第271話 神からの恵み


「傭兵についてはわかった。それ以外の部分――この国の軍はどうなっているんだ?」


 ウスランの見せた態度には気付かないフリをして、ロバートは今一歩踏み込むことにした。


 話を聞く限り当面傭兵をやってもいいのだが、元々自分たちは軍人だ。

 そちらを目指せるなら、やはりその方が何かと動きやすい。便利屋のごとく扱われ転戦転戦では話にならないのだ。


「ふむ、軍に入りたいのか?」


「入れるようならな」


「……残念だが、あんたらが異国人である以前に市民であることが必要、自由民では無理だ。だから、この国の人間でも腕っぷしに自信のあるヤツは傭兵になるんだが……」


 ここでも市民だ。

 どうやらこの国で、兵士の社会的な身分はかなり高いらしい。

 一向に名前が出てこないことから、アルメリア大陸における騎士身分の代わりのようなものだろう。


「市民でないと兵士になれないのか? そいつは驚きだな……」


 本心からの驚きだ。市民権が欲しければ軍隊に入らねければいけないどこぞの国とは真逆である。

 あるいは、そこまでせずとも現状兵力に問題が生じていない――つまるところの総力戦を経験していないからかもしれないが。


「驚くようなことか? 税から給金も出るんだ、きちんとした身元の者でなければ国防は任せられない。もしかすると、これも部族中心の遊牧民が持つ感覚かもしれないが……」


 理由を聞けばウスランの言うことも一理あると思った。共同体への責任を負わない人間に権利は認められないのだ。


「『市民』のことはわかった。じゃあ、『自由民』も含めて民の構成比率はどうなっているんだ?」


 今までの情報で特権階級に近いことは分かったが、イマイチ位置づけがわからない。


「この国は参政権と兵役の『権利』を持つ2割ほどの『市民』と、その下に3割の『自由民』と5割の『奴隷』が存在する」


「……奴隷か」


 無意識のうちにロバートたちの眉根が寄った。

 地球人組は過去のイメージに、現地組の一部はアルメリア大陸での奴隷の扱いに。


「言っておくが、犯罪奴隷とは違うぞ? 戒律によって消耗品扱いはされず、労働環境は雇い主に依存するが給料も出る。あとは職業選択と居住の自由はないが」


 微妙な反応に気付いたアサドが補足する。


 意外と保護されているようだ。一歩出れば過酷な自然が広がる砂漠では貴重な労働力だからかもしれない。


「アサド殿は市民だろうが、ウスラン殿もか?」


 身代からわかる話だが、アサド・ファハンディー家は市民階級だ。


「ああ、傭兵でも中級以上は市民権を認められる。俺も自分の代で自由民から市民になった」


 それまでの苦労を思い出してかウスランは少し遠い目をした。


「市民の話が続くが、この国に貴族は存在しないのか? 帝国なのだろう?」


「東西の国にはあるようだが、この国に貴族は存在しない。ただ、奴隷は別として、自由民までは連なる『一門』に従う。強いて言うなら部族の上層部が貴族だ」


 ウスランは商人の護衛としてあちこちに行っているからか話が早い。


 つまり、部族社会に則って社会が構築されており、族長やその近くに位置する者が貴族のようなものなのだ。


「変わった形だが、遊牧民の国と考えればわからなくもないな」


 そこから部族の話を聞いていく。


『一門』の長は、門下に対して国内法に触れない範囲なら独自の法を制定する権利を持つ。

 先ほども触れたが、『一門』の上位に位置する家は実質的な貴族階級だ。

 ただし、必ずしも嫡子がいるとは限らないため、半ば近くが養子縁組によって継承されるらしい。血統というよりも派閥そのものを重んじるようだ。


「部族社会はわかりましたが、それで国はまとまるのですか?」


 ジェームズが疑問を発した。

 旧ソ連が侵攻したアフガニスタンのような部族社会は当初は他の部族との過去からの軋轢からまとまりがなかったという。


「いや、さすがに国の大枠となる治世は、皇帝陛下を中心とした官僚機構と神学者の助言を受けて治められている」


 とはいえ、その官僚機構なども属する部族の影響は免れないはずだ。きっと、日々勢力争いでもしているのだろう。殺伐とした世界である。


「ふむ、思ったよりしっかりと治まっているのですね」


「……そうとも限らない」


 ウスランの声が低くなった。アサドも神妙な表情を浮かべている。


 これは何かある。

 なんとなく、それがこの南大陸における作戦に関わってきそうな――


「聞いておくべきことがあるならこの場で話してもらいたい。知らずになにかしでかしたなんて目も当てられないからな」


 良くも悪くも空気を読まないスコットが灰皿で煙草をもみ消した。


 それに背中を押されたか、ウスランは小さく息を吐き出した。


「……我が国は神からの恵みを受けて定住化も進み国家を形成してきたが、この二~三十年ほどの間に大きな変化が現れた。それが――“魔女”だ」


「“魔女”……?」


 疑問の言葉を返しつつも、ロバートたちはすぐに航空偵察の報告にあった存在を思い浮かべていた。


「ああ、強力な魔法士だ。この国では大地の恵みにより魔法の行使が他の国に比べて容易とされている。それもすべてはオアシスからより多く地上に噴き出すマナによるものだ」


「さっき言っていたことだな」


「神の恵みと言えばそうなのでしょう。動植物に影響を与えるモノが人間にだけ影響を与えないわけがない。ただ、その影響を最も強く受けたのは我々男ではなく――」


 言葉を引き継いだアサドの表情に隠し切れない苦悩の色が混じる。


「子を産み増やす女性でした」



 




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