第267話 A momentary Time


「これは……よもや魔法、ですか……?」


 唖然とせんばかりの驚きをどうにか飲み込んで、アサドが問いを発する。

 塩田にいるすべての男たちの代弁でもあった。


「ああ、彼女――ハイエルフの魔法で敵の矢を逸らすことができる」


 ロバートがリューディアを手で示しながら首肯した。言及された本人はどこか誇らしげにも見える。


 ここでリューディアエルフの素性を明かしたのは、初遭遇時にアサドたちの誰ひとりとして外見がヒトと異なる彼女に奇異の視線を向けなかったからだ。

 つまり、亜人はいても迫害はされていないことになる。リューディア本人が満更でもない表情を浮かべたのも、そういった空気を感じ取ったのかもしれない。


「あとは解毒魔法アンチドートもありますので、万が一の際にも致命傷は避けられるかと……」


 より安心させようとしてか、サシェが魔法に関する知識で補足する 。


「それはなんとも頼もしいことで……」


 ホゥと溜め息を漏らすアサド。


 先ほどまでの強い覚悟を決めた表情が、今では幾分か柔らかくなってる。毒矢の脅威が払拭されるだけでこうも変わるのだ。

 あるいは、過去に苦い思い出があるのか……。


「ねぇ、こっちには誰か魔法を使える人がいないの?」


 マリナが訊ねた。たしかに大事なことだ。


「いえ、そよ風を吹かせたりなどのちょっとした魔法はありますが、戦闘に使える規模となると我々の中にはおりません」


 そこはアルメリア大陸と同じで魔法使いには希少性があるようだ。


 しかし、そうなると航空部隊が遭遇したと言う“未確認飛行物体”の立ち位置がよくわからなくなる。

 あるいは母数の違い……まぁ、それは後で考えるべき話だろう。


「なら、賊にもいなさそうだな」


 のんびりと話しているが危機感がないわけではない。

 敵とはまだ五百メートルほど距離がある。


 とはいえ、わざわざ矢の射程に入るまで待ってやる義理もない。


「エルンスト、最短ルートでいく。リーダーを仕留めろ」


「イエッサー」


 素早く小屋の屋根に上がったエルンストは、AWMの二脚を展開して狙撃姿勢に入る。

 風速計も取り出すが、風はほぼないに等しい。距離もいつの間にか四百メートルを切った。この程度ならスポッターも不要だ。


「正確な数はわかるか?」


 銃を持たず魔法も使えない敵など脅威にもならないが、だからといってレイヴンは戦闘の基本を疎かにしない。


「ええ、全部で十人くらいです。馬に乗っているのがひとりいますね。ソイツがかしらでしょう」


 多過ぎず少な過ぎず。街からの討伐軍に捕捉されないためにはこの程度の集団がちょうどいいのだろう。


「始めるか。塩田を血で汚すわけにもいかん。その前に倒すぞ。撃て」


了解ラジャー――発射ファイア


 引き金を絞ると同時に、鋭い発砲音を響かせて.338ラプアマグナム弾が飛翔。


 これまで聞いたことのない轟音に、アサドをはじめとした塩田の男たちが驚き身を屈めた。


「――命中ヒットリーダーを排除しました」


 スコープ越しの視線の先で、馬から人が落ちた。


 果たして被弾した側がどうなったか。

 それはスコープを覗き込んでいたエルンストと双眼鏡を構えていたロバートにしかわからない。


 しかし、敵を倒した。その事実だけで十分だった。


「総員、自由射撃開始!」


 ロバートが命じると、彼と将斗、それにジェームズのM27 IARから銃火が迸る。

 いつの間にか屋根に上がっていたスコットのMk46Mod2からも容赦ない弾幕が張られ、フルメタルジャケットの5.56×45mm弾が敵目がけて襲い掛かる。


 向かって来ていた敵が全員地面に沈むまで三十秒もかからなかった。

 狙撃手エルンストが加勢したのもあるが、敵が銃の存在を知らず伏せることもしなかったからだ。

 あるいは、突然リーダーを失った衝撃から立ち直れず、また切り札でもある弓の射程の外から攻撃されればどうにもならないし――できない。


 どうにか放った矢もはるか手前に落ちて矢除けの加護の効果も見られなかった。


「撃ち方やめ!」


 号令とほぼ同じタイミングで射撃が止まる。

 ほんの短い時間で十人にも及ぶ人間の命が消えたとは思えない戦いの余韻――いや、静寂だけが辺り支配していた。


「あーあ、また出番なかったなー」

「いいじゃない、マリナが出る時はたぶん乱戦よ?」

「せめて矢くらいは放ちたかったな」

「リューディアの矢なら当たったかもしれませんね」


 眺めていた女性陣が口々につぶやく。


「こ、これはいったい……」


 一方、自ら戦う気だったアサドたちは、今度こそ呆然と東の方――賊たちがいた地点を眺めていた。

 今では物言わぬ骸が転がっているだけだ。


「我々の武力、ってところかな」


 控えめながらもドヤ顔を浮かべるロバート。

 大人気なくも思えるが、やはり武力の誇示は必要なのだ。

 謙遜が美徳となるのは物語の中と昔の日本くらいだろう。


「これも、魔法、なのですか……?」


 意を決したようにアサドが恐る恐る訊ねてくる。


「いや、武器自体は魔法じゃない。まぁ……少しばかりそれに近い部分はあるかもしれないが……」


 物自体はれっきとした工業製品なのだが、消耗品含めて本体も魔法で取り寄せている。その面では少々答えにくい部分がある。


「まるで想像がつきません……。ちなみに、その武器を売っていただくことは……」


「難しいですな。なにしろ、コレが我々の商売の“タネ”なもので」


 控えめに断ったが、絶対に売れるわけがない。

 間違いなくこの南大陸での戦いによる死者の数が数倍に膨れ上がるだろう。


「そうですか、貿易ができればよかったのですが……。いや、無理な話でした、すみません……。つまらないことを言いました」


 やんわりと断るロバートに、アサドは残念そうに首を振った。

 わかっていたことだが、どうにも落胆を隠せない。


 木だけでも鉄だけでもない材質と形でできた武器だ。精緻な造りなのはひと目見ただけでわかる。欲しい。なんとしても欲しい。


 これを手に入れることができれば、瞬く間に国でも有数の商人に昇り詰めることができるかもしれない。

 あるいは従業員たちを武装させれば交易の安全性も他のどの商会よりも――


「では、アサドさん。せっかくです、塩田を案内してもらえますかね?」


「え……? あ、ああ、もちろんです。私が案内いたしましょう」


 思考が別世界に飛んでいたアサドは声をかけられ一瞬呆けたような顔をするが、すぐに気を取り直し――いや、熟練の商人の顔を取り戻して頷いた。




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