第266話 Don't Stop Me Now


「全員、得物を持て! 集めた分の塩を奪われるわけにはいかん!」


「「おうっ!!」」


 アサドが気炎を吐き、近くにいた労働者たちが吼えて応えた。


 ――ほぅ。この男、単なる商人じゃないな。


 ロバートは内心で嘆息した。


 報告を受けた瞬間から、アサドの双眸には獰猛な輝きが宿っていた。

 出会ったばかりのロバートたちから見ても、狼狽えるどころか殺る気満々に見える。


 この様子では、どうやら襲撃を受けるのは一度や二度ではなさそうだ。

 あるいは、これが本来彼の持つ気質なのか。


「――ロバート殿」


「なんでしょう」


 ロバートはアサドから向けられる視線を正面から受けた。


「我々で賊を迎撃しますので、ここでお待ちください」


「アサド殿。我らも戦える」


 ロバートは短い言葉で強く首を振った。


 来て間もない自分たちにアサドが気遣ってくれているのはよくわかる。

 しかし、もしも彼らが全滅するようではファーストコンタクトが台無しになってしまう。

 せっかく得られた現地人――しかも表面上は友好的と思われる商人との繋がりだ。こんなことで失うわけにはいかない。


「されど、お客人を巻き込むわけには……」


「……なら、言葉を変えよう。手数はひとつでも多い方がいい。――みんな、そうだろう?」


 口調を変えたロバートが後ろを振り向くと、スコットたちをはじめとしたチーム全員が揃って頷いていた。


 怖気づいている者などひとりもいない。誰もがすでに戦いに臨む者の顔となっていた。


「こう見えても我々は古参の兵士だ。あなたがたに同じくらい経験を積んだ者はいるか?」


 ロバートの目を見たアサドは短く瞑目し、程なくして短く息を吐き出した。


「……命の保証はできかねますぞ」


 いくらか躊躇ったようだが、やはり塩田を、またそこで働く者の生活を預かる親方としての選択なのだろう。


「気遣いは感謝する。だが、我々はいくつもの戦場いくさばを潜り抜けて来た。任せてくれ、ヤツらを叩き潰す」


 ロバートは鼓舞する言葉を投げるが、対するアサドは困惑の表情を浮かべた。


「いや、そうは申されるのは心強い。されど、皆様の武器は――」


 アサドの表情には困惑が浮かんでいた。


 少なくとも自分の見た範囲で武器を持っているのは半分くらいだ。

 こちらから渡そうにも、残る槍は三本しかない。それでどう戦うつもりか。


「いや大丈夫だ、自前のものがある」


 各自が手に取った得物――とりわけ、M27 IARを見た瞬間、アサドの目が鋭く光った気がした。

 初めて見たものでどう使うか想像もつかないが、武器らしき存在に商人としての勘が働いたのだ。


「そ、それはいったいどのような――いや、今は時間もありませんでしたな、後ほどに」


 未知への興味を押し留めたアサドは、すぐに目の前の問題に対処すべく動き出す。

 今は商機よりも命の方が大事なのだ。


「ロバート殿、私は指示を出すので先に外へ出ております。皆様は準備が出来次第いらしてください」


「ああ、わかった。すぐに行く」




 邪魔なポンチョを脱いで小屋の外に出ると、塩田の労働者たちはみな武器を持って集まっていた。


 彼らのほとんどが長めの槍を持っている。

 自衛用の武器を全員に行き渡らせられる程度にはアサドには資金があるらしい。これもまた加点評価のポイントだ。


「親方、敵は東の1リグ先から迫っています!」


 若い労働者が叫んだ。


 賊は兵力を分散させず、塩田の東側から向かって来ているらしい。

 四方に見張り台があって交代で監視しているため早期発見に繋がったのだ。

 当然、敵もそれは理解しているだろうが。


「1リグ……?」

「だいたい1キロメートルくらいの感覚だろう」


 ロバートとスコットでそっと言葉を交わす。

 この地の単位はわからないが、ざっくりわかれば問題ない。


「ロバート殿、まだ距離はあるが敵の矢にはくれぐれも気を付けてください。砂漠の毒虫から取った毒液を塗っている。まず助からない」


 アサドの声には紛れもない緊張感があった。


 毒矢か。砂漠に生きる遊牧民の知恵――というにはいささか物騒である。まぁ、賊などどこもそのようなものかもしれないが。


「承知した。気をつけよう」

「まぁ、射掛けられる前に倒しちまえばいい話だな」

「でしたら、一番槍はおまかせを」

「先に撃ちたいだけでしょ、クリューガー少佐は」

「ははは、君も放っておいたらサムライよろしく斬り込みそうだけど」


 脅威度は正しくアップデートするが、この程度で“レイヴン”は冷静さを失わない。

 命のやり取りだけに緊張は覚えるが、必要以上に恐れる必要はないと彼らは身体に叩き込まれているのだ。


 緊張感のなさにアサドは目を瞬かせる。

 いやいや、きっと男たちが戦い慣れているだけだ。女性陣は――


「まぁ、ちゃちゃっとやるだけだね」

「ホント、マリナは呑気なんだから……。油断はしないようにね」

「そうです、サシェの言う通りですよ。この地は故国とは勝手が違いますから」

「わたしはいつも通り支援するだけだな」


 ……女性組も落ち着いたものだ。

 これまで散々“レイヴン”に振り回されてきたからだろうが、そんな背景をアサドは知らず渋い顔となっている。


「どうかな? 見ての通り、こちらはいつでもいけるが」


「……ならよいのですが……」


 少しばかり援軍に不安を覚えはじめていたアサドは強引に気を取り直す。


「まぁ、俺たちに任せておけばいい。すぐに片付く」


 毒矢に当たれば人間である以上ただでは済まないが、さすがにライフルの精度・有効射程を凌ぐものではないだろう。

 そんな魔法の弓があるのであれば、賊が持っていてアサドたちが持っていないはずがないし、なくても早々に降伏しているはずだ。


「簡単に言ってくれるが、敵の弓は飛距離もあって――」


。――リューディア、見せた方が早い。頼む」


「みなさまには“矢除けの加護”を」


 リューディアとサシェが揃って杖を軽く振るうと、そこから生み出された緑色の粒子が味方の身体を包み込んで消えていく。

 本当に大丈夫か?と思っていたアサドたちは突然の事態に左右を見回すが、すぐに状況を理解したらしく別の意味で驚きの表情を浮かべた。


「こ、これは――」












※お詫び

最近時間が取れず区切りも悪いので分割しました。

頑張って2日後目途に次話を上げます……。

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