては変わりました」


 遊牧民ともなれば、いざという時は男女関係なく一族のために戦っても不思議ではない。

 おそらく、結果が誰も予想していなかった方向に転がってしまったのだろう。


「ふむ、その感じでは相当な戦果を上げましたか」


「……ええ、それまでの戦が変わるほどに」


 聞けば予想通りというべきか、騎馬兵どころか従来の魔法士すら超える戦果を挙げたものだから、余計に始末がつけられなかったらしい。


「そこから、我ら男の価値は相対的に下がってしまったようなものです」


 アサドとウスランからはもどかしさにも似た気配が伝わってくる。


 彼らの文明水準――部族社会ゆえに女性の社会進出を拒む男尊女卑、とは一概に言えないと思う。


 古くからの家長制度が根強く残っており、それまで男たちが切った張ったを繰り広げてきた――いわゆる尚武の気風がある社会にとっては、まるで天地がひっくり返るような出来事だったに違いない。

 ただ、ねたそねみとは違う気がする。自分たちの役割を持って行かれたようで感情的な面で納得いかない。そんな感じだ。


「なるほど……。上位の社会階層に発現したなら、変化は止められなかったでしょうね」


 ジェームズが唸るとアサドとウスランが軽く目を丸くした。


「おわかりになられますか」


 問われたジェームズは曖昧に微笑むに留めた。


「難しい話ではないでしょう。新たな価値を突き付けられたのなら、受け入れるか拒否するしかない。ですが、後者は難しいでしょう。せっかくまとまった国が内乱状態になりかねません」


 子供を産む女性が敵になれば、たちまち血脈が失われる。

 部族中心とはいえ、できることなら影響力が損なわれないよう後継者は世襲にしたいはずだ。


「ええ……。しかも、南のバギスラームでも同じような事態が起こり“魔女”に頼らない戦は不可能と……」


 他国でも同じような事態になれば、余計に異は唱えられない。無理に抑え込んでも、消耗したところで外敵にも立ち向かわねばならないのだ。


「今では『強き者・賢き者・優れし者が率いるべし』という掟に従い、国の要職にも“魔女”たちが就くように……」


 ――大層な言い様だな。機動兵器か戦闘機か?


 将斗は腕を組んで唸りたくなった。


 ドラゴンのような魔物がいない代わりに、それに匹敵するし得る存在が国の中枢にいるときたものだ。


 砂漠の国に来てオリエンタルな空気かと思っていたら、そんなレベルではないまさかの女性優位国家になりかかっている。

 いや、これはある種の魔法至上主義とでも言うべきか。産業革命どころか銃の存在しない世界では才能に依存する魔法が重んじられるのも無理はない。

 これは勇者と同じだ。


 しかし、何処までもファンタジーである。いっそ笑えてくる。


「まぁ、“魔女”についてはわかりました。ですが、まず我々は傭兵なりなんなりで市民を目指さないとどうにもなりませんね」


 ひとまずロバートは興味を失ったをした。普通に暮らしていれば“魔女”と接触することもあるまい。

 表向きは国を追われた姫クリスティーナを擁しているとはいえ、政に興味を持つのはかえって怪しまれかねない。


 それに、アサドとウスランの抱える感情には今のところ寄り添えそうにない。

 第一、向こうもぽっと出の異国人にそれは望まないだろう。


「そうだな、身分については俺とアサド様でなんとかしよう。腕は申し分ないし、傭兵という立場はこの国ではあんたらが思う以上に便利なものだ。商人を一緒に名乗るのもありかもしれないが」


 ウスランが気を取り直したように言い、アサドがその後に続ける。


「もしも恩義に感じてくれているなら、ロバート殿たちには各地を回って得た着想を私に伝えてくれれば良い。異国の知識なども教えていただけるとありがたいな。……どうだろう? 悪い話ではないと思うが」


 余計なことは一旦忘れ、ロバートは思考を巡らせた。


 話の流れからして、アサドとウスランは前もって話をしていたのだろう。


 この国に来た目的は、移住ではなく新人類連合と政治的・経済的に結びつくことだ。

 傭兵で生きていくとしても国の上層部と繋がるまでのつもりだが、先ほども触れたようにではある。


 立場的には経済的な問題さえ除けば比較的自由だし、アサドが身分を保障してくれる。特に後者は絶対に必要だ。


 まったく、ファーストコンタクト時に「旅をしている」などと言わなくてよかった。心の底からそう思う。

 下手をしていたら住所不定無職でしょっぴかれるところだった。

 身元が証明できなければこの国ではあらゆる権利が存在しないのだ。特にロバートたちは異国人だしよく目立つ。


「いずれにしてもまずは自由民からだな。我がナセル一門の長であるモーザ・アルジャン様のところへ御挨拶に伺って、正式に自由民となる許可を頂こう」


「お偉いさんですか」


「ああ。一門の長にして――くだんの“魔女”だ」

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